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熊殺しの子爵令嬢は、公爵閣下に溺愛される

作者: bob

呼び出しを受け、訓練場から家へと急ぎ向かった。


「おお!来たか愛しい我が孫、ルー!」


そう言い、ハルヴァン子爵家の前当主である私の祖父は力いっぱい私を抱きしめた。

とてつもなく嫌な予感がする…。


見慣れた我が家の応接間を見渡すと、顔色の悪い父と母、愉快そうに笑う兄がいた。


「どうされましたか?」


私の問いに、祖父は私を開放しニカリと笑う。


「お前の婚約が決まった!」


「こ、婚約!?私にですか!?

…私のことをちゃんとご存知ですよね…?」


すると兄はお腹を抱えて笑い出した。


「ルーが男より強いってことか?

それとも熊殺しの異名のことか?」


恥ずかしくなり、他人事のように笑う兄を睨みつける。


「茶色い髪に小柄な身長。

お前はどう見たって雀にしか見えない。

そんな奴が熊なんか殺せるかって」


私をフォローしようと言い募る兄だが、途中から楽しくなってるのが丸わかりである。


「ワシの愛しい孫を預けるに足る男がこの国に少なくてな…。

ギリ合格じゃったもんでOKしちゃった」


祖父が舌を出しお茶目に言い切っているが、御年72歳。

退役しているが、今もなお筋骨隆々で過去将軍として戦場に立っていた。

そんな祖父が”ギリ合格”を出す人物…。


「…お相手の方はどなたなのですか?」


私の問いに父と母は更に顔を青ざめ俯く。

そんな両親と対照的に兄は声を上げて笑い出した。


「ヴァレンタイン公爵家の小公爵。フェリクス様だってよ」


私の声なき悲鳴が領地内に響き渡った――










それが一ヵ月ほど前の話。

あの後、祖父から経緯を聞こうと胸倉を掴んだはいいが、私の力が強くなったことに感動するだけの祖父に言葉が通じなかった。


私は今馬車に揺られヴァレンタイン公爵家に向かっている。

唯一持っていたデビュタント用の白いドレスを急ぎリメイクし、手には黒いレースの手袋をした。


気持ちは出荷される子牛さながらだ。


げっそりした顔で当時の記憶を辿ると、馬車が止まる。

ヴァレンタイン公爵家に到着したようだ。


御者の手を借り馬車から降りた私が目にしたものは、すさまじかった。

広い庭園、その全てに手が行き届いており。

富の象徴と呼べる噴水が正面で優雅に水を操っていた。


奥にそびえる邸宅も我が家の五倍はあろうかと思う立派さに、改めて婚約の是非が問われる状況だ。


私が何も言えず、公爵邸に圧倒されていると執事に声をかけられた。


「ルーシェ様、ヴァレンタイン公爵邸へおいで下さり、ありがとうございます。

私は執事を務めておりますセバスチャンと申します」


老齢のセバスチャンが腰を折り、丁寧に挨拶してくれた。


「ご丁寧にありがとうございます。

改めまして、私はハルヴァン子爵家のルーシェと申します」


私の自己紹介にセバスチャンは笑顔で頷き小公爵様の元へ案内してくれた。

静かな温室、彩豊かな草花に囲まれ小公爵フェリクスは座っていた。


柔らかなミルクティーブラウンに、春の野原のような優し気な緑の瞳。

温室に暖かく降り注ぐ陽光に照らされ神秘的な雰囲気を纏う少年。

容姿で男性を見ない私にも理解できるほどの美丈夫に視線が動かせない。


入口で固まっている私に気付いたフェリクスは静かに立ち上がり、私に向かってきた。

そして笑顔で私に声をかけてくれた。


「初めましてヴァレンタイン公爵家のフェリクスと言います。

私のことはフェリクスとお呼びください。

ルーシェ様、これからよろしくお願いいたします」


「ご、ご丁寧にありがとうございます。

フェリクス様、私のことは”様”は不要です。

と呼んでください…」


子爵家は低い家格な上、我がハルヴァン子爵家は領地も狭く貴族よりは平民に感覚が近い。

そんな私にも丁寧に接してくれるフェリクスの態度に、ヴァレンタイン公爵家に好感が持てた。


フェリクスのエスコートで椅子に座り、フェリクスは対面に座る。

一つの動作を見ても洗練されている仕草に、なぜか顔が赤くなる。


「ハルヴァン子爵家といえば…。

“熊殺しのルー”をご存じでしょうか?


フェリクスの話題に体がビクっと跳ねた。


「わ、私の領地で有名な方ですね」


「お会いしたことがあるのですか?」


「ええ。普通の女の子ですよ」


私の答えにフェリクスは目を輝かせ、興奮したように私の右手を両手で包んだ。


組み手以外で初めて握られる手の感触に、山を駆け回るよりも心臓が暴れるのを感じ思考が停止する。


今までの修羅場を振り返っても、今日ほど私の心臓が“死”を覚悟したことはないのではないか?


明後日の方向に思考が飛ぶ私に、フェリクスは質問を浴びせた。


「どんな方ですか?武器は何を使用されるのでしょうか?」


そんなフェリクスは私の右手を握りしめ、何かに気付いたように動きを止めた。

静かだった表情は次第に喜びの色へと染まる。


「ルーシェ、もしかして貴女は…」


そのタイミングで温室の扉が開いた。

フェリクスと同時に目をやると、金髪に青い目が人形のような。

とても綺麗な令嬢が立っていた。


「イオーネ…」


フェリクスは静かに手から私を放し、令嬢の名前を呼んだ。


イオーネ様、確かフィレスト伯爵家のご令嬢の名だ。


「フェリクス様。

あまりにも寂しいではありませんか。

幼馴染の私にも婚約者様を紹介してくださいまし」


イオーネは綺麗な表情を悲しみに染め、俯きがちにフェリクスを伺い見ていた。

フェリクスはため息を吐き私へ向き直った。


「ルーシェ、フィレスト伯爵家のイオーネ嬢です」


イオーネを紹介するフェリクスの表情は、会った時の静かな湖畔のような表情だった。


「フェリクス様!

本当のことを言ってくださいまし、私は幼馴染だと!

もう、昔から面倒だと大切な説明を省く癖、直りませんね」


イオーネはフェリクスに紹介され、嬉しそうに温室に入ってきた。

椅子は二脚しかなかったのに、すかさず公爵家の侍女が一脚運び入れ三人掛けにする。

その椅子に座り、侍女から給仕されるイオーネ。


人好きのする笑顔で話題を振ってくれるイオーネに、親しみが湧くと同時に違和感を覚える。


その後、違和感の正体を突き止めることもなく、楽しくお茶会を過ごした。


気のせいかとその場を楽しむも、帰り際。


「私は、フェリクスと少しお話があるので残りますね」


そう言うイオーネの見送りを受け帰りの馬車に乗り込んだ。


これって婚約者同士の初めてのお茶会なのよね…?


疑問は湧くが、幼馴染がいない私にはイオーネが異常なのかわならない。

フェリクスは否定するも肯定するもなく、終始何かを確かめているようだった。









その後も毎回イオーネが来た。


我が家に乱入された時は、家格が伯爵家のイオーネに逆らえる訳もなく、当たり前のように席を設けるしかなかった。


「フェリクス様は剣の修練を行っているのですか?

ロングソードをお使いに?

癖がない分、実力が出るので深いですよね」


「そうなんだよ。

ルーシェは詳しいね、先生も同じことを言ってたよ」


「先生と言えば、フェリクス。

修練後は今もレモンティーを飲んでいるの?

子どもの時から、修練後の楽しみにしているものね」


剣術について私とフェリクスが話していると、横からイオーネが入ってきてフェリクスの幼少期の話題にすり替わる。


「子爵家では牧羊犬を育てているのですが、

とてもやんちゃで、可愛いんですよ」


「犬はかわいいですよね。

僕も猟犬を育てているのですが、子犬から世話をしているので家族同然です」


「まぁ。ティルのことかしら?

フェリクス様と一緒に迷子のティルを探し回ったのを今でも思い出しますわ!

その時のフェリクス様は…」


このような感じで、どうも婚約者と幼馴染の関係というのにも違和感がある。





「おう!どうだ妹よ!

フェリクス様とは上手くやれてるか?」


家に帰り、ストレス解消のため修練場へ顔を出した私を見つけた兄。


「うーん…」


私は模擬剣を手に取り、素振りをする。


「おん?なんかあったのか?」


「私とフェリクス様の間には特に何もないんだけど…。

イオーネ様が婚約者同士のお茶会の度に入ってくるの」


「イオーネ?ああ、伯爵家の?なんで?」


「幼馴染なんだって」


兄と会話をしながら、先日両親に新調してもらった丸太のカカシに打ち込む。

ストレスの捌け口にしてしまっているせいで、近々新調してもらわないと、ダメそうだ。


「幼馴染ねぇ…」


兄の呟きは丸太に打ち込む音で消えていった。









そんなある日、いつものように私とフェリクスは公爵邸でお茶会をしていた。

しかしいつもと違うこともある。

イオーネが乱入してこないのだ。


「フェリクス様、お化粧を直して来ますね」


断りを入れ、お手洗いへと向かう。

何度もお茶会をしているおかげか、邸宅内の私が行ける範囲は覚えてしまった。


お手洗いへ続く道の角を曲がろうとした時だった。


曲がった先にイオーネがいる。

そして、一緒にいるのは侍女長だった。


「公爵家の侍女長ともあろう人間が、こんなこともできないの?」


「……しかし」


「私が公爵夫人になったら、待遇を考えてあげるわ。

だからね、ほら?」


「……」


「大丈夫よ。

これを飲んでも死なないわ。

少し眠くなるだけ、だから、ね?」


「…わかりました」


ここからでは、イオーネと侍女長の会話しか聞こえないが…。

来た道を戻り、どうするべきか道中思案する。


「どうしたの?」


「わぁ!」


驚きしゃがみ込んだ私の見上げた先に、同じく驚いたフェリクスがいた。

フェリクスは心配そうに私を見ている。

話そうかと思ったが、イオーネはフェリクスの幼馴染。


「えっと…」


目線を彷徨わせた私は結局、フェリクスに言うことができなかった。

そんな私をフェリクスが静かに見ていたことに気付かないまま。


「あ!今日はここでお茶会をしてたのね。

私も混ぜてくださいな」


暫くすると、イオーネがいつもの調子で入ってきた。

そして侍女長も。


ふと思い至った。

初めてのお茶会で、小公爵であるフェリクスがイオーネの同席を許す前に、侍女たちはイオーネの席を作っていたことに。


フェリクスを見ると、目が合った私に笑顔を向けてくれる。


こんな優しいフェリクスに対し、侍女はイオーネの味方。

侍女長とイオーネの会話を思い出す。


『公爵夫人になったら…』


ハッとした、最初に会った時の違和感、毎度茶会に無理やり参加するイオーネ。

恐らく、彼女は私が邪魔だったのだ。


そこで侍女たちを盗み見る。

人は慣れた動作をするとき、滑らかに動くのに対し、不慣れな動作や嫌々やっている動作には筋肉の歪みが出る。


そう、今の侍女長のように。


一見慣れて手つきで私に、お茶のお代わりを差し出す。

だが、動きはギクシャクしており、私の目には他意があるとわかってしまう。


イオーネは期待を込めた目でこちらを見ている。

もはや私に隠すつもりもない二人の姿にゲンナリした。


イオーネと侍女長が見守る中、私は平静を装い茶器に手を伸ばす。

単純な戦いは自信があるのに、心理戦は専門外だ。

少し泣きそうになってきた。


不自然にならないように口をつけ、飲んだフリをする。

“バレませんように”

心の中で唱えながら茶器を置いた。


侍女長は安心からか、ため息を漏らしている。

しかし、イオーネは鋭い視線を私に注いでいる。

イオーネを騙すことができなかったようだ。


「お化粧直してきますね」


慌てて私が席を立つ。


「…案内しましょうか?」


「いえ、大丈夫です」


フェリクスは終始私を心配そうに見てくる。

心遣いなのか、イオーネの蛮行を知っていて黙っているのか…。

判断できない私は、フェリクスの心配を素直に受け取れないでいた。









「ちょっといいかしら?」


背後から声をかけられ、振り向くとイオーネがいた。

私は警戒するような表情でイオーネを見る。


「付いてきてください」


そんな私を意に返さず、イオーネはそう言うと歩き出した。

このまま戻ることもできるが、ハッキリさせた方が今後話のためだろう。

私は黙ってイオーネの後ろを歩いた。


通されたのは、公爵邸の一室。


「どうして私が自由に出入りできるか、不思議そうですね」


「いえ、そこまで…」


「実はフェリクス様と婚約をするのは私だったはずなのです…」


「ひぇ」


自分に酔っているのか話し始めるイオーネ。


「フェリクスのご両親である、公爵様と公爵夫人にとても可愛がられて…。

お二人にも私が婚約者だと言われていたのに!」


口も挟まず黙って聞いてる私に対し、イオーネはどんどん熱を込めて身の上?を語る。


「だから、婚約を解消してフェリクスを解放してあげてください!」


途中からイオーネの肩越しに見える窓の外を見ていたせいで、何がどうなって“婚約解消”なのか聞いてなかった!

どうしよう!?


「え…。私の家は子爵家なので難しいです」


たぶん、これで会話は成立したはず。

しかし、イオーネの顔は怒りと焦りで紅潮し、唇を震わせた。


「子爵家如きが…!」


イオーネは昔から“自分が公爵夫人になる”未来を信じて疑っていなかったらしい。


激昂したイオーネがベルを鳴らすと、控えていたかのように扉が開き、粗野な男たちが五人入ってきた。


「ふふふ。泣いても許してあげないわ」


イオーネは勝ちを確信しているのか、余裕の表情である。

恐らく、私が怖がり許しを乞う姿を想像しているのだろう。

私は男たちを観察する。

筋骨隆々ではあるが、それだけだ。


男たちはそれぞれニヤニヤ笑いながら私を取り囲む。


「おいおい、子どもじゃねぇか」

「ごめんな、これも仕事なんだ」


男たちが何か言っているようだ、現実見せてやろうか?

…しかし、この男たちが公爵家と関わりがある人たちだったら?

男の一人が手を出しかねている私の手を掴み、後ろ手にした。

正面に別の男が立ち、手を振り上げたその時。


バンッ


乱暴に扉が開かれ、フェリクスが汗をかきながら入ってきた。


「ルーシェ、良かった」


どうやら私を探していたようだ。

フェリクスの真剣な顔、私が無事だとわかった時の安心した顔にドキドキと鼓動が耳元で聞こえるようだった。

赤面し顔を伏せていると、イオーネが騒ぎ出した。


「フェリクス様!

今この子爵令嬢に私とフェリクス様の婚約について教えて差し上げてましたの。


どうやって婚約したのか知らないけれど、こんな浅ましく家格の低いちんちくりん。

フェリクス様には相応しくないわ!」


そう言いイオーネは私を見下すように嗤った。

そんなイオーネ言動を受け、フェリクスの表情はどこまでも冷たい。


その表情に私が身震いすると、フェリクスが私を見て微笑み口を開いた。


「ルーシェとの婚約は公爵家から打診したものだよ?」


声は穏やかなのに、空気だけがひどく冷えていく。


「は?」


フェリクスの発言にイオーネは鳩が豆鉄砲を食ったように目を瞬いている。

もれなく私も瞬いている。


私の反応にフェリクスは静かに笑い、話を続けた。


「そもそも、ルーシェと婚約を解消したとしても、イオーネに関係ないよね?」


イオーネが半ば叫ぶように言った。


「…わ、私たちは幼馴染ですわ!?」


「幼馴染って…。

僕達の間では“幼い頃からの知り合い”って意味でしょ?」


「し、しかし、フェリクスのお父様もお母様も私を嫁にと。

夜会でも私が共に参加したわ!

会食も…。私たちの両親もいい関係を築けていると!」


イオーネの話だけ聞くと、確かに婚約の話が出てもおかしくない。


「ふふふ」


フェリクスはイオーネの話を聞き笑い出した。

そんな笑顔にイオーネは希望を見出したのか笑顔になる。


私と男たちは静かに見守った。


「君のお陰で僕は公爵を早々に継ぐことになったよ。

ありがとう、イオーネ嬢」


イオーネは意図が分からず、文字通り受け取ったようだ。


「お礼なんて…いいのよ」


「君を僕の婚約者に本気で据えようとした両親はね。

君の家と癒着してるのがわかったから、更迭され隠居することが決まったんだよ」


イオーネ、私と男たちはフェリクスの発言に固まった。

男たちの中の数人は、ビビってるのか震える奴もいる。


「え?どういうことなの?」


「ふふふ、君の家っていけない薬を他領にバラ撒いてるよね?

あ、君は知らないかな?」


イオーネ、私と男たちは首を傾げる。


「僕の祖父と元軍人のルーシェの祖父が調査をしててね。

もうすぐ証拠も集まって立件できそうだって喜んでたよ」


すると兄が侍女長と一緒に部屋へ入ってきた。

もがいているが、兄の筋肉を前になすすべなく俯く侍女長。

俯き表情は見えないが、小刻みに震えているようだ。


「お、お兄様!?なんで!?」


「よ!ルー。

可愛い妹のために、一肌脱ぎに来たぞ!」


祖父と似た表情でニカリと笑う兄。

兄は祖父から事情を聞いて動いてくれたらしい。

私はあんぐり開けた口を閉じれないでいると、フェリクスが口を開く。


「イオーネ嬢の指示で侍女長がルーシェに薬を盛ったのもわかってるよ」


「フェリクス様!お許しください!

イオーネ様に脅されたんです!」


自身の処分に恐れをなした侍女長が、イオーネが主犯だとフェリクスに追い縋る。


「ちょっと!」


そんな侍女長にイオーネは焦ったように口を塞ごうと近寄るが、兄が睨みを効かしているため黙って見ていることしかできなかった。


イオーネは震える手で髪をかきむしり、視線が焦点を失っていく。


「違う!違うの!薬とか知らない!!

私はフェリクス様が昔から大好きだから…!

公爵夫人が言ったもの、私がフェリクス様の嫁だって!

皆んなも言ってたわ…なのに…」


妖怪みたいだな…。


そう思いながら見ていた私と目が合った。

途端に下卑た笑いを浮かべるイオーネ。


私が男に拘束され囲まれている状況を思い出したようだ。


「フェリクス様…。

婚約破棄をして私と婚約してください。

じゃないと…」


そう言い、私を指差す。

イオーネの意図に気づいたフェリクスは黙った。


あれ?この状況って…。


「フェリクス様。この男たちは公爵家の人ではないのですか?」


大切な内容のため、確認を行う私。

フェリクスは大きく頷き返した。


公爵家の人でないのなら、私が取るべき行動は一つである。


前に立つ男の顎を蹴り、男は膝から崩れ落ちた。

後ろ手に拘束している男の足の甲を思いっきり踏み抜き、手が緩んだ隙に腕を掴み私の背を利用して投げ飛ばした。

あとの三人も同様に殴り飛ばし気絶させる。


わずか数呼吸のうちに、男たちは床へ沈んでいた。


一発殴れば倒れてしまう軽さに、逆に悲しくなる。

気絶した五人が床に転がり、静寂が訪れた。


目に止まらない速さで男たちを戦闘不能にした私に、イオーネは目を見開き固まる。


「やっぱり“熊殺しのルー”は最強だね」


「“熊殺しのルー”って…!

国一番と謳われる騎士の異名じゃない…」


「やめて!!」


私は恥ずかしく顔を手で覆う。

『でかした!さすが我が愛しの孫だ!』

そう言った祖父の笑顔が再生されるようだ。


恐怖に顔を染めるイオーネとは対照的に、フェリクスは羨望の眼差しで私を見つめた。

その恥ずかしい異名、なんとかならないものか…。


居合わせた兄が吹聴したせいだろ。

兄を睨むが、ニヤニヤしている兄には通じてないようだ。

一方通行の恨みに、悔しい思いが止まらない。


「ルー、公爵家の揉め事に巻き込んでごめんね。

君が嫁ぐ時までに侍女の掃除を終わらせるから安心して」


その笑顔は柔らかいのに、目の奥だけが全く笑っていない。

フェリクスの黒い笑顔の前に言葉を発することができなかった…。









あの事件以降、フェリクス様が変わった。

お茶会の度に私を膝に乗せるようになったのだ。


最初は躊躇した私だが、慣れとは怖いものだ…。

今ではフェリクス様の膝でマカロンを食べれるほどに成長した!


そんな私を微笑ましそうに見ているフェリクスが口を開く。


「フィレスト伯爵家は没落したよ。

イオーネが母方の家へ逃げられないよう、少し頑張ったんだ」


なんでもないことのように言うフェリクス。


「祖父にお願いしてたんだ。

婚約するならルーが良いって」


そう言い、私の頭を撫でるフェリクス。


「…どうして?」


「ふふふ。僕も偶然その場にいてね。

小さい女の子がクマを薙ぎ倒すからびっくりしちゃった」


「え!?」


驚き振り返ると、優しい眼差しでフェリクスは微笑んでいた。

そんな顔をされると、何も言えなくなってしまう。

照れて正面に向き直る私をフェリクスは笑っている。


「ずっと疑問だったんだけど、どうやって倒したの?」


「うーん…。あの時は咄嗟だったから。

たぶん、こうグーで」


私はフェリクスの前で手を構え、拳を突き出した。

ソレを見てもなお、フェリクスは撫でる手を止めない。


「こんなに小さいのに強いなんて…」


ずっと上機嫌、笑顔である。


「しかもこんなに可愛いなんて!」


私を膝に乗せ思う存分頭を撫でたフェリクスは私を抱きしめた。


あああぁぁぁ!!心臓がッ!止まる!


可愛がられ方が小動物に対するソレのように思えて複雑であるが、死ぬ一歩手前の私にはそれ以上考える余裕がない。


クール知的キャラだと思ってたフェリクスは、小動物をこよなく愛する心優しい青年だったらしい。


無理矢理そう思い込むことで、心臓を労り落ち着かせる。


「わ!ごめんね」


フェリクスが撫で続けた結果、グチャグチャになった私の髪。

元通りにしようとフェリクスは、整えようと私の髪に櫛を通す。

その手つきがとても優しく心地がいい。

目を閉じ、フェリクスの息遣いと心地よい風、髪の毛に櫛が通る感触に集中する。


「フェリクス様…すみません、ちょっと眠たく…」


言い終わらないうちに私は意識を手放した。

現実なのか、夢の世界で聞いた言葉だったのか…


おでこに何かが触れる感触と共に、フェリクスの声が降ってきた。


「おやすみルー。

君はずっとここで幸せに暮らしてね」


私はまだ知らない。

愛が重いフェリクスの溺愛を。

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― 新着の感想 ―
熊殺し殺しのフェリクスとして歴史に名を残すわけですね。
めっちゃ楽しかったデス♪ 可愛く面白いお話でした!! 小動物風‥‥でも最強(*>∀<)ノ♪ 当て馬令嬢ご苦労さま ( ゜∀゜)・∵ブハッ!! ハピエンぃぃデスねっ ありがとうございましたぁ♪
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