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異世界転生した天才物理学者は、魔法を「量子もつれ」と定義する ~事象の地平線を越えて、地球に重力波(論文)を送りつけるまで~  作者: あとりえむ


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第5話 ルームメイトは商人の息子

ヒルベルト魔導学院の学生寮は、質実剛健を絵に描いたような石造りの建物だった。

あてがわれた部屋は、ベッドが二つに机が二つ。典型的な二人部屋だ。


私は荷物を解くのもそこそこに、部屋の「四隅」を確認して回った。

建物の構造材にかかる応力、カビの有無、そして空間を走る「金色のストリングス」の密度。


……悪くない。糸の張力は安定している。

これなら精密な実験を行っても、空間ノイズは最低限で済みそうだ。


ガチャリ。

不意にドアが開き、派手な赤髪の男が入ってきた。


「よぉ、相棒! お前が噂の『新入生ルーキー』か?」


男は私を見るなり、ニカッと屈託のない笑みを浮かべた。

そばかす顔に、ジャラジャラとつけられた悪趣味なほどのアクセサリー。

制服の着こなしもだらしないが、その瞳だけは油断なく私を観察している。


「……僕はレイ・カルツァ。君は?」

「俺はリック・ファイン。しがない商家の三男坊さ。今日からお前のルームメイトになる。よろしく頼むぜ、レイ!」


リックは私の手を掴むと、ブンブンと激しく握手をした。

その掌には、ペンダコではなく、硬貨を数え慣れた特有のタコがある。


「で、だ。単刀直入に聞くぜ、レイ。今日の試験のアレ……一体どうやったんだ?」


リックは私のベッドに腰掛けると、探るような視線を投げてきた。


「アレとは?」

「トボけるなよ。あの『見えない熱線』だ。会場中が騒然としてたぜ。『無詠唱で特級魔法を撃った』とか『精霊の王と契約してる』とか噂されてるが……俺の目は誤魔化せねぇ」


リックは鼻をヒクつかせた。


「俺は魔力はからっきしだが、『金の匂い』には敏感でね。あの時、お前からはマナの流出がほとんど感じられなかった。通常、あれだけの熱量を出すなら、大量の魔石か、長時間の詠唱コストが必要なはずだ」


「……」


「なのに、お前はタダ同然のコストで、最高級の火力を叩き出した。つまり『原価率ほぼゼロ』ってことだろ? 商売人として、このカラクリが気になって夜も眠れねぇ」


なるほど。私は心の中で感心した。

この男は物理学を知らないが、「熱力学の効率性」を「経済的な利益率」として直感的に理解している。

ある意味、非常に科学的な視点だ。


「正解だよ、リック。僕は魔力をほとんど使っていない」

「マジか! じゃあ何を使ったんだ?」

「そこにあった太陽光を集めただけだ。凸レンズの原理でね」


「凸レンズ……虫眼鏡か? だが、そんなデカイ硝子ガラスはどこにも……」


リックは眉をひそめた。


「硝子はいらない。空気の密度を変えれば、大気そのものがレンズになる。ローレンツ・ローレンツの式に基づき、屈折率を操作したんだ」


「……ストップ。俺の脳内翻訳機にかけるから待て」


リックは額を押さえて数秒沈黙した後、ポンと手を叩いた。


「つまり、こういうことか?

 『空気をギュッと固めて、タダで降り注いでるお日様の光を一点に集めて、敵を焼いた』」


「……随分と俗っぽい言い方だが、物理的には概ね合っている」


「ブラボーッ!!」


リックは両手を挙げて歓声を上げた。


「最高だぜお前! つまり燃料代ゼロ! 仕入れ値ゼロ! そこら辺にある空気と光だけで高火力を出せるってことか! こいつはとんでもない錬金術だ!」


彼は興奮して私の肩をバンバンと叩いた。

どうやら、私の技術的価値バリューを高く評価してくれたらしい。

これは好都合だ。私には、この世界での「コネ」と「金」がない。


「リック。君の実家は商会をやっていると言ったね?」

「ああ。『ファイン商会』だ。王都でもそこそこの顔役だぜ」

「なら、取引ディールをしよう」


私は工具袋から一枚のメモを取り出し、彼に見せた。

そこには、これから私が作りたい実験装置――地球への通信機――に必要な素材リストが書かれている。


「ミスリル銀(超伝導体)、オリハルコン(耐熱合金)、それに高純度の水晶(シリコンウェハー用)……これらを調達してほしい」


「ぶっ!?」


リストを見たリックが吹き出した。


「お前、正気か!? ミスリルなんてグラム単位で金貨が飛ぶぞ! オリハルコンに至っては国家機密レベルの素材だ! こんなの、学生の小遣いで買えるか!」


「だから、君が必要なんだ」


私は不敵に笑った。


「僕には金がない。だが、技術アイデアはある。君にはコネがある。

 僕が発明する『物理法則を応用した新しい魔導具』の独占販売権を君に渡す。君はそれを売って儲ければいい。その利益で、このリストの素材を現物支給してくれ」


リックの目の色が変わった。商人の目だ。


「……新しい魔導具ってのは、さっきみたいな『原価率ゼロ』のやつか?」

「ああ。例えば、マナ効率を劇的に改善したコンロや、遠くの音を拾う集音器、あるいは冷めないスープ皿……物理学を応用すればいくらでも作れる」


「乗った!」


リックは即答し、私の手をガッチリと握りしめた。


「契約成立だ、レイ! 俺が素材を集めてやる。その代わり、俺を大金持ちにしてくれよ!」

「ああ。約束する。僕の計算に、赤字エラーはない」


こうして、私はこの異世界で最初の「共犯者」を手に入れた。

天才物理学者と、守銭奴の商人。


この奇妙なパートナーシップが、やがて世界経済と物理法則の両方をひっくり返すことになるのだが――それはまだ、少し先の話だ。




(第5話 完)


挿絵(By みてみん)

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