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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第2部:シュバルツシルトの深淵編

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第40話 故郷からの漂流物

私は無意識のうちに息を呑み、震える手をその金属塊へと伸ばしていた。

特異点の底の窪みに落ちていたそれは、本来ならあり得ない物質だった。ダンジョンのマナによって生成されたものでも、この世界の鉱物でもない。


ひしゃげたパラボラアンテナの残骸と、焼け焦げた金色の円盤。


「レイ、なんだよこれ。お宝じゃないのか?」


リックが不思議そうに覗き込む。


「……ああ、お宝だ。僕にとっては、これ以上ない最高の……」


私は震える手で、半ば溶解した金属塊の表面を覆うチリや汚れを慎重に払い落とした。

奇跡的に高熱を逃れ、原形を留めていた機体の一部。そこには、私が見慣れた青いロゴマークの欠片が、かすかに、しかし間違いなく印字されていた。


『NASA』


そして、機体の中央に固定された、人類の宇宙へのメッセージを刻んだ『ゴールデンレコード』。半分以上が熱で歪み、溶け落ちてはいたが、表面に刻まれた特徴的な溝とカバーの図面は、私の記憶と完全に一致した。私が物理学者を志したきっかけでもある浪漫の塊が、今まさにそこに鎮座しているのだ……


「これは……1977年に地球から打ち上げられ、太陽系を脱出した無人宇宙探査機……ボイジャー1号だ」


私はその冷たい金属の表面を、まるで壊れ物を扱うようにそっと撫でた。


「地球から飛んできたってことかい?この探査機は、いつまで地球と通信していたんだい?」


ボブが興味深そうに機体の残骸を観察しながら尋ねる。


「僕が地球にいた頃の計算では、2025年頃までは地球との通信を維持する電力を供給できるとされていた。僕がこっちの世界に来てから15年、地球の暦なら今は2040年頃のはずだ」


「なるほど。地球と通信できなくなって、宇宙の果てからここに流れ着いたのかな」


「ああ。だが実際はおそらく、もっと気の遠くなるような時間を経て、どこかのブラックホールに引き寄せられてここへ来たんだろう」


私は半ば溶け落ちたゴールデンレコードの溝を指先でなぞりながら、静かに語った。


「この世界は地球と対の存在だが、その時間軸には囚われていない。もっと高次元としての座標で繋ぎ止められている。地球では僕より未来から来たはずのアイザワが、この世界では僕よりも過去に存在したのがその証拠だ」


「わけわかんねぇよ、どういうことだよ?」


リックが頭を掻きむしる。アリスも目を回して首を傾げていた。


「つまりね、リック。地球とこの世界は、二冊の別々の本みたいなものなんだ」


ボブが眼鏡を押し上げ、優しく噛み砕いて説明を始めた。


「普通、本は一ページ目から順番に時間が進むだろう?でも、地球という本の『2040年』のページから栞を落としたとき、それがこの世界という本の何ページ目に挟まるかは、読んでる僕たちには分からない。本の外側、もっと高い次元で二冊の本がどう重なっているかで落ちる場所が変わるんだよ」


「……あー、なるほど?俺たちが今いるページより、ずっと昔のページに落ちてくることもあるってことか」


「その通り。だから、未来の地球の人間が、僕たちの過去に落ちてくることも物理的にあり得るってことさ」


ボブの解説を聞き流しながら、私はボイジャー1号の機体に額を押し当てた。

遠い故郷から、途方もない時空を越え、ボロボロになりながらも奇跡的に私の元へと辿り着いた人類の痕跡。

冷たい金属の感触が、私の中に封じ込めていた望郷の念を容赦なく抉り出した。


「……っ、あ……」


不意に、視界が歪んだ。

自分の目から大粒の涙が溢れ出し、機体の表面を濡らしていることに気づくまで、数秒の時間を要した。

声を殺して泣く私の背中を、リックとアリスは何も言わず、ただ静かに見守ってくれていた。



「レイ君、故郷との再会を喜んでいるところ本当に申し訳ないんだけど……」


不意に、背後からボブのひどく強張った声が響いた。

振り返ると、彼は顔面を蒼白にしながら、魔導書のページをめくる手を震わせていた。


「……最悪の事態だ。この空間の演算結果がおかしい」


「どうした、ボブ。特異点の重力バランスが崩れたか?」


私は涙を乱暴に拭い、すぐに司令塔の顔に戻って問い返した。


「違う。この事象の地平線の底には、これだけのマナとエントロピーを内包したダンジョンを支配する『超巨大な魔力反応』、つまりヴォイド・コアを持つ最深部のボスが存在するはずなんだ」


ボブは暗い特異点の奥を指差した。


「でも、ここには巨大な何かが鎮座していた『圧痕』があるだけで……肝心のボスの姿が、どこにもないんだよ」


背筋に冷たい氷柱を突き立てられたような悪寒が走った。

絶対空間であるはずの最深部から、巨大なエントロピーの塊が消失している。

それはすなわち、私たちにとって最悪の予測を意味していた。




(続く)

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実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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