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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第2部:シュバルツシルトの深淵編

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第31話 夏休み最後の大冒険

王都の城門を強行突破してから数日が経過した。

私たちの乗る馬車は、険しい山脈の入り口に位置する拠点街、『迷宮都市』へと続く街道を進んでいた。


「おいレイ、前が詰まってるぜ。なんかデカいのが道を塞いでやがる」


御者台からリックが声を上げる。

幌の隙間から外を覗くと、街道の真ん中に小山のように巨大な魔物の死骸が鎮座していた。全身が鈍く光る金属質の甲殻に覆われた、巨大な亀だ。


「くそっ!またロープが切れたぞ!予備を持ってこい!」


筋骨隆々の戦士が怒鳴り声を上げる。

彼らの装備や立ち振る舞いから、相当な手練れの上級冒険者パーティーであることがうかがえた。


「リーダー、駄目です!この『超重金属亀』、装甲が硬すぎて私たちの浮遊魔法や念動力が弾かれてしまいます!」


ローブを着た魔術師が、額に汗を浮かべて報告する。


「泣き言を言うな!俺たちの魔力が足りないだけだ!全員で一斉に呪文を唱えろ!気合いで浮かせるんだよ!」


リーダーが檄を飛ばす。

どうやら彼らは、討伐したはいいものの、あまりの重さに街の解体所まで運べずに道中で立ち往生しているらしい。馬車に乗せようにも車軸が折れ、地面を引きずろうにも摩擦でロープが切れ、地面がえぐれるだけだ。


「おいレイ、あの亀の甲羅、高く売れそうじゃねぇか?ちょっと手伝って恩を売っておこうぜ」


リックが商人の顔になって肘で突いてくる。


「……手伝うのはいいが、彼らのやり方は非効率極まりないな。魔法で直接持ち上げようとするから、対魔法装甲に弾かれるんだ」


私は馬車から降り、呆然と亀を見上げる冒険者たちの元へ歩み寄った。


「ちょっといいかな、冒険者の諸君」


私が声をかけると、リーダーの戦士が血走った目で睨んできた。


「ああん?なんだお前、ひょろっこいガキが何の用だ。怪我したくなかったら下がってな」


「君たちは力学的なアプローチを間違えている。重さを消す必要はないんだ。アリス、こっちへ」


私は彼らの威圧を無視し、アリスを呼んだ。


「は、はいっ!レイ様!」


「その杖で、亀の腹と地面の隙間に風を送り込め。吹き飛ばすんじゃない。高圧縮した空気を、絶え間なく薄く敷き詰めるイメージだ」


「風を、敷き詰める……わかりました、やってみます!」


アリスが八木・アンテナ杖を構え、亀の足元に向けて魔力を放つ。

シューッという連続音と共に、亀の巨体の下から土埃が舞い上がった。


「な、なんだお前ら!?魔法が弾かれるって言っただろ!」


リーダーが怒鳴るが、アリスの魔法は亀の装甲を狙ったものではない。ただ地面と亀の間に空気の層を作っただけだ。


「よし、これで空気軸受、エア・ベアリングの完成だ。ホバークラフトと同じ原理だよ」


私は冒険者たちの前に進み出た。

白衣の袖をまくり、小山のような亀の甲羅に人差し指を一本だけ当てる。そのまま、じわりと押していく。


ミリ……ミリミリ……。


信じられない光景だった。

数十人の大人が綱で引いても微動だにしなかった超重量の巨体が、特に鍛え上げた様子もない私の指一本で滑るように動き出したのだ。


「「「な、なんだとォォォッ!?」」」


冒険者たちの度肝を抜かれた叫び声が、街道に響き渡った。


「魔法で軽くしたわけじゃないのに、どうして指一本で動くんだ!?」


魔術師が目を剥いて驚愕する。


「だから、空気の上に乗せたんだよ。摩擦係数を限りなくゼロに近づけたのさ。これなら、子供の力でも数トンの鉄塊を押せる」


私は平然と答え、彼らのパーティーの魔術師に視線を向けた。


「対象の重さや魔法耐性は関係ない。地面との間に空気を流し込むだけなら、君の魔力でも十分に可能なはずだ。重要なのは絶え間なく薄く敷き詰めることだ。やってみるといい」


魔術師は半信半疑のまま杖を構え、アリスが見せたように亀の底面へ風の魔法を送り込んだ。

先ほどまでウンともスンとも言わなかった亀の巨体が、戦士たちが軽く押すだけでゆっくりと、だが確実に加速しながら滑り始める。


「す、すげぇ!動くぞリーダー!これなら街まで簡単に運べる!」


「マジかよ……あんた、一体何者だ?ただの魔術師じゃねぇな」


リーダーの戦士が、すっかり毒気を抜かれた顔で私を見た。


「僕は物理学者だ。じゃあ、道が開いたから僕たちは先に行かせてもらうよ」


「待ってくれ!俺たちは『鉄の牙』ってパーティーだ。こんな大物、街に持ち帰れなきゃ大損するところだった。あんたたち、これから迷宮都市に行くんだろ?後で街で必ずお礼させてくれ!」


私たちは彼らの熱烈な感謝を背に受けながら、再び馬車を出発させた。



それから数時間後。

私たちは険しい山脈の入り口に位置する前線基地、迷宮都市へと到着した。

荒々しい石造りの建物が並び、武装した冒険者たちが往来する活気ある街並み。王都の洗練された雰囲気とは違い、ここはむき出しの欲望と暴力、そして未知への探求心が交差する場所だ。


「うおおおっ!すげぇ活気だぜ!美味そうな匂いがプンプンしやがる!」


馬車を宿屋に預けるなり、リックが目を輝かせて歓声を上げた。

長旅の疲れを癒やすため、私たちは情報収集も兼ねて街の散策に出ることにした。大通りには無数の屋台が立ち並び、食欲をそそる香ばしい煙と熱気が立ち込めている。


「レイ様、見てください!あのお肉、すごく大きいです!」


アリスが屋台の鉄板を指差してはしゃぐ。

そこでは、丸太のように太いレッドボアの肉が豪快に焼かれていた。リックが早速小銅貨を弾いて三人分の串焼きを買い込んでくる。


「ほらよ、熱いうちに食おうぜ!」


渡された串からは、ジュワッと溢れる肉汁と、焦げた甘辛いタレの香りが漂っていた。一口齧ると、分厚い肉の弾力と共に、濃厚な脂の旨味が口いっぱいに広がる。


「はふっ、はふっ……すっごく美味しいです!」


アリスが幸せそうに頬を緩める。


「……うん、悪くない。高温で一気に焼き上げることでメイラード反応が促進され、アミノ酸の旨味が最大限に引き出されている」


「ははっ、レイくんらしい感想だね」


私が理屈をこねながらも次々と肉を平らげていると、ボブが呆れたように笑い、リックがまくし立てる。


「お前は本当に、美味いもん食ってる時まで小難しい顔すんのな。ほら、あっちの香草スープも美味そうだぞ!」


他にも、スパイスをふんだんに効かせたキノコのスープや、果汁が弾ける甘酸っぱい冷やし果実など、私たちは久しぶりの平和な日常と、未知の味覚を心ゆくまで堪能した。


「ぷふぁーっ!食った食った。腹一杯だぜ」



リックが満足げにお腹をさすりながら、広場のベンチに腰を下ろした時だった。


「おおーい!恩人たち!探したぜ!」


喧騒を掻き分けてやってきたのは、道中で亀の運搬に苦労していた『鉄の牙』のリーダーたちだった。

その手には、ジョッキに注がれた冷たいエールと、山盛りのご馳走が抱えられている。


「無事に解体所まで運べたみたいだな」


「ああ!あんたの教えてくれたあの風の魔法のおかげで、楽勝だったぜ!あの亀、とんでもない高値で売れたんだ。約束通り、奢らせてくれ!」


リーダーは豪快に笑いながら、私たちの前にご馳走を並べた。


「ありがたく頂こう。……それと、お礼のついでに一つ頼みがある」


私が肉の串を手に取りながら切り出すと、リーダーはドンと胸を叩いた。


「なんだ、言ってみな!金か?それとも珍しい素材か?」


「いや、情報だ。僕たちが必要とする『ミスリル』は、あの街のさらに奥、奈落の底にあるらしい。だが、僕たちはダンジョンの素人でね」


私の言葉に、リーダーの表情がスッと真剣なものに変わった。


「……奈落、か。あそこは生半可な覚悟じゃ生きて帰れねぇぞ。だが、恩人の頼みとあっちゃあ出し惜しみはしねぇ。俺たちの知ってる中層までの地図と、厄介な魔物の情報、全部教えてやる」


こうして私たちは、力と魔法だけが支配するこの迷宮都市で、最高ランクの冒険者たちから貴重な情報を手に入れた。


香ばしい肉の匂いと活気に包まれた街の片隅で、いよいよ始まる『奈落』への大冒険に向けて、私たちは確かな一歩を踏み出したのだった。




(続く)

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実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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