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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第1部:王立学院編

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第29話 オペレーション・グラビティ・ウェーブ

翌朝。

第4廃校舎の窓から外を覗くと、校門付近に不自然なほど多くの「カラス」が留まっているのが見えた。

本物の鳥ではない。使い魔か、あるいは監視魔法の一種だろう。


「……教団の監視網も、少しは目が細かくなったらしいな」


私はカーテンを閉め、振り返った。

研究室の中は、引っ越しの準備でひっくり返っていた。貴重な実験器具、精製したシリコンウェハー、そして何より重要な「加速器の設計図」。これらを全て木箱に詰め込む作業だ。


「おいレイ!こっちの魔導コンロの在庫はどうすんだよ!これ売れば旅費の足しになるぞ!」


リックが段ボールを抱えて叫ぶ。


「全部持っていけ。ダンジョンでの野営で、温かい飯が食えるのはアドバンテージだ」


「ちぇっ、金策に使おうと思ったのに……」


慌ただしく動く仲間たちを背に、私は黒板の前に立った。

そこには、昨夜語った「双子の宇宙」の図がまだ残っている。


「みんな、手を止めてくれ。出発前に、最終的な作戦目標を確認する」


私の声に、アリス、ボブ、リックが手を止めて集まる。

私はチョークを手に取り、黒板に大きくタイトルを書き殴った。


『Operation:Gravity Wave(オペレーション:グラビティ ウェーブ)』


「オペレーション……ぐらびてぃ?」


アリスが首を傾げる。


「直訳すれば『重力波通信計画』だ」


私は図解を始めた。

二つの宇宙、地球とこの世界を隔てる、分厚い壁。

それを突き抜ける波の絵だ。


「いいか。僕たちの世界と地球は、ブラックホールを介して繋がっている。だが、その間には『事象の地平線』という絶対的な壁がある。光も、電波も、魔力さえも、この壁を超えることはできない。吸い込まれて消えるだけだ」


「じゃあ、どうやって手紙を送るんだい?」


ボブが眼鏡を直しながら問う。


「唯一、この壁をすり抜けることができる物理現象がある。それが『重力』だ」


私は拳を握りしめた。


「重力とは、時空そのものの歪みだ。アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量の移動は時空を揺らし、波となって光速で伝播する。これなら、次元の壁を無視して地球まで届く」


「つまり……?」


リックが口を開ける。


「つまり、地下の加速器を使って『マイクロブラックホール』を生成し、それを制御して時空を激しく揺さぶる。その波にメッセージを乗せて、地球の観測装置に検知させるんだ」


スケールの大きすぎる話に、3人が呆気にとられる。

だが、すぐにボブが口元を緩めた。


「……なるほど。時空という羊皮紙に、ブラックホールというペンで書くわけか。

詩的だね。そして最高にクレイジーだ」


「ああ。インター・ディメンショナル・コール、わかりやすく言うなら異世界間通信。成功すれば、僕たちは初めてこの偉業を成功させたチームになる」


私はチョークを置いた。


「だが、そのためには加速器を動かす必要がある。現状の『空っぽの箱』では何もできない。必要なのは二つ」


私は地図上の北の山脈を指差した。


「一つ。強力な磁場を作るための超伝導体、『高純度ミスリル』」


「一つ。ブラックホール生成に必要なテラワット級のエネルギー源、『ヴォイド・コア』」


「それを、ダンジョンから奪ってくるんですね!」


アリスが、八木・アンテナ杖をギュッと握りしめて立ち上がった。

その瞳に迷いはない。


「その通りだ。……教団の目が光っている以上、もう王都には戻れないかもしれない。この研究室ともお別れだ」


私は、私たちが過ごした薄暗い教室を見渡した。

ゴミの山から始まり、IHコンロを作り、物理学の実験を繰り返した場所。

ここが、私の第二の青春だった。


「寂しいか?」


ボブが尋ねてくる。


「まさか。物理学者は常に新しいフィールドを求めるものさ」


私は強がりを言って、白衣の裾を翻した。


「荷物はまとまったか?忘れ物はないな?特にリック、お前の『絶縁装備』は命綱だぞ」


「おうよ!予備の食料も、野営セットも完璧だ!ファイン商会の馬車も裏口に回してある!」


「アリス、魔力のコンディションは?」


「ばっちりです!いつでも最大出力で……あ、いえ、インピーダンス整合で半分の出力でいけます!」


「よろしい」


私はラボの扉に手をかけた。

重い木の扉。これを開ければ、もう日常には戻れない。

待ち受けているのは、未知の深淵と、教団との全面戦争だ。


「……行くぞ。授業は終わりだ。ここからは実習の時間だ!」


ギィィィ……


扉が開く。

差し込む夏の陽射しが、私たちの影を長く伸ばした。


チーム・カルツァ。

その最初の遠征が、今、始まろうとしていた。




(続く)

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