第8話 共振する破壊音(レゾナンス・カタストロフィ)
最強の演算装置を手に入れた翌日。
私たちは、学院の中庭に設置された特設ステージの前にいた。
「おいおい、本当にやるのか? レイ」
隣で赤髪の相棒、リックが不安そうに声をかけてくる。
彼の手には、大量の馬券――ならぬ「賭け札」が握られていた。
「相手は『嘆きの壁』だぞ? 創立以来、どの生徒も傷一つ付けられなかったっていう、学院自慢の絶対防御クリスタルだ」
ステージの中央には、高さ3メートル、幅2メートルほどの巨大な水晶板が鎮座している。
魔力を吸収し、拡散する性質を持つ特殊鉱石。
過去、幾多の爆炎魔法や雷撃魔法を無傷で耐え抜いてきた「不落の象徴」だ。
「だからこそ、オッズが高いんだろう?」
「まあな。お前らが破壊するほうに賭けてんのは俺だけだ。倍率は300倍。勝てば次の実験資材が揃うが……負けたら俺は破産だ」
リックが青い顔をする横で、私は銀縁眼鏡の少年――ボブに向き直った。
「ボブ。シミュレーション結果は?」
ボブは分厚い魔導書を開き、パラパラとページをめくるフリをしながら(実際には脳内で多世界演算を行っている)、涼しい顔で答えた。
「僕が見た1万4000通りの未来において、正面からの魔法攻撃による破壊成功率はゼロだ。あのクリスタルの魔力吸収率は99.9%。核撃魔法でも撃ち込まない限り割れないよ」
「だろうね」
私は満足げに頷いた。
物理法則を無視した「魔力ゴリ押し」では、エネルギー保存則の壁は越えられない。
だが、この物質にも弱点はある。硬すぎるのだ。
「だが、レイ君。君が提案した『ある条件』を入力して再計算したところ……成功率は100%に跳ね上がった」
「なら、実験開始だ」
私はステージへと上がった。
周囲の生徒たちから、「またあの変人か」「杖も持たずに何をする気だ」という野次が飛ぶ。
私はクリスタルの前に立ち、その表面にそっと人差し指を触れさせた。
「ボブ、周波数は?」
「440Hzから開始。徐々にスイープさせ、ピークを探る」
「了解」
私は目を閉じ、意識をミクロの世界へと潜らせた。
視界に浮かぶ無数の「金色の糸」。
私の指先から伸びる糸を、クリスタルを構成する分子格子へと接続させる。
人間の指で叩く速度などたかが知れている。必要なのは、物質内部を震わせる「高周波振動」だ。
私は接続した糸を、ボブの指示通りの周波数で微細に振動させた。
指先は動いていない。だが、そこから流れる「波動」が、クリスタル内部へと浸透していく。
キィィィィン……
耳鳴りのような高音が響き始めた。
試験官が眉をひそめる。「なんだ、この音は?」
「同調率上昇。……来たぞ、レイ君。固有振動数を捕捉した。周波数固定!」
「よし、振幅増大!」
私はボブが見つけた「弱点の周波数」に合わせ、糸の振動を一気に強めた。
波の山に、山を重ねる。
本来なら減衰して消えるはずのエネルギーが、完璧なタイミングで供給され続けることで、内部に蓄積されていく。
「共振」。
かつて地球で、タコマナローズ橋を崩落させた現象だ。
(厳密には自励振動によるフラッターだが、原理は似たようなものだ)
ヴヴヴヴヴ……!!
クリスタル全体が唸りを上げ始めた。
目に見えない振動が、巨大な水晶板を内側から激しく揺さぶっている。
「おい、なんかヤバくないか?」
「クリスタルが……歪んでる!?」
硬いはずの水晶表面に、幾何学模様のようなひび割れ(クラドニ図形)が浮かび上がる。
「臨界点突破。……レイ君、離脱を推奨する!」
「了解。重力障壁、展開!」
私は指を離し、即座に後方へ跳んでバリアを張った。
キィィィィィィィン!!
クリスタルが絶叫した。
次の瞬間。
パァァァァァァンッ!!
爆発音ではない。硬質な破裂音が弾けた。
歴代の魔法を弾き返してきた「嘆きの壁」が、何の前触れもなく、粉々に砕け散ったのだ。
キラキラと舞う水晶の粉塵。
それは美しいダイヤモンドダストのように降り注いだが、直撃すればただでは済まない質量弾だ。
私とアリスの障壁がなければ、前列の生徒は蜂の巣になっていただろう。
後に残ったのは、台座だけになったステージと、静まり返った観衆。
「……な、何をした!?」
「魔法を使ってないぞ! 指で触れていただけだぞ!?」
パニックになる試験官に、私は白衣の埃を払いながら答えた。
「堅牢な城壁も、足並みを揃えた軍隊の行進で崩れることがある。共振破壊ですよ」
その背後で、リックが「っしゃあぁぁぁ! 300倍だぁぁぁ!」と狂喜乱舞している。
ボブは眼鏡を光らせ、冷静に被害状況を計算していた。
「完璧だ。……ただし、レイ君」
「なんだい?」
「計算上、今の振動エネルギーが地下の岩盤を経由して拡散した可能性がある。校舎東棟の基礎部分に、亀裂が入る確率が78%だ」
「……」
私は冷や汗を流し、大勝ちして喜んでいるリックの襟首を掴んだ。
「リック、換金したらすぐに逃げるぞ。修理費を請求される前に!」
「は? ちょ、おま、優勝インタビューは!?」
「撤収!」
私たちは全速力で現場を離脱した。
背後で、ズズズ……と校舎の一部が傾く不穏な音が聞こえた気がしたが、それは観測しなければ確定しない事実だ。
シュレディンガーの猫と同じく、請求書もまた、箱を開けるまでは存在しないのである。
(第8話 完)




