大学にて 玲視点
ゼミ室で配られた班分け表。 玲の視線は、そこにあった名前でぴたりと止まった。
――「藤沢 鈴」
名を呼ばれて顔を上げたその少女は、どこか静に似ていた。 肌の白さ、瞳の落ちる角度、黙って人の話を聞くときの姿勢―― 似ているだけ、似ているはずなのに、目が離せなかった。
グループ課題を通して話すうちに、鈴は玲に心を開いた。 ノートの端に書いた落書きや、ふと漏れる微笑。 玲の中で懐かしさと罪悪感が交錯する。
玲(こんな風に静に近づいたんだ、あのときの私は)
思い出すのは、微笑む静。 彼女の強さと、脆さ。 あのとき手にかけてしまった、あまりにも温かな存在。
そして今、鈴の中にある無垢さ――それは、あの頃の静と似ていた。 惹かれるのではない。 惹かれてしまいそうになることが、怖かった。
課題の提出日。 資料を印刷するためにふたりきりになったコピー室。
鈴「玲先輩、ひとつ聞いてもいいですか?」
玲「……なに?」
鈴「私のこと、誰かに似てるって思ってますか?」
一瞬、呼吸が止まった。
鈴「いえ、なんとなく……先輩の目が、たまに遠くを見てる気がして」
玲はゆっくり首を横に振る。
玲「……似てるって思った。でも、それだけだよ」
鈴「そっか」
鈴が少し寂しそうに笑う。 それが“あの子”とは違うと、玲ははっきりと知った。
この子は、静じゃない。 そして、自分ももう、あの頃の玲じゃない。
玲「……ごめん。私は、もう誰かを間違えて傷つけるのは嫌なんだ」
ぽつりと言ったその言葉に、鈴は目を見開き、やがて微笑んだ。
鈴「……それ、ちょっとだけかっこいいですね」
玲はふっと笑った。 罪は消えない。記憶も癒えない。 それでも、ちゃんと一歩を踏み出すと決めていた。
帰宅して、スマホケースの中にある、あの頃の静の写真に向かって、玲は呟いた。
玲「見てた? 私、ちゃんと、間違えなかったよ」
画面の中で微笑む静は、何も言わない。 でもその笑顔は、どこか優しく、玲を見守っているようだった。