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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第1部:王立学院編

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第16話 極端紫外線の儀式(と、レイ様親衛隊)

「……汚い。あまりにも汚い」


翌朝。ラボの扉を開けた私は、絶望的な声を上げた。

昨日のアリスのランダムウォーク、もとい暴走により、床には埃が舞い、空気中には無数の微粒子が浮遊している。

人間には綺麗な部屋に見えるかもしれない。だが、ナノメートルを扱う半導体製造において、これはゴミ捨て場と同じだ。


「え、掃除しましたよ?」


アリスがきょとんとしている。


「目に見えないゴミが問題なんだ。直径0.5ミクロンの粒子一つで、僕がこれから作る回路は全滅する」


私は白衣を脱ぎ捨て、全員に「クリーンスーツ(と称した全身を覆う白ローブ)」を着用させた。


「いいかい。これよりこの部屋は『クラス1・クリーンルーム』となる。アリス、部屋の気圧を上げろ。外気が絶対に入らないよう、常に風を外へ吹き出し続けるんだ」


「は、はいっ!陽圧結界、展開!」


「ボブ、静電気を除去しろ。埃がウェハーに吸着するのを防ぐ」


「了解。電位差をゼロに固定するよ」


徹底的な環境構築。

その中央に、私はシリコンウェハーをセットした。

表面には、錬金術で精製した「感光性樹脂」が塗られている。


「さあ、儀式の始まりだ」


私は実験台の上に、複雑な幾何学模様を描いたガラス板を設置した。

この微細なパターンを、光でシリコンに焼き付ける。

だが、普通の光では波長が長すぎて、ナノレベルの影絵は作れない。


「必要なのは、極限まで波長の短い光……『極端紫外線(EUV)』だ」


私は両手にマナを集中させた。

狙うのは、波長13.5ナノメートル。可視光線よりも遥かにエネルギーが高く、空気すら吸収してしまうほどの「見えない光」。


「全員、絶対に光を見るな!網膜が焼けるぞ!」


私はゴーグルを装着し、詠唱という名の物理定義を開始した。


「励起状態、プラズマ生成。スズ液滴へのパルス照射……!」


カッッッ……!!


私の手元から、強烈な紫色の閃光がほとばしった。

実際にはEUVは目に見えないが、副次的に発生したプラズマ光が、ラボの窓から外へと漏れ出した。


「開口数(NA)0.33……レイリーの限界式を突破……重力レンズ、縮小投影!」


私は上空の空気密度をナノ単位で歪め、光の経路を絞り込む。

神の筆先のような極細の光が、ウェハーの上に回路図を刻み込んでいく。



その頃。廃校舎の外では、異変が起きていた。


「おい見ろ!あの『変人ラボ』から、とんでもない光が出てるぞ!」


休み時間の生徒たちが、窓から漏れ出す禍々しくも神々しい「紫の光」に釘付けになていた。

さらに、中からはレイの詠唱(物理用語)が朗々と響いてくる。


『……事象の地平線……特異点……干渉縞の収束……!』


生徒の一人が、震える声で呟いた。


「き、聞こえたか?『イベント・ホライゾン』……確か、古代語で『神の領域』って意味だろ?」


「すげぇ……カルツァの奴、地下で魔神と交信してやがるのか?」


「あの光、直視すると目が潰れるらしいぞ。禁断の秘術だ!」


噂は尾ひれをつけ、瞬く間に膨れ上がった。

入学試験の見えない熱線の魔法、そして先日のガスト教官撃破。

それらの実績が、この怪しい儀式と結びつき、生徒たちの中でレイは「変人」から「深淵を覗く者」へと昇格してしまったのだ。


「レイ様……素敵……!」


「あの方こそ、魔法の真理に到達した賢者だわ!」


野次馬の中にいた数人の女子生徒が、うっとりと手を組んで祈り始めた。

それに釣られて、男子生徒たちも興奮気味に拳を握る。


その熱狂を、商人の目ざとい息子が見逃すはずがなかった。


「おーい!そここの君たち!レイ様の『儀式』をもっと近くで見たくないか?」


リックが白衣姿で、校舎の入り口に立っていた。手には即席の木箱がある。


「これより先は危険区域だが、特別に『親衛隊』に入隊すれば、最前列での見学を許可しよう。入会金はたったの500プランク。さらに今なら、レイ様が計算に使った『聖なるメモ切れ端』のお守り付きだ!」


「入ります!」

「俺もだ!」

「私、全財産出します!」


プランク貨が雨のように投げ込まれる。

リックは満面の笑みで会員証(ただの紙切れ)を発行し始めた。



「……露光、完了」


数時間後。

私は虹色に輝くウェハーを、慎重に「真空保管ケース」に格納し、密閉した。

これで空気中の塵からは守られる。


私は大きく息を吐き、除染室を経由して、更衣室(準クリーンエリア)へと移動した。

ガラス越しに見える廊下が、やけに騒がしい。


「……なんだ?」


私が分厚いガラス窓から廊下を覗くと、そこには信じられない光景が広がっていた。

数百人の生徒たちが整列し、このラボに向かって敬礼しているのだ。

最前列には「レイ様親衛隊・隊長」と書かれたタスキをかけた女子生徒がいる。


「総員、敬礼ッ!レイ様に栄光あれ!」


『栄光あれぇぇぇッ!!』


分厚い防音ガラスを突き抜けて、熱狂的な叫びが聞こえてくる。


「……は?」


私が思考停止していると、更衣室のインターホンが鳴った。

モニターに、満面の笑みのリックが映る。


『よぉ教祖様。お疲れのところ悪いが、窓から手くらい振ってやれよ。お前が紫外線をビカビカさせてる間に、活動資金が倍になったぜ』


「リック、貴様……何を吹き込んだ?それに、そいつらをラボに近づけるな!呼吸に含まれる水蒸気と皮脂汚れで、歩留まりが下がるだろうが!」


私はインターホンのマイクに向かって怒鳴りつけた。

だが、リックはどこ吹く風だ。


『何も?ただ「真理を探究する集い」を作っただけさ。……安心しろ、ここから先は「聖域」だ。一歩たりとも近づけさせねぇよ』


窓の外を見ると、リックが作成した結界の向こうで、生徒たちが涙を流して私を拝んでいる。


私は頭を抱えた。

物理学を広めるつもりはあったが、カルト宗教を興すつもりはなかった。

だが、手元の保管ケースを見つめ直す。


「……まあいい。資金が増えるなら文句はない」


こうして、私の知らぬ間に「レイ様親衛隊」が結成された。

彼らは後に、私が加速器を作る際の「労働力(ただしクリーンルーム外に限る)」として大いに役に立つことになるのだが、それはまだ先の話だ。


私はブラインドを乱暴に下ろし、再びクリーンルームの奥へと戻った。

外の熱狂など知ったことか。

ここには私と、静寂なるシリコン原子だけがいればいい。




(続く)

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実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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