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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第1部:王立学院編

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第21話 地下のオーパーツ

「……さっむぅぅぅ!!」


開かれた第二の扉の向こうから吹き付けたのは、剃刀のような冷気だった。

数百年間、密閉され、冷却され続けていた空気の塊。

それが、パンツ一丁のリックを直撃した。


「おい!死ぬ!今度こそ死ぬぞ!雷の次は氷漬けかよ!」


リックが自身の腕を抱き、ガチガチと歯を鳴らしてその場に蹲る。

無理もない。地下深部の気温はただでさえ低い。加えて、ここから漏れ出る冷気は氷点下に近い。

彼がまとっているのは薄い布切れ一枚だけだ。熱力学的に見て、数分で低体温症に陥る。


「やれやれ。スポンサーを凍死させるわけにはいかないな」


私はアリスに指示を出した。


「アリス、リックの周囲に『断熱結界』を展開しろ。内部の熱を逃がさず、外部の冷気を遮断する魔法瓶構造だ」


「は、はいっ!……保温結界、展開!」


アリスが杖を振ると、震えるリックの周囲の空気が揺らぎ、薄い空気の膜が形成された。自身の体温が逃げ場を失い、結界内部の温度が徐々に上がっていく。


「ふぅ……やっと生きた心地がするぜ……」


リックが安堵のため息をつく。

見た目は依然としてパンツ一丁の変質者だが、これで生命維持は確保された。


「行くぞ。数百年ぶりの来客だ」


私はカンテラを掲げ、冷気漂う巨大空間へと足を踏み入れた。



そこは、広大なドームだった。

学院の地下に、これほどの空洞があるとは誰も思うまい。

床は継ぎ目のない金属タイルで舗装され、天井からは無数のパイプとケーブルが、まるで巨人の血管のように垂れ下がっている。


だが、真に圧倒的なのは、その中央に鎮座する「モノ」だった。


「アリス、照明弾だ。最大光量で天井へ撃て」


「はいっ!……ライトニング・スフィア!」


アリスが光の球を放つ。

魔法の太陽がドームの天井で弾け、その全貌を照らし出した。


「な……なんだ、これ……?」


リックが口を開けて見上げる。

ボブも眼鏡のない目を細め、息を呑んだ。


そこに在ったのは、直径30メートルはある巨大な「銀色の円環」だった。

金属とも石ともつかない、鈍い光沢を放つチューブ。それが部屋の中央を一周し、その周囲には無数の計測機器や制御盤らしき箱が墓標のように並んでいる。


「……噂には聞いていたけど、実在したのか」


ボブが、記憶を探るように呟いた。


「生徒会の古い資料に、教会の禁忌として記されていたんだ。『地下には神の姿を映す聖なる鏡が封印されている』ってね。……これが、その鏡なのかい?」


「鏡?笑わせるな」


私はその冷たい金属の表面に歩み寄り、愛おしげに撫でた。

表面温度は氷点下。冷却システムがまだ生きている証拠だ。


「これは鏡じゃない。顕微鏡だ」


「けんびきょう……?」


「ああ。神の姿を見るための、人類史上最大の顕微鏡。……『粒子加速器』だ」


私の心臓が高鳴る。

ここにある。

私が一から作るはずだった最強の実験装置が、すでに完成品として眠っていたのだ。

これがあれば、イチから設計図を引く必要はない。この筐体を使えば、すぐにでも実験が……。


「……レイ君、ちょっと待ってくれ」


ボブが、制御盤の一つを開けながら声をかけた。


「君がこれを『神の機械』と呼ぶのは勝手だが……この機械、中身が空っぽだよ」


「……何?」


私は振り返り、加速器の点検ハッチに手をかけた。

重いカバーを外す。

そこには、粒子を曲げるための強力な電磁石が収まっているはずだった。


だが。


「…………ない」


空洞だった。

あるはずのコイルがない。

本来なら、銀色のミスリルが超伝導線として何千回も巻かれているはずのスペースが、無残にも空っぽになっている。

切断されたケーブルの断面が、暴力的に引きちぎられた痕跡を晒していた。


「ここもだ!」


リックが、リングの中心部にある台座を指差す。


「ここになんかデカイのがハマってた跡があるぞ!でも、何もねぇ!」


私は台座に駆け寄った。

そこは加速器の心臓部──莫大な電力を供給するための「動力炉」が設置されていた場所だ。

だが、そこにあるのは黒ずんだソケットだけ。


「……持ち去られたのか」


私は膝をついた。

この施設は、生きているのではない。

「死に体」だったのだ。


外側のフレームと、冷却システム、そして残留電荷だけを残して、最も価値のある「筋肉ミスリルコイル」と「心臓(動力源)」だけが、何者かによって外科手術のように摘出されている。


「誰が……いや、考えるまでもないか」


ここを「禁忌」として封印したのは誰だ?

科学を否定し、魔法を神の奇跡と定義する組織。

エーテル教団だ。


彼らは理解していたのだ。この機械の脅威を。

だからこそ、心臓部だけをえぐり取り、決して動かない「抜け殻」にして封印した。


「……クソッ!」


私は空っぽの筐体を殴りつけた。

鈍い音が響く。


「どうするんだよ、レイ。ガワしかねぇぞ?」


リックが不安そうに尋ねる。


「これじゃあ、ただのデカイ鉄クズだ。俺たちのIHコンロの売上じゃ、ここを埋めるミスリルなんて買えねぇぞ」


「ああ、そうだな」


私は立ち上がった。

絶望している暇はない。

状況は整理された。


市場に出回るミスリルには限界がある。

ここにも答えはなかった。


「……リック、アリス、ボブ。予定変更だ」


私は空っぽの加速器に背を向け、仲間たちを見た。


「金で買えないなら、掘りに行くしかない。

市場にないなら、奪いに行くしかない」


「は?どこへだよ?」


私は指差した。天井ではなく、もっと北の方角を。


「ダンジョンだ。あそこなら、ミスリルの原石も、心臓代わりの魔石も転がっているはずだ」


「マジかよ……結局、体張るのかよ!?」


リックが頭を抱える。


だが、私の目は笑っていた。

空っぽの箱があるなら、中身を詰めればいい。

先駆者が諦めた夢を、私が継いで完成させる。

それは、物理学者として最高に燃える展開じゃないか。


「準備しろ。夏休みは返上だ。

チーム・カルツァ、初の遠征合宿を行う!」




(続く)

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