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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第1部:王立学院編

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第10話 決闘!熱力学 vs 精神論

「レイ・カルツァ。貴様の行いは、魔法という聖域への冒涜だ」


翌日。私は放課後の演習場に呼び出されていた。


目の前に立つのは、学院の筆頭魔導教官、ガスト。

燃え盛るような紅髪を逆立て、威圧的な魔力が大気を震わせている。その後ろには、退学届を手にした教務課の職員と、野次馬の生徒たちが群がっていた。


「……冒涜?心外だな。僕はただ、物理現象を最適化しているだけだ」


「抜かせ!共振で校舎を揺らし、スライムの核を撫でて抜く……そんなものは魔道ではない。卑怯な小細工だ!」


ガストが杖を突きつけた。先から、凄まじい熱波が放射される。


「魔法とは『意志』の力だ。燃え上がる情熱こそが火を熾し、不屈の精神こそが嵐を呼ぶ。貴様の冷めた理屈など、私の『熱』で焼き尽くしてやろう。……決闘だ。貴様が負ければ、即刻退学。研究室も解散だ」


リックが顔を青くして私の袖を引く。


「おい、レイ、やめとけ!ガストの旦那は王宮魔導士の予備軍だぞ。魔力量が桁違いだ!」


私はリックを制し、一歩前に出た。


「いいだろう。ただし、僕が勝てば、僕の研究を『公認』し、必要な資材の予算を認めさせる」


「フン……死ななければな。……焼き尽くせ!大紅蓮爆炎インフェルノ・フレア


ガストが吠えた。

瞬間、演習場の空気が膨張し、太陽が地上に降りたかのような巨大な火球が形成される。

名前は似ているが、家庭教師だったガストン先生とは比較にならない出力。純粋な魔力量による、力押しの熱エネルギーだ。


(ほう。推定温度1500度。だが、規模が大きすぎてエネルギー密度が分散しているな)


私はボブに視線を送った。


「ボブ、熱量収支の予測を」


「完了。1400万通りの未来を検索したが、結果はすべて同じだ。出力が過剰すぎて、僕たちの計算尺じゃ測定すらできない。……あはは、笑えるほど非効率だよ」


「十分だ。アリス、『外部干渉』を遮断しろ。この空間の波動関数を僕の演算に固定するんだ」


「は、はいぃっ!隔離領域、展開しますっ!」


火球が放たれた。地表を焼き、空気を歪めながら迫り来る焔の波。

私は杖すら持たず、ただ右手を突き出した。


「無駄だ!貴様の小癪な障壁ごと、消し炭になれ!」


ガストの怒号。しかし、私は笑った。


「教官。エネルギーは、決して消えない。だが──『偏る』ことはできる」


(熱力学第二法則。エントロピー増大の法則。……だが、局所的にそれを逆行させる)


私は火球の通り道にある「金色の糸」を捕捉。

空気を重力場に閉じ込め、一気に「断熱膨張」させた。

体積を瞬時に数千倍に膨らませ、ジュール=トムソン効果による急激な温度降下を発生させる。


シュウゥゥゥゥッ!!


迫り来る紅蓮の炎が、私の数メートル手前で、まるで目に見えない壁に衝突したかのように勢いを失った。

いや、勢いを失ったのではない。「熱」を奪われたのだ。


「なっ……!?私の炎が、消えるだと!?」


「いいえ。気体の膨張仕事にエネルギーを奪われ、統計学的な運動エネルギーが低下しただけだ。要するに──ただのぬるま湯ですよ」


だが、ここからが「筆頭教官」の意地だった。

ガストは怯むどころか、瞳に血走った血管を浮かび上がらせ、杖をへし折れんばかりに握りしめた。


「理屈など……知るかぁぁぁッ!!」


ゴオオオオオッ!!


消えかけた炎が、再び鎌首をもたげた。

ガストの全身から、オーラのような魔力が噴出する。

彼は物理法則による冷却を、自らの魂を削るような魔力供給量でねじ伏せようとしていた。


「冷えるなら、燃やせばいい!消えるなら、足せばいい!これが魔法だ!私の情熱は、貴様の計算式ごときでは止まらん!!」


「……ほう」


私は少しだけ感心した。

非効率だ。あまりに非効率だが、その出力は私の想定を超えている。彼は今、エントロピーの増大を、根性という名のエネルギー注入で無理やり逆流させているのだ。


「いいでしょう。その熱量、敬意を表します」


私は眼鏡の位置を直し、冷徹に告げた。


「ですが、それは悪手だ。貴方は今、この閉じた系の中でエネルギーを増やしすぎた」


私はガストが放つ魔力供給路を逆手に取る。


「君の魔法は『意志』で維持されている。なら、その意志をかき乱せばいい」


(ボブ、座標指定。負のエントロピーを注入しろ)


「了解。……すごい熱量だ。これ、下手すると爆発するよ?」


「構わない。逃げ場を塞げ」


ボブの並列演算により、ガストが一点に集中させていた熱のベクトルが、四方八方へとバラバラに引き裂かれた。

さらに、私はガストの周囲の空間を、多重の重力場ですっぽりと包み込んだ。


「ぐ、おおおおお!?も、燃える……!?」


ガストの表情が苦悶に歪む。

彼が吐き出した莫大な熱エネルギーが、外へ逃げることを許されず、すべて術者である彼自身へと跳ね返り始めたのだ。


「貴方は熱を出しすぎた。そして私は、その熱の逃げ場を塞いだ」


「ば、馬鹿な!私の炎が……私の意志に従わないだと!?私は筆頭教官だぞ!この私が……たかが数字遊びにぃぃぃぃッ!」


ガストは叫びながら、さらに魔力を注ぎ込む。だが、注げば注ぐほど、その熱は彼自身を焼く業火となる。

プライドが高いゆえに、彼は魔法を止めることができない。止めれば負けを認めることになるからだ。


「どんなに熱を注ぎ込んでも、熱源と外界が熱平衡に達すれば、魔法は成立しない。……自滅ですよ」


ボシュゥゥゥン……!


限界を超えた熱気の中で、ついにガストの意識が途切れた。

術者の気絶に伴い、制御を失った爆炎が情けない音を立てて霧散する。


後に残ったのは、自身の熱で全身を蒸し焼きにされ、茹でダコのように赤く腫れあがって倒れ伏す筆頭教官の姿だった。


演習場が静まり返る。

精神論の怪物が、物理法則という冷たい檻の中で燃え尽きた瞬間だった。


「……Q.E.D.」


私は煤けた白衣を叩き、呆然としている教務職員に歩み寄った。


「決闘は僕の勝ちだ。退学届はシュレッダーに。そして、約束の公認予算を全額承認してもらう」


「あ、ああ……承知した……」


私は、倒れたガストを見下ろし、静かに告げた。


「素晴らしい出力でした、教官。情熱で火は熾せますが、その火を制御するのは、情熱ではなく数式です。……次は熱力学の講義でお会いしましょう」


こうして、私たちは学院の正式な公認組織として認められた。

名実ともに、私たちの「研究室」が誕生したのだ。



だが、その日の夜。

手に入れたばかりの「第4廃校舎」の扉を開けた私たちは、言葉を失った。


「……汚ねぇ」


リックが呻く。

そこは研究室というより、ただの巨大なゴミ捨て場だった。


予算は承認されたが、入金は来月。

私たちは「ゼロ」から、いや「マイナス(掃除)」から、物理学の城を築かねばならない現実を突きつけられたのだった。




(続く)

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実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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