【第2章:専門学生時代 - 3店舗と法人化への道】
土木の専門学校に入学した。
昼間は、土木の勉強。
測量、設計、施工管理。
真面目に学んだ。
16歳から土木作業員のバイトをしていたから、現場のことはある程度わかっていた。
でも、専門学校では「理論」を学んだ。
「なるほど、あの作業にはこういう意味があったのか」
現場で体験したことが、理論と繋がっていく。
それが、面白かった。
そして、2年で卒業した。
土木の資格は、経験年数が必要だった。
だから、まずは卒業することが目標だった。
「とりあえず、卒業できた」
それだけで良かった。
でも、専門学校時代の僕には、もう一つの顔があった。
飲食業への挑戦。
ただし、この時期。
僕は、母親と一切口を利かなくなっていた。
きっかけは、よく覚えていない。
小さなすれ違いが積み重なって、いつの間にか会話がなくなっていた。
「金は、自分で稼げ」
母親のその言葉が、ずっと心に刺さっていた。
小学生の頃から、ずっと「金、金、金」と言われ続けた。
「学校は、自分で行け」
そう言われて、必死に働いた。
でも、いつの間にか思うようになっていた。
「もう、母親には頼らない」
「自分の力だけで、やってやる」
専門学校に入る頃には、完全に関係が冷え切っていた。
同じ家にいても、会話はほとんどなかった。
「おはよう」も言わない。
「ただいま」も言わない。
ただ、すれ違うだけ。
弟は、困っていた。
「お兄ちゃん、お母さんと話した方がいいよ」
「...」
「お兄ちゃん?」
「ほっとけ」
そう答えるしかなかった。
母親からのアドバイスは、一切もらえない状態だった。
いや、正確には。
もらいたくなかった。
「俺は、自分の力だけでやる」
そう決めていた。
だから、専門学校時代の飲食業への挑戦は、完全に一人だった。
専門学校1年生の時。
ある先輩を紹介された。
専門学校の同級生が、こう言った。
「お前、飲食業やりたいんだろ?」
「ああ」
「俺の知り合いに、地元が近い先輩がいるんだ」
「地元が近い?」
「ああ。その人、飲食業に詳しいらしい」
「...会わせてくれる?」
「いいよ」
そして、その先輩と会った。
30代くらいの男性だった。
物腰が柔らかく、話しやすい人だった。
「君、飲食業やりたいんだって?」
「はい」
「経験は?」
「高校時代、フードコンサルをやってました」
「へえ。具体的には?」
僕は、定食屋で料理を0から作った話をした。
何度もやり直して、レシピを渡した話もした。
先輩は、感心したように言った。
「すごいね。高校生でそこまでやってたんだ」
「はい」
「本気なんだね」
「はい。絶対に、自分の店を持ちたいです」
先輩は、少し考えてから言った。
「資金は?」
「...ほとんどないです」
「そうか」
「でも、働いて貯めます」
「...」
先輩は、しばらく黙っていた。
そして、こう言った。
「俺の伝手で、資金を借りられるかもしれない」
「え?」
「本気なら、手伝ってやってもいい」
「本当ですか!?」
「ただし、共同経営だ」
「共同経営?」
「そう。俺が資金を手配する。君が、店を運営する」
その言葉が、魅力的に聞こえた。
「お願いします!」
そう答えた。
今思えば。
母親と話していたら、違ったかもしれない。
「共同経営?契約書はちゃんと作ったの?」
「相手のこと、ちゃんと調べたの?」
母親なら、そう言っただろう。
でも、その時の僕は、母親と口を利いていなかった。
アドバイスをもらえる状態じゃなかった。
いや、正確には。
もらいたくなかった。
「俺は、自分の力だけでやる」
その想いが、強すぎた。
そして、先輩の伝手で資金を借りることができた。
金額は、数百万円。
「これで、店が出せる」
そう思った。
場所は、愛知県。
地元から少し離れた場所だった。
「ここなら、母親とも顔を合わせずに済む」
そう思った。
そして、小さなイタリアンレストランを出すことにした。
「なんでイタリアン?」
先輩が聞いた。
「母親の店は、和食や居酒屋でした」
「それとは違うものをやりたいです」
先輩は、少し笑った。
「親に反発してるんだね」
「...」
図星だった。
物件を探し、内装を整え、メニューを作った。
すべて、一人でやった。
いや、正確には。
先輩が資金面でサポートしてくれた。
でも、実務は全部僕だった。
法人化するときには、税理士と銀行にも相談した。
「個人事業でやるより、法人化した方がいいですか?」
税理士は言った。
「規模を大きくするつもりなら、法人化した方がいいですね」
「信用も得られますし、資金調達もしやすくなります」
銀行にも相談した。
「融資は可能ですか?」
「事業計画書を見せてください」
僕は、何日もかけて作った事業計画書を見せた。
銀行の担当者は、じっくりと見てから言った。
「...いいですね。融資、検討しましょう」
そして、株式会社として正式に登記した。
共同経営者は、先輩。
僕は、代表取締役。
「これで、ちゃんとした経営者だ」
そう思った。
オープン初日。
専門学校2年生の春だった。
「お客さん、来てくれるかな?」
不安だった。
でも、来てくれた。
専門学校の友人が来てくれた。
土木のバイト仲間も来てくれた。
「美味しいね」
「また来るよ」
その言葉が、嬉しかった。
母親は、来なかった。
いや、呼ばなかった。
「俺は、自分の力だけでやる」
そう決めていたから。
そして、僕は休む暇なく働いた。
朝、仕込み。
昼、営業。
夜、営業。
深夜、片付けと翌日の準備。
睡眠時間は、3〜4時間。
専門学校の授業もあったが、ほとんど頭に入らなかった。
でも、不思議と苦ではなかった。
「自分の店を持っている」
その実感が、何よりも嬉しかった。
そして、店は少しずつ軌道に乗っていった。
常連さんが増えた。
口コミで新しいお客さんも来てくれた。
「このパスタ、美味しいね」
「また来たいな」
そんな言葉が、力になった。
半年後。
愛知県内に2店舗目を出した。
1店舗目が順調だったから、次の挑戦を考えた。
「もっと大きくしたい」
その想いが、強かった。
先輩も、賛成してくれた。
「いいね。やろう」
2店舗目は、1店舗目とは少し違うコンセプトにした。
カジュアルで、若い人が気軽に来られるイタリアン。
価格も抑えめにした。
この店も、評判になった。
「あの店、コスパいいよ」
「料理も美味しいし」
口コミで広がった。
そして、1年後。
愛知県内に3店舗目を出した。
気づけば、専門学校を卒業する頃には、3つの店を運営する経営者になっていた。
専門学校の同級生たちは、驚いていた。
「お前、すごいな」
「もう3店舗もやってるのか」
「まあね」
そう答えたが、内心は嬉しかった。
専門学校の先生も、心配していた。
「お前、ちゃんと卒業できるのか?」
「大丈夫です」
そう答えたが、正直ギリギリだった。
それでも、なんとか2年で卒業した。
土木の資格は、経験年数が必要だった。
だから、まずは卒業できたことが重要だった。
「これで、土木の道も残せた」
そう思った。
卒業式の日。
母親は、来なかった。
いや、呼ばなかった。
もう、何年も会話をしていなかった。
卒業後、僕は飲食業に専念した。
3店舗の運営。
従業員の管理。
仕入れ先との交渉。
新メニューの開発。
すべてが、忙しかった。
そして、この頃。
家族との縁は、完全に切れていた。
地元は、新幹線や電車を乗り継ぎ半日かかる距離だった。
愛知県から、実家まで。
遠かった。
家族との縁は、この頃完全に切れていた。
「俺は、自分の力だけでやる」
その想いが、まだ強かった。
共同経営者の先輩とも、うまくいっていた。
「順調だね」
「はい。おかげさまで」
「これからも、頼むよ」
「はい」
そして、従業員も増えた。
その中に、一人の後輩がいた。
若い男だった。
専門学校を出たばかりで、飲食業に憧れていた。
「先輩、俺も働かせてください」
そう言ってきた。
「いいよ。頑張れよ」
「はい!」
彼は、真面目だった。
仕込みも、接客も、一生懸命やった。
「先輩、これでいいですか?」
「いいよ。よくやってるな」
「ありがとうございます!」
僕は、彼をかわいがっていた。
「お前、いい仕事するな」
「先輩のおかげです」
「これからも、頑張れよ」
「はい!」
でも、ある日。
その後輩が、事件を起こした。
詳しい内容は、よく覚えていない。
いや、正確には。
思い出したくない。
ただ、後輩が警察に捕まった。
そして、取り調べの中で。
僕の名前を出した。
「○○さん(僕の名前)に指示されました」
そう言ったらしい。
僕は、何も知らなかった。
「え?俺が?」
信じられなかった。
でも、警察から連絡が来た。
「話を聞かせてください」
「俺は、何も知りません」
そう言った。
でも、警察は信じてくれなかった。
「後輩が、あなたの名前を出しています」
「でも、俺は本当に何も...」
「とにかく、来てください」
そして、僕は警察に捕まった。
詳しい経緯は省く。
ただ、結果として。
僕は、刑を受けることになった。
捕まる前に、共同経営者に連絡を取った。
「先輩、大変なことになりました」
「...何があった?」
「後輩が事件を起こして、俺の名前が出されて...」
「マジか」
「店のこと、お願いします」
「...わかった」
それが、最後の会話だった。
刑の執行中。
僕は、ずっと考えていた。
「なんで、こんなことになったんだろう」
後輩を信じていた。
かわいがっていた。
でも、裏切られた。
「人を信じるって、こういうことなのか」
そして、もう一つ。
「母親に相談していたら、違ったのかな」
でも、もう遅かった。
刑の執行後。
僕は、外に出た。
すぐに、共同経営者に連絡を取ろうとした。
電話をかけた。
繋がらない。
もう一度かけた。
「この番号は、現在使われておりません」
「え?」
メールを送った。
返ってこない。
「どういうこと?」
そして、店に行った。
3店舗、すべて閉じていた。
シャッターが下りていた。
貼り紙もなかった。
ただ、閉じていた。
「...」
会社の登記も確認した。
会社の成りがなかった。
「...消えた?」
信じられなかった。
すべてが、消えていた。
店も。
会社も。
共同経営者も。
そして、残ったのは。
借金だけだった。
銀行からの融資。
仕入れ業者への未払い。
家賃の滞納。
すべてが、僕の名前で残っていた。
自己破産の手続きをした。
弁護士と相談し、書類を揃え、裁判所に行った。
「もう、会社は続けられません」
そう宣言した。
倒産した。
全財産を失った。
店も。
資金も。
信用も。
すべてが消えた。
そして、気づいた。
「俺、本当に一人になったんだ」
家族とは、縁が切れていた。
共同経営者は、消えた。
後輩には、裏切られた。
誰も、いなかった。




