第54話:要塞学院化計画(前編)
私の全回線ジャックによる演説から数時間後。マギフォンの裏ネットワークを通じて、王都の不穏な動きが次々と報告されてきた。
「レイ、まずいぜ。教団の奴ら、完全に腹を括りやがった」
マギフォンを耳に当てていたリックが、忌々しそうに舌打ちをする。
教団は王都の治安維持と異端浄化を名目に、五千名規模の聖騎士団を組織し、このヒルベルト魔導学院へ向けて進軍の準備を始めたという。
到着は明日の夜明け。
残された時間は、わずか一日しかなかった。
全周数キロメートルに及ぶ巨大な加速リングを建造するには、どう考えても絶望的な時間だ。だが、リックは焦るどころか不敵な笑みを浮かべ、学院の放送室へと乗り込んでいった。
「おいお前ら、聞いてるか!教団の古い常識に怯えて震えるか、それとも世界を書き換える歴史的瞬間に立ち会うか!」
学院中に設置された魔導スピーカーから、リックの威勢の良い煽り文句が響き渡る。
「俺たちの手で、この学院を星を撃ち抜く大砲に魔改造してやろうぜ!歴史の目撃者になりたい奴は、第4廃校舎に集まれ!」
その煽動と、先ほどの私の圧倒的な演説に心を打たれた生徒たちが、次々と第4廃校舎の広場へ集結してきた。
元々人気者のボブのカリスマを慕う生徒たち、短期間で成長したアリスの魔法に憧れる生徒たち、私の常識外れな魔法のメカニズムを知りたがる物好きな生徒たち、そしてリックの商会で小遣い稼ぎをしている生徒たち。
彼らの目に恐怖はなく、未知の巨大実験に参加するという好奇心と高揚感でキラキラと輝いていた。
「皆、集まってくれてありがとう。時間がない、さっそく外周トンネルの掘削作業に入る」
私は集まった数百人の生徒たちに巨大な図面を配り、的確な指示を飛ばしていく。
土魔法が得意な生徒たちが腕まくりをして前に出ようとするが、私はそれを手で制した。
「土魔法で強引に岩盤を掘り進めるな。魔力の無駄遣いだ。炎魔法と水魔法の生徒がペアになれ」
私の指示に、生徒たちが不思議そうな顔を見合わせる。
「炎魔法の生徒が岩盤を極限まで熱し、直後に水魔法の生徒が急冷させろ。急激な温度変化による熱膨張と収縮の差で、どんなに硬い岩盤も内部から自壊する。熱衝撃破壊という物理現象だ」
生徒たちが半信半疑で魔法を放つと、パキンッ、ゴガガガッ!と凄まじい音を立てて、強固な地下の岩盤が次々とひび割れ、崩れ落ちていった。
「すげえっ!力任せに削るよりずっと簡単だ!」
歓声が上がる中、私はすかさず次の指示を出す。
「次は風魔法の生徒の出番だ。トンネル内に強風を循環させる巨大な送風管を作り、その管の一部を極端に狭めてくれ。流路が狭い場所では流速が上がり、圧力が急低下する。ベンチュリ効果だ」
風魔法の生徒たちが指示通りに気流の管を形成すると、管の途中に発生した強烈な負圧、すなわち真空状態が巨大な掃除機となり、砕けた大量の土砂を全自動で地上へと猛烈な勢いで吸い上げていった。
「なんだこれ、魔法の威力が何倍にもなってるみたいだ!」
近代土木工学の物理法則と魔法の融合。
重力魔法による資材の重量軽減サポートも相まって、全周数キロに及ぶ大深度地下トンネルの掘削工事は、常識外れのスピードで進んでいった。
教団の軍勢が迫っているという悲壮感は微塵もない。そこにあるのは、前代未聞の巨大な建造物を自分たちの手で組み上げているという、まるで文化祭前夜のような熱狂だった。
しかし、その熱狂に冷や水を浴びせるような事態が発生する。
「レイ君、駄目だ!外周トンネルの掘削は順調だけど、肝心の冷却パイプラインの敷設が完全にストップしている!」
地下から血相を変えて飛び出してきたボブが、魔導書を抱えたまま叫んだ。
常温超伝導のミスリルとはいえ、テラワット級の大電力を流し続ければ周囲の熱的影響は避けられない。メインリングを安定稼働させるためには、施設全体を覆う精密な冷却パイプラインが不可欠だった。
「生徒たちの氷魔法じゃ、温度管理の精度がバラバラすぎるんだ。一歩間違えればパイプが凍結して破裂する。このままじゃ、とても教団の到着には間に合わないよ!」
ボブの絶望的な報告に、現場の空気が一気に凍りつく。
圧倒的な人員と物理法則をもってしても越えられない、職人的な技術と経験の壁。
刻一刻とタイムリミットが迫る中、要塞学院化計画は最大の頓挫の危機を迎えていた。
(続く)









