第52話:英雄への転換
王都の城壁から急遽手配した馬車に乗り込み、私たちは一直線に抉り取られた大地の爪痕を進んでいた。
プラズマ爆発の凄まじい熱量によって、周囲の地面はガラス化してツルツルになっている。その中心、まだもうもうと熱い煙を上げるすり鉢状のクレーターの底に、目的のものはあった。
「あちちちっ!くそっ、手袋を二重にしても熱ぇ!」
リックが火傷しそうになりながら、ボスの残骸の中心から鈍く光る漆黒の結晶を回収し、馬車の荷台へと放り込んだ。
無限に近いマナを産み出す、テラワット級の電源。ヴォイド・コアだ。
「よくやった、リック。これでオペレーション・グラビティ・ウェーブに向けて、持続可能な電源問題はクリアだ」
私が満足げに頷くと、リックはニヤリと悪びれた笑みを浮かべ、自身の懐からマギフォンを取り出した。
スタンピードの脅威が完全に消え去った王都では今、一瞬の不気味な静寂の後、割れんばかりの大歓声が沸き起こっている。民衆は教団の祈りではなく、目前の絶望を物理的に蒸発させた規格外の一撃に魂を震わせていたのだ。
この状況を最大の好機と捉えたリックは、ただちにマギフォンを使って、王都中に広がる裏のネットワークへと通信を繋いだ。
「聞いたか皆の衆!教団の祈りより、レイの放った雷の方がよっぽど頼りになる!俺たちを救った真の英雄は、教団が異端と呼んだレイ・カルツァだ!」
リックが各所の商人や貴族たちへ、そんな大仰なプロパガンダを吹き込んでいる。
私は馬車に揺られながら、たまらず横槍を入れた。
「リック、訂正してくれ。あれは雷じゃない。ローレンツ力によって極限加速させた運動エネルギー兵器だ。放電現象はあくまで副次的な……」
「馬鹿野郎、一般市民にそんな小難しい理屈が通じるか!ピカッと光ってドカンと鳴ってバケモノが消し飛んだんだ、大衆にとっちゃあれは立派な『雷』なんだよ!教団の『神の奇跡』ってブランドを上書きするには、これが一番手っ取り早いんだ!」
私の真っ当な物理学的指摘は、大衆扇動のプロフェッショナルであるリックによって瞬殺された。
だが、結果としてリックの読みは完璧に当たっていた。
絶対的な安全網であるマギフォンを通じて、噂話は王都中へあっという間に拡散されていく。空に浮かぶ教団の飛行船が拡声魔法でどれだけ私を災厄の元凶だと叫ぼうが、圧倒的な武力と結果を目の当たりにした民衆の耳には、もはや教団の言葉など届かなかった。
教団の絶対的だった情報統制と権威が、音を立てて崩れ始めている。
その混乱の隙を突き、私たちは第4廃校舎の地下へと帰還した。
「レイ君、急ごう。教団が完全にパニックに陥っている今が最大のチャンスだ」
「ああ。アリス、リック、ヴォイド・コアの接続を手伝ってくれ」
私たちは回収したばかりのヴォイド・コアを、巨大な加速器のメインフレーム、その心臓部たる動力炉へと慎重に組み込んでいく。
常温超伝導のミスリルコイル。そして、テラワット級の電源。
ついに、私の仮説を証明するためのすべてのピースが揃った。物理学者としての私の熱狂は、今まさに最高潮に達しようとしていた。
「よし、接続完了だ。コンソールの数値、すべてグリーン」
私がメインコンソールを立ち上げると、地下施設全体が地鳴りのような低い駆動音に包まれた。
私は稼働準備が整った加速器を前に、不敵な笑みを浮かべる。
「ボブ、教団の飛行船の拡声魔法、波長は特定できたか?」
「多世界解釈で周波数の総当たりを完了したよ。いつでもハッキングして乗っ取れる」
ボブが魔導書を開きながら、自信に満ちた笑みを返す。
私は王都の通信網を物理的に掌握している量子ルーターのメインサーバーへアクセスし、自身の手元のマギフォンを接続した。
これで、王都中のすべてのマギフォン、そして教団が空に浮かべているすべての飛行船から、私の声が強制的に流れることになる。
私はマギフォンの送話口に向かって、ゆっくりと口を開いた。
「王都の皆、そして僕の実験を邪魔し続けた教団の諸君。少しばかり、耳を貸してほしい」
私の冷徹な声が、王都の空と、街の至る所で一斉に響き渡った。
さあ、総仕上げだ。
神という非科学的な概念でこの世界を縛り付けてきた教団の権威に完全なトドメを刺し、オペレーション・グラビティ・ウェーブの開始を宣言する、最高のプレゼンテーションを始めよう。
(続く)









