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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第1部:王立学院編

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第24話 変数の最適化

地下施設からの帰還から、一週間が経過した。

世間は夏休み真っ只中だが、第4廃校舎の研究室は、地獄の様相を呈していた。


「いいか、ニュートンの運動の第3法則だ。作用・反作用の法則。壁を殴れば、拳も痛い。魔法も同じだ。反動を計算に入れずに高出力魔法を撃てば、自滅するのは自分だぞ」


私が指示棒で黒板を叩くと、チョークの粉が舞う。

黒板には、直列回路や波の干渉図、ベクトル矢印などがびっしりと書き込まれていた。


「うぅ……もう無理だ……脳みそが沸騰する……」


リックが机に突っ伏し、魂の抜けた顔をしている。


「俺は商人だぞ……なんで『波の重ね合わせ』とか『熱伝導率』なんて覚えなきゃならねぇんだ……」


「ダンジョンで死にたくなければ覚えろ。俺の指示は物理用語で飛ぶ。

『30度で入射角を取れ』と言われて、『えっ?』と聞き返している間に、お前はミンチになるぞ」


私は容赦なく手作りの教科書でリックの頭を叩いた。

この数日間、私たちはダンジョン深層に耐えうる基礎能力をつけるため、「物理学講習」を行っていた。


アリスは必死にノートを取り、ボブはむしろ楽しそうに涼しい顔で新しい概念を吸収している。そして私は、講義の合間を縫って、彼らの装備の「魔改造」を進めていた。



「さて、座学はここまでだ。次はハードウェアの更新を行う」


私は実験台の上の布を取り払った。

そこに並んでいるのは、見違えるように生まれ変わった装備たちだ。


「まずはリック。お前の防具だ」


元々は安物の鉄の剣と胸当てだったが、今は表面が「乳白色の光沢」を帯びている。


「なんだこれ?ペンキか?」


「『セラミック・コーティング』だ。いや、正確には『溶射』だな」


私は実験台の脇にある、焦げ付いた「るつぼ」と、空になった魔石の粉末を指差した。


「酸化アルミニウムの粉末を、炎魔法で3000度まで加熱してプラズマ化し、それを超音速で剣の表面に吹き付けて焼き固めたんだ」


私はリックの剣を手に取り、実験用の1万ボルトの電極に押し当てた。

バチッとも言わない。電気は完全に遮断されている。


「要は、剣の表面に『瀬戸物』をコーティングしただけだ。原理は茶碗を焼くのと同じ。ただ、温度と勢いが桁違いだがな」


「せ、瀬戸物……?茶碗……?」


リックがポカンとする。


「ファイン・セラミックスは電気を通さない絶縁体だ。これなら雷撃を受けても感電しないし、熱にも強く、鋼鉄より硬い。ただし、加工に俺の魔力がすっからかんになるほどコストがかかった。大事に使えよ」


「おおっ!マジか!これなら……!」


リックが涙目で装備を抱きしめる。


「これならもう、命を守るためにパンツ一丁にならなくて済むのか!」


「ああ。尊厳は守られた。よかったな」



「次はアリスだ」


「は、はいっ!」


アリスが杖を受け取る。

数日前まではただの木の杖だったが、今はその表面に、銀色の金属線が幾何学模様のように埋め込まれている。さらに先端には、魚の骨のような奇妙な突起物が追加されていた。


「座学で教えた『波の性質』を覚えているか?」


「は、はい。えっと……波は、重ね合わせると強め合ったり、打ち消し合ったりする……ですよね?」


「正解だ。その理論を杖に実装した」


私は杖の先端を指差した。


「これは『八木・宇田アンテナ構造』だ」


「後方の反射器がマナを跳ね返し、前方の導波器が位相を揃える。これにより、全方位に無駄に拡散していた君の魔力波が、前方一点に鋭く収束される」


「やぎ……うだ……?」


「試してみろ。いつもの『ウインド・カッター』だ。出力は……そうだな、今回もいつもの半分でいい」


アリスは頷き、講習で学んだ「インピーダンス整合」を意識しながら、空気と仲良くする感覚で杖を構えた。ふわり、と力を抜いてマナを流す。


「……ウインド・カッター!」


ヒュンッ!!


瞬間。

放たれたのは、いつもの「そよ風の刃」ではなかった。

圧縮された空気の塊が、不可視の弾丸、ビームとなって射出されたのだ。


パァン!!


乾いた破裂音と共に、的の板が真ん中から綺麗に打ち抜かれ、背後の壁に深い亀裂を刻んだ。


「ひゃうっ!?な、なんですかこれぇ!?」


アリスが腰を抜かす。


「魔力は半分しか込めてないのに……!」


「拡散していたエネルギーを、アンテナ効果で一方向に収束させたからだ。エネルギー密度は以前の数倍。これで君は、遠距離狙撃手としても機能する」



「そして最後、ボブ」


「やれやれ。僕も改造されるのかい?」


ボブが肩をすくめる。彼は武闘派ではないため、武器はない。


「君はハードウェアじゃない。思考プロセス、アルゴリズムのアップデートだ」


私は黒板に、サイコロとグラフを描いた。


「この数日の講義で、君には『確率・統計』を重点的に教えたな」


「ああ。興味深い分野だったよ。世界を『確実な数値』ではなく『曖昧な分布』で捉えるなんてね」


「その応用だ。君の『多世界解釈』は完璧すぎる。数秒先の全ての可能性を計算しようとするから、脳が処理落ちするんだ」


「……否定はしないね。未来の分岐は指数関数的に増えるから」


「だから、サボることを覚えろ。『モンテカルロ法』だ」


「もんてかるろ?」


「全ての未来を見るな。ランダムに数千通りだけ抽出して、その平均値をとれ。『大数の法則』により、その近似値は、全計算した結果とほぼ一致する」


私はボブの肩を叩いた。


「100点を目指してフリーズするより、99点の回答を0.1秒で出せ。戦場で必要なのは精度より速度だ」


ボブは眼鏡を押し上げ、数秒沈黙した。脳内でシミュレーションを行っているのだろう。やがて、彼はニヤリと笑った。


「……なるほど。乱数による近似解か。美しいね。計算リソースが劇的に軽くなったよ」



一週間の特訓を経て。

絶縁装備のリック。

指向性アンテナ杖のアリス。

高速近似演算のボブ。


そして、全体指揮を執る私。


「準備は整った」


私は白衣を翻し、窓の外に広がる夏の空を見上げた。

蝉の声が響いている。絶好の冒険日和だ。


「行くぞ、チーム・カルツァ。物理学の力で、ダンジョンのルールを書き換えにな」




(続く)

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実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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