【第5章:2度目の挑戦 - 居酒屋再開】
38歳。
僕は、もう一度挑戦することを決めた。
土木現場監督として、約15年働いた。
全国を渡り歩く生活。
体も限界だった。
家族との時間も取れなかった。
そして、妻が言ってくれた。
「もう一度、飲食業をやってみないか?」
その言葉が、背中を押してくれた。
今度こそ、成功させたい。
今度こそ、家族と一緒にいられる生活を作りたい。
今度こそ、子どもの成長を見守りたい。
その想いが、僕を動かした。
場所は、地元からも今住んでいる家からも車で約2時間離れたところ。
過去、土木の仕事で住んでいた場所の近く。
そして、高校時代にフードコンサルもしたことがある場所の近く。
「ここなら、土地勘もある」
そう思った。
物件は、居抜き物件だった。
もともと居酒屋をやっていた店が閉店し、そのまま残っていた。
内装も、厨房設備も、そのまま使える。
「これなら、初期費用を抑えられる」
そう思った。
ただし、この店には事情があった。
もともとの計画は、こうだった。
僕が、この店を立て直す。
軌道に乗せる。
そして、一緒に働く料理長に引き渡す。
料理長は、次期オーナーになる予定だった。
僕は、その後もコンサルとして関わり続ける。
「これなら、自分の店を持ちながら、コンサルの仕事もできる」
そう思った。
資金調達も、動いた。
銀行融資。
1度目の失敗で破産しているが、それから15年以上経っている。
真面目に働いてきた実績もある。
「融資、お願いできますか?」
銀行に相談した。
「事業計画書を見せてください」
何日もかけて、事業計画書を作った。
店のコンセプト。
メニュー構成。
売上予測。
返済計画。
すべてを書き上げた。
「...いいですね。融資、検討しましょう」
銀行の担当者が言った。
「ありがとうございます!」
そして、投資家さんにもお金を出してもらった。
専門学校時代の知り合いの紹介だった。
「居酒屋を立て直したい」
そう伝えた。
「面白そうですね。応援します」
投資家さんが言ってくれた。
合計で、約2,000万円。
内訳は、
店の立て直し費用:約1,500万円
3ヶ月見込み運転資金:約500万円
「これで、いける」
そう思った。
従業員は、2人雇った。
料理長。
次期オーナー予定の男性。
料理の腕は確かだった。
「一緒に頑張りましょう」
彼がそう言ってくれた。
ホール担当。
接客が得意な女性。
明るくて、お客さんとのコミュニケーションが上手だった。
そして、オーナークラスの人。
経営面でサポートしてくれる人。
これは自分が入った。
「いいチームができた」
そう思った。
店のコンセプトは、決まっていた。
和食のオーソドックス。
昔ながらをテーマとした居酒屋。
高級すぎず、カジュアルすぎず。
家族連れも、仕事帰りのサラリーマンも来られるような店。
「昔ながらの、温かい居酒屋を作りたい」
そう思った。
メニューも、自分で考えた。
焼き魚、煮物、刺身、揚げ物。
どれも、昔ながらの味。
高校時代、定食屋で料理を0から作った経験。
専門学生時代、イタリアンレストランを運営した経験。
すべてが、今に活きていた。
そして、オープンの日が来た。
2019年。
38歳の時だった。
オープン前日、僕は一人で店にいた。
カウンターに座って、店内を見回した。
「やっと、ここまで来た」
そう思った。
高校生の時、フードコンサルとして料理を0から作った。
専門学生の時、イタリアン3店舗を運営し、法人化した。
でも、後輩の裏切りで逮捕され、破産した。
椎間板ヘルニアで半身不随になり、リハビリをした。
土木現場監督として15年働いた。
最初の結婚で裏切られ、離婚した。
追突事故を起こした。
でも、今の妻と出会い、子どもが生まれた。
すべての経験が、今に繋がっている。
「これが、自分のコンサル。自分の店の再開だ」
「チャンスは、ここからだ」
そう思った。
オープン初日。
お客さんが来てくれた。
「美味しいね」
「また来るよ」
その言葉が、嬉しかった。
そして、最初の1ヶ月。
店は、黒字だった。
「いける!」
そう思った。
常連さんも、少しずつ増えていった。
「この店、いいね」
「料理も美味しいし、雰囲気もいい」
口コミで広がっていった。
家族との時間も、少しずつ取れるようになった。
店は家から車で2時間離れていたが、土木現場監督の時のように全国を渡り歩くわけではない。
週末は、家に帰れた。
子どもたちと遊んだ。
妻と話した。
「やっと、家族との時間が持てるようになった」
そう思った。
「今度こそ、幸せになれる」
そう信じていた。
でも、2ヶ月目。
世界が変わった。
新型コロナウイルス。
最初は、ニュースで見ていた。
「中国で、新しいウイルスが流行してるらしい」
遠い国の話だと思っていた。
でも、日本でも感染者が出始めた。
「...やばいかもしれない」
そう思い始めた。
そして、緊急事態宣言が出た。
町が封鎖された。
人気がなくなった。
20時以降、店は閉めなければいけなくなった。
「これは...」
絶望が、押し寄せてきた。
店の売上が、激減した。
最初の1ヶ月は黒字だった。
でも、コロナが来てから、売上は半分以下になった。
「このままじゃ、持たない...」
そう思った。
でも、まだ諦めなかった。
テイクアウトを始めた。
デリバリーも始めた。
SNSで発信した。
できることは、全部やった。
でも、追いつかなかった。
家賃、人件費、仕入れ。
支払いは、容赦なく襲ってくる。
そして、何より辛かったのは。
次期オーナー予定の料理長が、壊れていったことだった。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけても、反応が薄くなっていった。
「...」
彼は、コロナの町の状況に呑まれていった。
鬱状態になった。
会話も、何もできなくなった。
「もう、無理だ...」
彼がそう言った時、僕は悟った。
「これ以上は、続けられない」
オープンから10ヶ月後。
店を閉めることにした。
従業員に、伝えた。
「ごめん。コロナで、給料が払えなくなった」
「店を、閉めます」
みんな、黙っていた。
「...そうですか」
それだけだった。
「本当に、ごめん」
そう言うしかなかった。
そして、閉店した。
残ったのは、2,000万円の借金だった。
銀行への返済。
投資家への返済。
家賃の滞納。
すべてに、迷惑をかけた。
「すみません...」
頭を下げた。
「少しずつでいいので、待ってください」
そう頼んだ。
みんな、待ってくれた。
「分かりました。でも、ちゃんと返済してください」
「はい...」
そして、僕は妻に全てを話した。
「2,000万円の借金が残った」
妻は、黙っていた。
「...」
「ごめん」
そう言うしかなかった。
妻は、泣いていた。
「どうするの?」
「働く。必ず返す」
「...」
その夜、僕は何度も考えた。
「死にたい」
そう思った。
今度は、家族を巻き込んで絶望になった。
1度目の失敗は、自分だけの問題だった。
でも、今回は違う。
妻がいる。
子どもがいる。
守るべき家族を、借金地獄に巻き込んでしまった。
「俺は、何をやってるんだ...」
そう思った。
でも、妻が言った。
「とりあえず、仕事しよ」
「...え?」
「このままじゃダメでしょ。とりあえず、仕事して」
妻の言葉が、僕を動かした。
「...うん」
そう答えた。
閉店整理後、2ヶ月してから仕事に入った。
工場作業員の仕事だった。
「なぜ土木じゃないのか?」
理由は2つあった。
一つは、家族のそばにいたかったから。
土木現場監督は、全国を渡り歩く。
家族と離れ離れになる。
「もう、家族と離れたくない」
そう思った。
もう一つは、お金の面で安定していたから。
工場作業員は、地方だけの土木より給料が高く、安定していた。
「少しでも、早く返済したい」
そう思った。
でも、給料はすべて返済に飛んでいった。
子どもや家のことは、嫁の実家に助けてもらった。
「すみません...」
嫁の両親に、頭を下げた。
「いいのよ。頑張りなさい」
そう言ってくれた。
でも、心の中では。
申し訳ない。
感謝している。
情けない。
すべての感情があった。
今でも、嫁家族には頭が上がらない。
でも、それでも。
家族のため。
家族とまだ一緒にいたい。
その想いが、僕を支えた。
「死ぬものぐらいでも、まだ生活はできるんじゃないか」
そう思った。
妻の「とりあえず仕事しよ」という言葉が、気持ちの整理をつけてくれた。
「働けば、少しずつでも返済できる」
「働けば、家族を守れる」
そう思った。
そして、工場作業員として働き続けた。
この時期、家族との時間も取れなかった。
何もできない状態が続いていた。
幸せな時間など、1瞬も味わえなかった。
ただ、働いて、返済して、寝るだけ。
それだけの日々だった。
でも、ある日。
少しだけ、心に余裕が出てきた。
返済も、少しずつ進んでいた。
家族も、なんとか支えてくれていた。
「まだ、やり直せるかもしれない」
そう思えるようになった。
そして、ある日。
インスタグラムを見ていた時。
広告が出てきた。
「怪しい元東大生AIコンサルをしてみないか」
「...AIコンサル?」
興味が湧いた。
でも、同時に。
「怪しいな...」
とも思った。
でも、こう思った。
「なんだかもう、騙されても自分のスキルになるならやってみよう」
1度目の失敗で、後輩に裏切られた。
共同経営者にも裏切られた。
最初の妻にも裏切られた。
「もう、怖いものなんてない」
そう思った。
そして、妻に話した。
「AI、やってみたいんだけど」
「AI?」
「うん。インスタで広告が出てきて」
妻は、少し考えてから言った。
「実は、私も他のスクールを見つけて、入ろうとしてたの」
「え?」
「うん。私も、何かスキルをつけたいと思って」
「...」
その瞬間、決めた。
「じゃあ、俺がやってみて、できるようなら一緒にやろう!」
「本当?」
「うん。とりあえず、小遣い稼ぎにやってみる」
妻は、笑った。
「いいね。頑張って」
「うん」
そして、AIの勉強を始めた。
先ずは、クラウドワークスから。
小さな仕事を受注して、AIを使って納品する。
最初は、うまくいかなかった。
でも、少しずつ慣れていった。
「AIって、すごいな」
そう思った。
そして、今。
僕は、工場作業員として働きながら、AI×SNSに挑戦している。
2,000万円の借金は、まだ返済中だ。
嫁の実家の支援も、まだ続いている。
でも、希望が見えてきた。
「AI×SNSなら、もう一度やり直せるかもしれない」
そう思えるようになった。




