表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔界幻想-Lycanthrope Tales-  作者: 胡蝶飛鳥
第一部 第序章 『数奇な巡り合わせ』
2/6

序章 1 『日常』

 ロンドン郊外。緑に囲まれ、住人や交通量はそこそこ多いものの、都市圏よりはるかに静かな場所。そこに建つ「シアリーズ」というパン屋。

 一人娘であるカリーナ・ホルズワースは自分の部屋で、銀の装飾が施された拳銃に弾丸を詰めていた。普通の弾丸だ。

 最近、この辺りにはよく魔物が出る。被害が大きくなる前に狩ることが、1年前から彼女の夜の日課となっていた。



「行ってきまーす!」



 多分台所にいるであろう母に声をかける。カリーナは外に出ると、とりあえず屋根に登った。

 魔物の気配を探る。西に一つ、北に一つ、南に二つ。西の方は禍々しい気を放っている。あれを放置するのはまずい。

 カリーナは屋根から屋根へと飛び移り、西に向かった。

 近づくにつれ、目の前の瘴気を帯びた黒い霧が濃度を増す。霧の中には狂気に満ちた眼を光らせる人狼がいた。痩せ細った四足歩行の狼の姿をしている。



「人狼…?珍しいわね…」



 彼らは人間に最も近しい魔物で有るため、堕ちた個体に遭遇するのは稀だ。

 カリーナは一発狼の身体に弾丸を打ち込んだ。閃光が奔り、狼から黒い液体が飛び散る。同時に、鉄の匂いが広がった。明らかに怒りをあらわにした狼は、カリーナに牙を向けた。猛スピードで襲いかかる狼を避けたが、黒い液体に足を取られた。



「わっ…!」



 鋭い牙が眼前に迫る。カリーナが倒れながらも狼の口の中に照準を定めた。

 刹那。

 激しい閃光と銃声一発。狼が苦しみ咆哮した。銃声の方を振り返ると、拳銃を構えた青年が立っていた。







◇          ◇          ◇

 カリーナが家を出る少し前。シアリーズから二つほど南の路地には不気味な建物と通路がある。

 空き家と思われるほど、おんぼろな一階建の家。アンティークな外灯が照らすのは、先の見えない通路とその前に設置された門。

 まるで関所のようだ。

 外灯が何かの風を受けて揺れる。

 家の窓が開いた。家主である女はタバコを咥え、新聞に視線をやりながらぶっきらぼうに答えた。窓の下には子牛ほどの大きさで、暗緑色の毛色の犬が寝ている。


「現れたのは一匹だ。くれぐれも逃してくれるなよ。儂が怒られる」


 勢いよく飛び出した二つの影が北と南の方角へ向かう。少し遅れて、青年が路地から歩いてきた。


「頼んだよ、次期支配者様」


「ああ」


 青年は一言答えると、闇にの中へ消えていった。

 黒い髪、とがった耳には緑の大きな玉の耳飾り。緑色の服に、灰色のローブ。人間離れした美貌を持つ女は、青年が消えた闇を見つめる。


「まったく。ここんところ、獣が多くて嫌になる。なあ?クー・シー」


 犬は主人を見上げ、もっともだと言うように耳をぱた付かせた。

◇          ◇          ◇





 やせ細った狼に照準を合わせたまま、青年はカリーナに問いかける。



「大丈夫か」


「うん。ありがとう」



 静かな声音がカリーナを安堵させた。闇に溶けてしまうほどの漆黒の髪。月光を反射する紅い瞳が冷たく狼を射抜く。

 やせ細った狼は咆哮すると、後ろ足で立ち上がった。着弾した箇所からは、泥のようなものがぼとぼとと滴り、だらりと垂れ下がった手の指には、鋭い爪が備わっている。光のない眼が、忌々し気に青年を見つめていた。



「シュヴァルツ……しかも、人狼か……」



 刹那、狼が地を蹴った。目にもとまらぬ速度で青年との距離を詰める。

 だが、こうなった魔物には理性というものはなくなり、ただ衝動的に障害物を排除する獣へと成り下がる。

 青年は動かない。

 一度の瞬きの間に、体の奥底に存在する(ゲート)へ意識を向ける。瞼を上げると同時に、目の前の獲物を狩れるだけの力を放出した。

 力に呼応するように紅い瞳は鮮烈に煌めき、人狼の動きが一瞬の逡巡と畏怖を見せた。

 その隙を見逃さない。

 弾丸が真っ直ぐに、人狼の核を射抜いた。


 人狼は魔力を保てなくなり、身体ごと消滅する。


 カリーナは風に流された最後の塵を見届けながら、顔を引き攣らせた。

 人狼が駆け出してからの一連の出来事は、5秒もかかっているかどうか。

 やはり、彼の力は抜きん出ている。



「カリーナ」



 魔力が完全に消滅したのを確認した青年が振り返り、カリーナに手を差し伸べる。

 カリーナはその手を取り、ようやく立ち上がった。

 


「ありがとう、アラン」



 カリーナが微笑むと、青年、アランは僅かに表情を和らげた。



「お。終わったかー?」


「お疲れ様です、カリーナ、アラン様」



 声の方を振り返ると、アランと同い年くらいの青年とカリーナより歳下の少女がいた。

 青年は東洋系の面立ちをしており、見慣れない異国の出立ちをしている。日本の「着物」というものだ。 一方で、少女はウェーブのかかった長い髪をハーフアップにし、手には分厚い本を抱えていた。



「水月、シャロン!」


「どうせアランが追い込むだろうから、先回りしてたんだよ。必要なかったけどな」



 水月は苦笑した。

 ふと、シャロンはアランが何か思案していることに気がついた。



「アラン様?どうしたんですか?」


「いや……何でもない」



 何かが胸の中に引っかかる。先の人狼を倒した時の違和感。何体も狩ってきたからこそわかる、妙な感触だ。

 人狼が畏怖する理由はわかるが、逡巡した理由は何だ?



「あ、そうだ。みんなついてきて」



 カリーナが呼んでいる。シュヴァルツを倒したのにどこへ行くというのだろう。



「今日、パンが結構余っちゃったからみんなにお裾分けしたくて」


「わあ!カリーナのお家のパン、大好きなんです!」


「ありがたいけど、お代は良いのか?」


「良いの。いつも仲良くしてくれてるお礼」



 シャロンと水月がそれぞれ喜ぶ。カリーナの実家、ホルズワース家の作るパンは美味い。朝から昼にかけて、学生から主婦までに愛される、地元のパンだ。今日はどうやら、メロンパンとブリオッシュが残っているらしい。



「アランの好きなミートパイも余ってるからね」



 ミートパイ、という言葉に現実に引き戻されるアラン。顔にはあまり出ないが、3人には、ぱたぱたと横に振っている尻尾が見える気がしないでもない。

 普段一匹狼のくせに、こういう時は犬になるんだよなあ、と遠い目をする水月である。



『まあ、今はいいか』



 アランは先ほどの違和感について考えることを止めた。今はミートパイが待っている。

 四人はカリーナの家へと向かった。




 アラン達が消えた路地に佇む一つの影。

 ボイスチェンジャー独特の機械声が言葉を放った。


「……ああ、腹立たしい」


 蒼白い月に手を伸ばし、仰ぐ。


「《《次は》》お前達だ。人狼ライカンスロープ


 月光に照らされ不気味に浮かぶ白いおもて。言葉とは裏腹に感情のない笑みを浮かべたその面は、しばらくの間、四人が歩んだ闇の中を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ