第51話:電磁投射砲
城壁の上。私たちの目の前には、この世の終わりかのような絶望的な光景が広がっていた。
「……ありゃあ、化け物なんて生易しいもんじゃねぇな」
前方の砲身を肩で支えるリックが、冷や汗を流しながら呻いた。
城壁から数キロメートル先。地平線を埋め尽くしていたのは、地面が見えないほど密集した魔物の海だった。多種多様な魔物たちが、飢えた獣のように咆哮を上げ、渦を巻くような巨大な奔流となって王都へと進軍してきている。巻き上がった土煙は空を覆い、太陽の光すら遮っていた。
そして、その群れの中心にそびえ立っていたのが、ダンジョン・ボスだ。
それは、山そのものが動いているかのような、圧倒的な質量を持った異形の塊だった。黒く不定形で、ドロドロとした体表は、周囲の光やマナを飲み込むかのように鈍く光り、時折、ノイズのような強力な魔力がパチパチと音を立てて溢れ出ている。
「エントロピーの掃除屋」という名に相応しい、世界の秩序を食い荒らす混沌の権化。数キロ離れているにも関わらず、その巨大さははっきりと視認でき、その存在自体が空間を歪めているかのような圧迫感を放っていた。
「リック!もっと腰を落とせ!アリス、パイプ内の真空を維持しつつ、砲口からボスまでの空気抵抗を極限まで減らす流体トンネルを作れ!」
「了解っ!空気軸受、展開!流体トンネル、生成します!」
アリスが杖を振り、巨大なレールガンの銃身下部に圧縮空気を敷き詰めてリックの負担を減らしつつ、砲口の先から地平線のボスへ向かって、大気を切り裂いた真っ直ぐな真空の道を切り開いた。
「ボブ!仰角とタイミングの計算を頼む!それと、射線上の聖騎士団や防衛部隊は退避しているな?」
「任せて!防衛部隊は完全に戦意喪失して壁の後ろへ下がっている。射線上の巻き添え確率はゼロだ!ボスの移動速度、風向き、魔物の群れの密度……多世界解釈で最適解を導き出す!仰角14度、右へ2度!発射タイミングは……今から7秒後!」
ボブが魔導書をめくりながら、狂乱するボスの動きを完璧に予測して座標を叫ぶ。
私は構えたレールガンの後部に、高純度の貨幣を重力魔法で極限まで圧縮し、空気抵抗をゼロにするための流線型へと強制的に変形させて作った特製の徹甲弾を装填した。
「おいレイ!大掛かりなのはいいが、こいつをどうやって動かすんだ!?」
巨大な兵器を前に、リックが叫ぶ。
「地下の旧加速器施設に、数百年分も溜め込まれていた莫大な静電気さ。この前大量のガラス瓶を使って集めただろ。持続力はないが、一瞬の放電なら雷神すら凌駕する!」
「なるほど!アレがこいつを動かすのか」
「みんな、そろそろだよ……3、2、1、リック君、スイッチを入れて!」
「うおおおおおっ!食らいやがれぇっ!」
ボブのカウントダウンに合わせ、リックがコンデンサ・バンクを繋ぐ極太の物理スイッチを全力で押し込んだ。
「フレミングの左手の法則、最大出力!」
数百万アンペアという桁違いの大電流がミスリルのレールへ一気に解放される。
同時に、私は背後の空間に何重もの強固な重力障壁を展開し、数千トンに及ぶ発射の反作用を城壁ごと強引に受け止めた。
超伝導レールと大電流が生み出す圧倒的なローレンツ力が、装填された徹甲弾を超音速の彼方へと弾き出した。
大気が悲鳴を上げ、プラズマの尾を引いた光の槍が城壁から放たれた。
バツンッ!!……ギャァァァァァッというガラスを引っ掻くような甲高い絶叫が響き、一瞬遅れてズドドドドドッと空が割れるような衝撃波の重低音が後を追ってくる。
アリスが作った真空トンネルを通り抜けたその一撃は、眼下を埋め尽くしていた魔物の大群を一直線に消し飛ばし、さらにその奥、地平線にそびえ立っていたボスの巨大な身体をも、一切の抵抗を許さずに一撃で貫通した。
マッハ数10を超える極超音速の運動エネルギーは、衝突の瞬間、莫大な熱エネルギーへと変換される。ただ貫通するだけじゃない。固体はプラズマへと相転移し、標的は内部から爆発的に蒸発するのだ。
直後、ボスの体内で極超音速衝突によるプラズマ爆発が起き、山のような巨体は内側から木っ端微塵に吹き飛んで、文字通り蒸発して消滅した。
爆風とプラズマの残光が晴れた後。
城壁の外には、地平線まで一直線に抉り取られた大地の爪痕だけが残されていた。
圧倒的な破壊力を前に、城壁の兵士たちも、空の教団の飛行船も、完全に言葉を失い静まり返っていた。
「Q.E.D.……みんな、よくやった。計算通りだ」
私が満足げな笑みを浮かべる中、腰を抜かしかけていたリックが、クレーターの彼方を見て一気に興奮を取り戻した。
「おいレイ!大将の首、獲ったりだぜ!急いで馬車を用意して回収に行こう!あのバケモノの核なら、とんでもない値打ちモン……いや、俺たちの極上の電源だろ!」
「ああ。持続可能な電源問題は、これでクリアだ」
リックの言葉に、私は深く頷いた。
圧倒的な力で王都を救ってしまった私たちに対する民衆の評価が、劇的に裏返ろうとしている予感を漂わせながら、私たちは究極のパーツを回収すべく城壁を降りていった。
(続く)









