【第1章:高校生起業 - 最初の光】
僕がビジネスというものに初めて触れたのは、生まれた時からだった。
物心ついた頃には、すでに両親ともに会社を持っていた。
母親は、飲食店を何店舗も回していた。
朝早くから夜遅くまで、店を回る母親。
従業員と話し、お客さんと話し、仕入れ業者と話す母親。
その姿を、僕はずっと見て育った。
父親も、経営者だった。
詳しい業種は覚えていないが、父親もいつも忙しそうだった。
電話が鳴り、書類を見て、出かけていく。
「ビジネス」というものが、僕の家では当たり前の風景だった。
そして、弟がいた。
僕より数歳下の弟。
兄弟は、よくケンカもしたけど、仲が良かった。
「お兄ちゃん、遊ぼう」
弟がそう言ってくる。
「いいよ」
そう答えて、一緒に遊んだ。
当時は、これが当たり前の日常だと思っていた。
でも、小学校に上がる頃から、何かが変わり始めた。
父親は、帰ってこない日が続くようになった。
最初は、「仕事が忙しいんだろう」と思っていた。
でも、だんだん違うと気づいた。
帰ってこない日が増えた。
帰ってきても、すぐに出ていく。
家の雰囲気が、どんどん悪くなっていった。
母親の顔が、だんだん暗くなっていった。
いつも明るく店を回っていた母親が、笑わなくなった。
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫よ」
そう言うけど、大丈夫じゃないのは子どもでもわかった。
弟も、不安そうにしていた。
「お兄ちゃん、お父さんとお母さん、どうしたの?」
「...大丈夫だよ」
そう答えたけど、自分でもわからなかった。
そして、小学校4年生のある日。
父親が帰ってきた。
でも、様子がおかしかった。
母親と言い合いになった。
声が大きくなった。
弟が、怖がっていた。
「お兄ちゃん...」
弟が、僕の服を握っていた。
そして——
父親が、母親に手を出した。
その瞬間、僕は動いていた。
「やめろ!」
小学校4年生の僕が、父親の前に立ちはだかった。
「お母さんに、手を出すな!」
弟を後ろに庇いながら、僕は叫んでいた。
父親は、驚いた顔をしていた。
「...お前」
「もう、帰ってこないで!」
僕は、泣きながら叫んでいた。
母親が、僕を抱きしめた。
「大丈夫よ。もう、大丈夫」
母親も、泣いていた。
弟も、泣いていた。
それが、最後だった。
その後、両親は離婚した。
詳しい手続きは、よく覚えていない。
ただ、ある日。
「お父さんとお母さん、別々に暮らすことになったの」
母親がそう言った。
「どっちについていく?」
そう聞かれた。
僕は、迷わず答えた。
「お母さん」
弟も、同じだった。
「僕も、お母さん」
それからの人生は、母と弟と僕の3人だった。
母親は、変わらず飲食店を何店舗も回していた。
でも、今度は父親がいない。
母親一人で、すべてを回さなければならなかった。
母親は、休む暇もなかった。
そして、母親が変わった。
離婚してから、母親の口から出る言葉が変わった。
「金、金、金」
母親は、いつもそう言うようになった。
「お金がないと、生きていけないのよ」
「お金がないと、何もできないのよ」
「お金がないと、守れないのよ」
母親の言葉は、厳しかった。
そして、ある日、母親が言った。
「金は、自分で稼げ」
「え?」
「あなたたち、もう小学生でしょ。自分でお金を稼ぐことを考えなさい」
「...」
「学校は、自分で行け」
「どういうこと?」
「学費も、制服も、教科書も。自分で稼いだお金で買いなさい」
母親の言葉に、僕は驚いた。
弟も、目を丸くしていた。
「お兄ちゃん...」
最初は、意味がわからなかった。
「小学生が、どうやってお金を稼ぐんだよ...」
そう思った。
でも、母親は本気だった。
「考えなさい。どうやったらお金を稼げるか」
「私は、もう手一杯なの。あなたたちのことまで、全部面倒見られない」
「自分のことは、自分でやりなさい」
母親の言葉は、冷たく聞こえた。
でも、今思えば。
母親も、必死だったんだと思う。
それから、僕の頭の中は「お金を稼ぐ方法」でいっぱいになった。
学校の授業中も、考えていた。
「どうやったら、お金を稼げるんだろう?」
先生が何を言っているのか、ほとんど聞いていなかった。
学校の授業も忘れるくらい、どうやったら金を稼げるのか考えていた。
友達が遊んでいる時も、考えていた。
「新聞配達?」
「でも、小学生には無理だよな...」
「スーパーのバイト?」
「これも無理だ...」
「何か、小学生でもできることはないのか?」
そして、ある日、気づいた。
母親の店を手伝っている時。
「お店って、お金を稼ぐ仕組みなんだ」
お客さんが来る。
料理を出す。
お金をもらう。
シンプルだけど、これが「お金を稼ぐ」ということなんだと理解した。
母親に聞いた。
「お母さん、俺も店、手伝ったらお金もらえる?」
「当たり前でしょ。働いたら、お金をもらえるのよ」
「じゃあ、俺、もっと手伝う」
「いいわよ。でも、ちゃんと仕事しなさい」
それから、僕は母親の店で本格的に働くようになった。
皿洗い。
仕込みの手伝い。
配膳。
掃除。
できることは、全部やった。
弟は、あまり手伝わなかった。
「お兄ちゃん、俺も手伝おうか?」
時々、そう言ってくれた。
「いいよ、お前は勉強してろ」
そう答えた。
弟には、普通の子どもでいてほしかった。
俺が頑張れば、弟は守れる。
そう思っていた。
そして、月末に。
母親が、封筒をくれた。
「はい、今月の給料」
中を見ると、数千円入っていた。
「これが、俺が稼いだお金なんだ」
そう思った。
嬉しかった。
でも、数千円じゃ足りなかった。
学校の給食費、教材費、制服代。
全部合わせると、数万円必要だった。
「もっと稼がないと...」
そう思った。
そして、母親が教えてくれた。
ある日、店の仕込みをしている時。
「お金を稼ぐには、2つの方法があるのよ」
「2つ?」
「一つは、時間を売る。もう一つは、価値を売る」
「どういうこと?」
「時間を売るっていうのは、働いた時間分だけお金をもらうこと。あなたが今やってるのは、これ」
「うん」
「でも、価値を売るっていうのは、結果に対してお金をもらうこと」
「結果?」
「そう。例えば、お店の売上を上げたら、その分お金をもらえる。時間じゃなくて、結果で評価される」
母親の言葉が、僕の頭に残った。
「価値を売る」
この言葉が、僕のビジネス脳を作った。
中学生になる頃には、僕は母親の右腕になっていた。
母親が「これ、どう思う?」と聞いてくる。
「このメニュー、もっとこうした方が良いと思う」
「この仕入れ先、もっと安いところあるよ」
「この味付け、ちょっと濃いかも」
僕も、意見を言うようになっていた。
母親は、僕の意見を真剣に聞いてくれた。
「そうね。やってみるわ」
そう言って、実際に試してくれた。
そして、店の仕組みがわかってきた。
仕込みの段取り。
お客さんの流れ。
売上の計算。
仕入れ先との交渉。
メニューの作り方。
味付けのコツ。
すべてが、目の前で繰り広げられていた。
母親は何店舗も回していたから、いろんなノウハウを持っていた。
そのすべてを、僕は見て、学んだ。
高校生になる頃には、僕は完全にビジネス思考になっていた。
学校の授業も、ほとんど聞いていなかった。
どうやったら金を稼げるのか、それしか考えていなかった。
友達が「昨日のドラマ見た?」と話しかけてきても、
「ああ、見てない」としか答えられなかった。
頭の中は、いつも「お金を稼ぐ方法」でいっぱいだった。
そして、16歳で土木作業員のアルバイトを始めた。
理由は簡単だった。
「給料が良いから」
土木の現場は、キツかった。
朝早く起きて、重い資材を運び、穴を掘り、土を運ぶ。
でも、お金は良かった。
「これだ」
そう思った。
現場の職人たちは、厳しかった。
「ちゃんとやれ」
「手を抜くな」
「段取りを考えろ」
でも、その厳しさの裏に、優しさがあった。
「お前、頑張ってるな」
「いい仕事するようになったな」
そんな言葉が、嬉しかった。
でも、同時に気づいた。
「これも、時間を売ってるだけだ」
土木作業員は、働いた時間分だけお金をもらえる。
でも、母親が言っていた「価値を売る」ではなかった。
「もっと、違う方法はないのか?」
そう考えていた。
そして、高校生の時。
フードコンサルとしての仕事が始まった。
すべては、母親の見様見真似から始まった。
ある日、母親の知り合いが経営する小さな定食屋で、こんな相談を受けた。
「最近、お客さんが減ってきてね。何かいい方法ないかな?」
おばちゃんは困った顔をしていた。
母親が、僕に言った。
「あなた、ちょっと見てあげたら?」
「え?俺が?」
「あなた、うちの店で散々手伝ってきたでしょ。できるわよ」
母親は、そう背中を押してくれた。
僕は、母親がいつもやっていたことを思い出した。
母親は何店舗も回していた。
だから、いつも「どうやったら店が良くなるか」を考えていた。
当時は、SNSなんて普及していなかった。
今のように、スマホで写真を撮って、InstagramやTwitterに投稿する時代じゃなかった。
だから、僕がやっていたのは、もっと地道なことだった。
「まず、メニューを見る」
定食屋のメニューを見た。
「これ、ちょっと分かりにくいですね」
「お客さんが、何を注文していいか迷うと思います」
母親がいつも言っていた。
「お客さんは、イメージできないと注文しないのよ」
その言葉を思い出した。
「メニュー、作り直しましょうか」
「次に、味を確認する」
実際に料理を食べさせてもらった。
「美味しいです。でも、もう少し味付けを変えた方が良いかもしれません」
母親は、いつも味見をしながら調整していた。
「この醤油、もう少し減らした方が良いかな」
「この砂糖、もう少し増やした方が良いかな」
その姿を、何度も見てきた。
だから、僕もできた。
「そして、仕入れ先を見直す」
「この野菜、どこから仕入れてるんですか?」
「○○商店から買ってるよ」
「もっと安くて新鮮なところ、知ってますよ。母の店が使ってるところです」
母親は何店舗も回していたから、いろんな仕入れ先と繋がっていた。
「もっと良いものを、もっと安く」
それが、母親の口癖だった。
だから、僕も知っていた。
でも、それだけじゃなかった。
「おばちゃん、新しいメニュー、作りましょうか」
「新しいメニュー?」
「はい。今のメニューに加えて、もっとお客さんが来たくなるメニュー」
それから、僕は定食屋の厨房を借りて、料理を0から作り始めた。
「この味付けは、どうかな?」
作っては、味見する。
「うーん、ちょっと違うな」
また作り直す。
何度も、何度も、やり直した。
母親の店で見てきたレシピを思い出しながら。
自分でアレンジを加えながら。
「この定食屋には、こういう味が合うんじゃないか」
そう考えながら、試行錯誤を繰り返した。
1週間、ほぼ毎日通った。
学校が終わったら、すぐに定食屋へ。
厨房を借りて、料理を作る。
おばちゃんに味見してもらう。
「どうですか?」
「うーん、悪くないけど...」
「わかりました。もう一回やります」
そして、ついに完成した。
「これだ!」
自分でも、納得のいく味ができた。
おばちゃんに食べてもらった。
「...美味しい!」
「本当ですか!?」
「これ、メニューにしたい!」
さらに、僕はレシピも作った。
材料の分量。
調理の手順。
火加減のコツ。
盛り付け方。
すべてを紙に書いて、おばちゃんに渡した。
「これがあれば、いつでも作れます」
「ありがとう...本当にありがとう」
おばちゃんは、涙ぐんでいた。
その新メニューは、店の看板メニューになった。
「あの定食、美味しいよ」
口コミで広がった。
お客さんが増えた。
そして、数週間後。
おばちゃんが、封筒をくれた。
「これ、少ないけど」
中を見ると、数万円入っていた。
「これが、価値を売るということなんだ」
そう思った。
時間を売るんじゃなく、結果を出して、その対価としてお金をもらう。
しかも、料理を0から作って、何度もやり直して、レシピまで渡した。
その努力が、評価された。
母親が言っていた言葉の意味が、やっとわかった。
母親に報告した。
「お母さん、俺、フードコンサルでお金もらえた」
「そう。良かったわね」
「料理も、0から作ったんだ。何度もやり直して」
「へえ。頑張ったのね」
「レシピも渡したよ」
「...」
母親は、少し驚いた顔をした。
「あなた、本気なのね」
「うん」
「それが、価値を売るってことよ」
母親の言葉が、嬉しかった。
その後、口コミで広がった。
「あの子、店の相談に乗ってくれるらしいよ」
「メニュー開発、上手いらしいよ」
「料理も、0から作ってくれるらしいよ」
「レシピまでくれるらしいよ」
気づけば、いくつかの店から声がかかるようになっていた。
居酒屋、カフェ、ラーメン屋。
ジャンルはバラバラだったが、共通していたのは「もっと良くしたい」という店主の想いだった。
僕は、それに応えたかった。
そして、気づいた。
「俺、ビジネスが好きなんだ」
生まれた時から見てきたビジネスの世界。
母親の背中を見て育った日々。
小学校4年生で両親が別れてから、母親を支えてきた時間。
あの日、父親から母親と弟を守った瞬間。
「金は、自分で稼げ」という母親の厳しい言葉。
学校の授業も忘れるくらい、金を稼ぐ方法を考え続けた日々。
そして、料理を0から作って、何度もやり直して、レシピを渡した経験。
すべてが、今の僕を作っていた。
「これが、ビジネスなんだ」
そう思った。
お金を稼ぐことも大事だけど、それ以上に「誰かの役に立つ」ということが、こんなにも嬉しいんだと知った。
そして、「大切な人を守る」ということが、どれだけ大事なのかも知った。
これが、僕のビジネス人生の原点だった。
そして、高校を卒業する頃。
僕は、進路を決めなければならなかった。
「飲食業をもっと極めたい」
そう思っていた。
でも、同時に。
「土木の仕事も、悪くない」
とも思っていた。
結局、土木の専門学校に進むことにした。
理由は簡単だった。
「手に職をつけたい」
そう思ったからだ。
飲食業は好きだった。
でも、母親の苦労を見てきたから、不安定だともわかっていた。
土木は、安定していた。
需要もあった。
将来性もあった。
「まずは、ちゃんとした技術を身につけよう」
そう決めた。
でも、飲食業への想いは消えなかった。




