序章 3『アラン/半年前』
◇◇◇
アラン・レルフ、十八歳。
魔界における統治者の一人、獣人の支配者クライヴ・レルフの長男である。
家族の中でも、人狼の中でも一際強い魔力を持つことから、次期支配者として期待を寄せられている、ちょっと名の知れた人物なのだが、本人にその自覚は全くない。
別に支配者は世襲制というわけでもないのだが、何故かレルフ家に曽祖父の代から一任されている。
自分よりもっと適任者がいるだろうと思わなくも無いのだが、次期支配者としてシュヴァルツを狩ることを任されてしまった以上、任務は全うしなければならないと思っている。
従兄や伯父達から実戦は積んでおいて損は無いと言われたこともあり、ここ5年ほどは毎日人界へ出掛けていた。
「たった今し方、門番からの呼び出しの鐘が鳴った。一匹だそうだ。出界中の魔物はいない」
父、クライヴが仕事である書類に目を通しながらアランに伝える。無言でアランは踵を返した。
二人の間に流れる冷え切った空気感に、アランの隣にいた水月とシャロンが顔を引き攣らせる。
「水月、シャロン、いつも通りで頼む」
「ああ。言われなくても」
「アラン様も気をつけてくださいね」
そう言い残すと、二人は人界へ繋がる門へ駆けていった。ふう、とアランは一つ息をつく。
やはり父の前では緊張してしまっていたようだ。
普通の親子ならそういうこともないのだろうが、支配者として魔界を背負う者の気迫はまだ慣れない。
よし、と気合を入れ直す。人界へ渡るシュヴァルツは放っておけない。人間に危害を加えでもしたら、人間界側との争いの火種に成りかねないのだ。
アランは二人の後を追った。
屋根と屋根を飛ぶように移動する。シュヴァルツの気は普通の魔物とは異なる、禍々しい邪気を帯びているため、居場所の特定には困らない。
恐らく水月かシャロンのどちらかが追い込んでいる最中だろう。
だが、その時だった。
水月でもなく、シャロンでもない、人狼の魔力がシュヴァルツの邪気を呑みこんだ。
アランが瞠目する。
何者だ。
報告では人界へ渡っている魔物は誰もいないはず。
街灯が照らす道の一つ、シュヴァルツがいたはずの道で、シャロンが誰かと接触している。
その手には拳銃が。
アランは小さく舌打ちをすると発砲した。
相手の拳銃を跳ね飛ばすと、先手を打たれないように拳銃を突きつけた。
「動くな」
アランは表情を変えることなく、しかしその容姿から思わず目を離せなくなる。
闇に浮かぶ美しい金髪。おそらく武器を持つのも初めてであろう、華奢な身体。神秘性をはらむ金色の瞳。
先ほどの魔力は間違いなく、この少女から放たれたのだ。
カリーナと名乗った金髪の少女と情報を交わし別れた後、アランは帰途につきながら考え込んでいた。
強さはともかく、あれほど煌々とした魔力の質を持つのは片手で数えられる程しかいないはずだ。
彼女は一体何者だ。
今まで出会ったことのない系統の魔力。
だがどこかに必ず彼女に似た魔力の持ち主がいる。それがカリーナの出自を明らかにする手がかりとなる。
知りたいと、アランは思ってしまったのだ。
それが、半年前の出来事である。
◇◇◇
フェウルーア領。魔界において、最も人間界に近く、獣人が多く住む街である。獣人の頂点に君臨する支配者の一族、レルフ家は街の一角に大きい邸を構えていた。
「人狼のシュヴァルツの増加か……」
黒い髪、紅い瞳。アランと全く同じそれを持つ30代ほどの見た目の男は思案するそぶりを見せた。彼は時の支配者、則ちアランの父であるクライヴ・レルフである。
60年ほどの時を生き、支配者になってもうすぐ50年。その厳格な態度で魔界の秩序を立て直し、冷酷無慈悲で恐れられる人物であった。
クライヴは紅い瞳を煌めかせた。
「ちゃんと処分しただろうな」
「もちろん」
アランは父の冷たい眼差しに物怖じもせず、問いに即座に答える。クライヴの隣、人1人が通れるほどの感覚を開けた位置にある机には、ノートパソコンを打つ叔父がいる。
叔父は何かもの言いたげな視線を時々送っていたが、諦めたようだった。
「今回の事についてはこちらでも調べておく。退がれ」
クライヴの一言でアランは部屋を出て行った。
「……」
クライヴは一枚の報告書を取り上げると、剣呑な表情を浮かべた。