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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第1部:王立学院編

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第13話 シリコンバレーの夜明け

魔導IHコンロの発売から一ヶ月。

リックの実家であるファイン商会は、嬉しい悲鳴を上げていた。


「笑いが止まらねぇ!王都だけじゃない、隣国の貴族からも注文が殺到してるぞ!見ろよこの売上!プランク貨の山で溺れそうだ!」


ラボの机の上に、文字通り「山」となった金貨と手形が積み上げられている。

IHコンロという「安全・清潔・高効率」な熱源は、産業革命級のイノベーションを巻き起こしていた。


「これで一生遊んで暮らせるぜ……。なぁレイ、もう研究なんてやめて、南の島でハーレムでも作ろうぜ?」


「断る。金は手段であって目的じゃない」


私は金貨の山を冷ややかな目で見つめ、そこから数枚を抜き取ると、ボブに渡した。


「ボブ、この金で『砂』を買ってきてくれ」


「砂?」


「ああ。できるだけ白くて綺麗な、珪石けいせきの砂だ」



数日後。ラボには大量の「砂」が搬入されていた。

リックとアリスが、ポカンとして私を見ている。


「レイ……お前、金持ちすぎて頭がおかしくなったのか?」


「違う。これは『半導体』の原料だ」


私は砂を手に取り、サラサラと指の隙間から落とした。

この中に含まれるシリコン(ケイ素)こそが、私が目指す「電子の頭脳」の素材となる。


「いいかい。全員、この濡れた布を口と鼻に負け。珪石の微粉末を吸い込むと、肺が繊維化して死ぬぞ」


私が厳重なマスクを装着すると、三人も慌ててそれに従った。

準備は整った。


「ボブ、解析を。この砂の中から、ケイ素原子の配列パターンを読み取れるか?」


「……数は膨大だよ。ざっと計算しても、この一山だけで10の24乗個はある。一つずつ選別していたら、終わるのに数千万年かかるよ」


「その通りだ。アボガドロ定数の壁は厚い。だから、手作業ではやらない」


私は両手を砂にかざした。

イメージするのは、熱力学の思考実験「マクスウェルの悪魔」。

だが、ただの扉番ではない。「自己増殖する悪魔」だ。


「アリス、換気だ!窓を全開にして、風を送り続けろ!これから大量の酸素ガスが発生する。ラボの酸素濃度が上がると、ちょっとした火花で大爆発するぞ!」


「は、はいっ!風魔法、最大出力!」


私は原子レベルの術式を構築した。

最初の一個のケイ素原子を選別し、ケイ素と酸素の強力な結合を断ち切る。

そして、その「選別された原子」が、隣り合う原子に同じ選別命令を伝播させる。


(再帰的アルゴリズム起動。フラクタル展開。n=n*2)


1個が2個に。2個が4個に。4個が8個に。

指数関数的な加速。

術式はウイルスのように砂山全体へ感染し、瞬く間に不純物を吐き出していく。


「ぐっ……情報量が……!」


脳が軋む。

単に分けるだけではない。取り出したケイ素原子を、規則正しい格子状に並べ直す「単結晶化」も同時に行わせているからだ。

乱雑な多結晶では使い物にならない。原子の整列こそが半導体の命。


「……さ、寒い……っ!」


リックがガチガチと歯を鳴らした。


無理もない。ラボの気温が急激に下がっているのだ。

ケイ素と酸素の結合解離エネルギーは約800kJ/mol。これを無理やり引き剥がすこの工程は、周囲の環境から猛烈な熱エネルギーを奪う。


私の脳と体は情報処理の負荷でオーバーヒートして沸騰しそうなのに、吐く息は白く、手元の砂山には霜が降り始めている。

熱と冷気が同居する、矛盾した地獄。


「レイ、鼻血が出てるぞ!それに眉毛が凍ってる!」


「静かに……今、純度99.9%……まだだ、結晶欠陥を修正……イレブン・ナインまで高める……!」


砂山が、目に見える速度で銀黒色の塊へと変質していく。

その周囲から、分離された酸素ガスがシュウシュウと音を立てて噴き出し、アリスが必死に暴風で外へ逃がしている。


数百億回の条件分岐。吸熱による絶対零度への接近。

これは肉体労働ではない。命を削る、極限のエンジニアリングだ。


「……できた。……高純度……単結晶……インゴット……」


プツン。

頭の中でヒューズが飛ぶ音がした。


「レイッ!?」


視界が暗転する。

倒れ込む私の体を、アリスの温かい感触が受け止めたのを感じながら、私は意識を手放した。



「……過労ですね。というか、脳のシナプスが焼き切れる寸前です」


保健室のベッドで目を覚ますと、ボブが呆れた顔で診断を下していた。

枕元には、心配そうなアリスと、私の手からこぼれ落ちた「銀色の円柱」を物珍しそうに眺めるリックがいた。


「お前なぁ……たかが石ころ作るのに、命削りすぎだろ」


「……はは、アボガドロ数に喧嘩を売るもんじゃないな……」


私は乾いた笑いを漏らした。

だが、第一歩だ。

この銀色の塊を薄くスライスすれば、「ウェハー」になる。

そこに、かつて地球の半導体の歴史が示した通り、次は光を使った「リソグラフィ」を行うのだ。


シリコンバレーの夜明けは、私の鼻血と凍傷と共に訪れたのだった。




(続く)

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実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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