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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第2部:シュバルツシルトの深淵編

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第34話 ホワイトホールの入り口

巨大なすり鉢状のクレーターの中心。

そこにポッカリと開いた大穴、大迷宮「奈落」の縁に私たちは立っていた。

底は見えず、ただ漆黒の闇が口を開けている。そして、下から上へと向かって、目も開けていられないほどの猛烈な突風──高濃度のマナの奔流が間欠泉のように吹き上げていた。


「おいレイ、本当に馬車をこんな所に置いていくのかよ!?盗まれたり魔物に食われたりしたらどうすんだ!」


リックが、手頃な巨大岩に手綱をくくりつけながら悲鳴のような声を上げる。

馬たちの足元には、数日分の水と干し草の山を無造作に積み上げているだけだ。


「盗む奴がいるなら、そいつは相当な物好きだ。それに、すぐ戻るんだ。餌を食い切る前にはな」


私は背嚢のベルトを締め直し、平然と答えた。


「すぐ戻るって……ここは生きて帰れる確率が0.001パーセントの奈落だぞ!?せめて隠すとかさぁ!」


「無駄口を叩いている暇はない。ボブ、地図を出せ」


私はリックのぼやきを無視してボブに指示を出した。

ボブは強風に煽られながら、冒険者から譲り受けた羊皮紙の地図を広げる。


「通常の攻略ルートは、このすり鉢の斜面に点在している『横穴』から地下迷宮に入り、複雑な階層を少しずつ下っていくものだね。でも、最短で中層まで行くにしても数ヶ月はかかる」


「教団の追手を考えれば、あまりにも遅すぎる。だから、ショートカットだ」


私は地図を閉じさせ、眼下の巨大な縦穴を指差した。


「横穴なんてちまちま進む必要はない。ここから生身で真っ直ぐ飛び降りる。これなら数時間で中層だ」


「はぁぁぁっ!?」


リックだけでなく、アリスも目を丸くして固まった。


「む、無理ですレイ様!この穴からは、マナの嵐が吹き上げてるんですよ!?飛び込んだ瞬間に、マナ酔いでショック死するか、上空に吹き飛ばされて終わりですぅ!」


「普通ならな。だが、僕にはこの奔流の『隙間』が見える」


私の眼には、吹き上げるマナがただの風ではなく、ほどけて乱気流を起こす「黄金の糸」として視認できていた。

糸の張力が弱い部分、すなわちマナの奔流の「縫い目」を縫うように落ちれば、抵抗は最小限で済む。


「全員、互いの腰をロープで繋げ。そして、環境圧に潰されないよう、魔力の波長をこの空間の抵抗値に同調させろ。講義でやったインピーダンス整合だ」


私が命じると、三人は渋々ながらもロープを体に巻きつけ、目を閉じて魔力の波長を調整し始めた。



「……よし、整ったね。胃が口から出そうだけど」


ボブが眼鏡を光らせる。

私は全員のロープが確実に繋がっていることを確認し、奈落の縁に立った。


「行くぞ。終端速度は僕の重力制御で調整する。アリスは風魔法で姿勢制御を頼む」


「は、はいっ!お供します!」


「ああもう、どうにでもなれぇぇぇッ!」


私たちは一斉に地を蹴り、漆黒の縦穴へとダイブした。


凄まじいマナの嵐が全身を打ち据える。だが、波長を同調させているおかげで、内臓が破裂するような圧迫感はない。

私は黄金の糸の隙間を見極め、重力制御で落下速度をブレーキをかけながら、暗闇の中を猛スピードで滑空していった。


「す、すごい!本当に落ちていけてます!」


アリスが空中で歓声を上げる。

だが、奈落の洗礼は甘くなかった。


ギャアァァァァッ!!


濃密なマナの霧を裂いて、下から巨大な影が急襲してきた。

四枚の羽を持つ、ワイバーンの変異種だ。この異常な環境圧の中で生きるため、鱗は鋼鉄のように黒光りしている。


「敵襲!下から来るよ!」


ボブが叫ぶ。


「僕の演算でも、まともな魔法の打ち合いじゃ勝率は極めて低い!このマナの奔流の中じゃ、防御結界もすぐに吹き飛ばされる!」


飛竜は大きな口を開け、私たちを丸呑みにせんと一直線に上昇してくる。

足場のない空中。逃げ場はない。


「レイ様!迎撃します!」


アリスが八木・アンテナ杖を下に向けようとする。


「待て!直接狙う必要はない!」


私は落下しながら、冷静に飛竜の飛行機構を観察した。

あの巨体を、このマナの猛烈な向かい風の中で飛ばせている理由。それは、四枚の羽で下から吹き上げる上昇気流を的確に捉え、強大な「揚力」を生み出しているからだ。


「飛ぶための物理法則を壊せ!アリス、飛竜の羽の『真上』に向かって、極限まで圧縮した風を撃ち抜け!」


「羽の、上ですか!?わかりました!ウインド・カッター!」


アリスの杖から放たれた不可視の風の刃が、飛竜の羽のすぐ上を猛烈なスピードで通り抜ける。

その瞬間。

気流が速い場所は、圧力が下がる。ベルヌーイの定理だ。

飛竜の羽の上の気圧が急激に低下し、気圧差によって生み出されていた「揚力」が完全に消失した。


「ギ、ギャアッ!?」


空気を掴む力を失った飛竜は、まるで目に見えない巨大な手で叩き落とされたかのようにバランスを崩し、錐揉み回転を始めた。


「リック!すれ違いざまにやれ!」


「おうよ!落ちていくクソトカゲなんざ、ただの的だぜ!」


コントロールを失って私たちの横を落下していく飛竜の首筋に向け、リックがセラミック剣を一閃する。

硬い鱗の隙間、装甲の薄い関節部を的確に断ち切られ、飛竜は絶命して奈落の底へと消えていった。


「……Q.E.D.(証明終了)」


私は乱れた白衣を直し、さらに下へと視線を向けた。

マナの霧が徐々に晴れ、底の景色が見え始めてきた。

だが、そこは地獄のような光景だった。


巨大な岩が宙に浮き、地表から湧き出した水が、上に向かって滝のように流れている。

上下左右の概念が崩壊した空間。


「……どうやら、無事に着いたようだな」


私たちは、物理法則が歪み切った中層──重力異常地帯へと静かに着地した。




(続く)

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実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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