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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第2部:シュバルツシルトの深淵編

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第41話 最悪の予感と暗号解読

絶対空間であるはずの最深部から、巨大なエントロピーの塊が消失している。

ボブの演算が弾き出したその痕跡のベクトルは、一直線に地上、すなわち王都の方角を指し示していた。


「急ぐぞ。悠長に歩いて戻っている暇はない」


私はそう口にしながらも、視線は足元の金属塊──ボイジャー一号の残骸から引き剥がせずにいた。

本当なら今すぐこの機体を丸ごと背負ってでも持ち帰りたい。地球の物理法則とこの世界の繋がりを証明する、私の生涯を懸けた研究の到達点なのだから。


だが、打ち上げ時の総重量が八百キロ近いこの探査機は、一部が溶解し欠損しているとはいえ、まだ数百キロの質量を残している。今の私たちの装備とこの緊急事態において、これほどの重さの金属塊を抱えて一気に地上へ帰還するのは物理的に不可能だった。


「レイ様、上昇気流に乗る風の魔法、用意できましたよ!」


少し離れた縦穴の縁から、アリスが杖を構えて私を呼ぶ。リックも背嚢を背負い直し、焦燥感を滲ませながらこちらを見ていた。


「ああ、今行く」


私は機体の冷たい表面に最後にもう一度だけ触れ、その中央に固定されていた金色の円盤──ゴールデンレコードへと手を伸ばした。

超音波カッター代わりのナイフで結合部を切断し、熱で歪んだレコード盤だけを慎重に取り外す。そして、傷がつかないよう白衣を脱いで何重にも包み込み、自分の小脇にしっかりと抱え込んだ。


(いつか必ず、機体の残骸も回収しに戻ってくる……)


胸に抱いた地球の欠片に静かな決意を誓い、私は踵を返した。



私たちはダンジョン中央の巨大な縦穴から吹き上げるマナの奔流、ホワイトホールの上昇気流の前に立った。


「アリス、待て。ただの風の障壁でこの揚力に乗れば、猛烈な空気抵抗の壁に激突して僕たちは摩擦熱で燃え尽きる。障壁の先端を、鋭角な円錐状に変形させろ」


「えんすい……とんがり帽子みたいにですか!?」


「そうだ、空気を切り裂くロケットのフェアリングだ。内側の慣性Gは僕が重力で相殺する。障壁が完成したら、一気に飛び込むぞ」


「はいっ!風よ、鋭く尖ってください!」


アリスの魔法が形態を変化させ、私たちを包む風の層が流線型の円錐ドームとなる。

私は右脇に抱えた白衣の包みを落とさないようしっかりと庇いながら、左手で重力の相殺フィールドを展開した。

準備が整った次の瞬間、私たちは足元から吹き上げる猛烈な揚力に身を任せ、大砲の弾のように上空へと打ち出された。


「うおおおおっ!はえええええっ!」


リックが絶叫する。無理もない。行きは慎重に下った何十層ものダンジョン構造が、凄まじい速度で眼下へと飛び去っていくのだ。

ドームの表面を凄まじい風切り音が通り抜け、周囲を飛び交う極彩色のマナの奔流が、まるで光のトンネルのように私たちの視界を流れていく。


「アリス、仰角を三度上げろ!中層の気圧変化の層を抜けるぞ!」


「はいっ!」


やがて、光のトンネルの先、遥か頭上に眩しい地上の光が見えてくる。


「出口だ!一気に抜けるぞ!」


私たちは巨大な間欠泉から吐き出されるように、ダンジョンの入り口から青空へと勢いよく飛び出した。

空中で放物線を描きながら、私は逆向きの重力ベクトルを発生させて落下速度を殺し、岩陰に隠しておいた馬車のすぐそばへとふわりと着地する。

息をつく間もなく、馬車に飛び乗り、王都へ向けて全速力で馬を走らせた。



道中、見晴らしの良い高台の丘に差し掛かった時だった。

遮るもののない立地に出た瞬間、アリスのアンテナ杖が、大気中に飛び交う強力なマナの念話波を傍受した。


「ザーッ……ガガッ、ピー……」


杖の先端から、ひどく耳障りな音が響き続ける。


「ただのノイズです……か?」


アリスが眉をひそめて杖を振るが、音は止まない。


「いや、これは教団の『沈黙の聖印』だ。神の言葉を用いた、絶対に解読不可能な神聖暗号だよ」


ボブが顔を曇らせた。教団の最高機密通信であり、人間の頭脳や通常の魔法的アプローチでは絶対に解き明かせない代物だという。

しかし、私はそのノイズの波形を聴き、思わず鼻で笑った。


「ナンセンスだ。ただのRSA暗号、つまり公開鍵暗号じゃないか」


私は揺れる馬車の中でメモ帳を取り出し、ペンで数式を書き殴った。


N = p × q


「教団は神の奇跡でもなんでもなく、単なる数学的困難さを盾にしているだけだ。桁数の大きい素数同士の掛け算は簡単だが、その逆、つまり素因数分解は極めて困難になるという性質をな」


そこまで説明し、私はふと疑問を抱いた。

果たして、この暗号の高度な数学の理を理解している者が、教団の中にいるのだろうか?それとも、魔法というブラックボックスが生み出したただの偶然の産物か。

もし前者であれば、この異世界において教団の技術レベルやその背後にある知性は、私の想定をはるかに超えていることになる。


「でもレイ、その素因数分解?ってのが難しいなら、結局解けないんじゃねぇのか?」


手綱を握るリックが振り返らずに叫ぶ。


「通常ならな。スーパーコンピュータを使っても宇宙の寿命ほどの時間がかかる計算だ。だが、僕たちには最高の計算機がある」


私はボブに視線を向けた。


「ボブ、お前の並列世界へのアクセス能力を使って『ショアのアルゴリズム』を実行しろ。無数の世界で一斉に総当たり計算を行うんだ」


「ショアの……なんだって?」


「量子計算による高速素因数分解だ。お前の多世界解釈を量子コンピュータの重ね合わせ状態に見立てる。僕が計算手順を誘導するから、お前は無数の分岐世界に演算を丸投げしろ」


ボブは驚いた顔をした後、すぐに面白そうに口角を上げた。


「なるほど……魔法を並列計算機として駆動させるわけか。君の頭脳は本当に恐ろしいよ」


ボブが魔導書を開き、私の理論的バックアップを受けながら自身の魔法を駆動させる。

結果は一瞬だった。

教団が絶対と信じて疑わなかった神の暗号鍵は、量子アルゴリズムの前にわずか数秒で突破された。


ザーッというノイズが晴れ、アンテナ杖から、冷酷で機械的な音声がはっきりと響き渡った。


『緊急通達。異端者レイ・カルツァを魔王に認定。見つけ次第、生死を問わず処分せよ。王都は現在、完全封鎖状態にある』



馬車の中が、凍りついたように静まり返った。

自分たちが国家レベルで指名手配され、帰るべき場所が既に戦場と化しているという絶望的な事実。


奈落の底でミスリルを見つけ、ようやく地上に帰還した私たちを待ち受けていたのは、最悪の事態だった。




(続く)

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実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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