冬から春、そして夏へ
二年の冬、玲はめずらしく風邪をひいて学校を休んだ。 静は放課後、玲の家を訪ね、買ってきたおかゆを温めていた。
静「玲、少し熱下がったみたいだね」
ベッドの中で、玲は黙って静を見ていた。 その視線はいつもより弱く、優しい。
玲「……ねえ、静」
静「うん?」
玲「今までみたいなこと、もう……しない。私、怖がらなくていいって、やっとわかった」
静は驚いたように目を見開き、そしてすぐに微笑んだ。
静「うん。……わたし、玲がそう言ってくれて、うれしいよ」
玲はゆっくりと手を伸ばし、静の袖をそっと掴んだ。
玲「そばにいてくれるだけで、安心できる。だから、もう、壊そうとしない」
あの頃のような衝動は、もうない。 玲はようやく、自分の手で愛せるようになっていた。
春。
学校の帰り道、ふたりは人気のない公園のベンチに座っていた。風がやわらかく、桜が揺れている。
静が玲の手をそっと握る。
静「ねえ、玲」
玲「ん?」
静「……キス、したいって思う?」
玲はびくりと肩を動かしたあと、目を伏せてうなずいた。
玲「……ずっと前から。でも、怖かった。静が壊れてしまいそうで」
静はやさしく笑った。
静「もう、壊れたりしないよ。……だから、大丈夫」
玲は静を見つめる。 そしてゆっくりと顔を近づけた。ふたりの唇が触れた瞬間、 どこかで小さな時計の針が進んだような気がした。
あの頃とは違う、やさしくて、確かなキスだった。
高三の夏。 受験勉強の合間、ふたりは深夜の電話で話していた。
静「……大学行ったら、寮入るの?」
玲「うん。一人暮らしするつもり。静は?」
静「わたしも。でも……玲と、いっしょがいいな」
電話の向こうで玲が小さく笑う。
玲「やっぱりそう言うと思った。じゃあ、隣の部屋に住もうか」
静「えー、なんで隣?」
玲「だって、私たちまだ“恋人”ってほどじゃないでしょ? 静はそういうの、大切にしたがるから」
静は少し黙ったあと、ふふっと笑った。
静「……うん。好き、玲」
玲「私も」
しばらく無言のまま、ふたりは電話を切らずにいた。
その静けさが、何よりの幸福だった。