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7話 懺悔と忠告


 正式に付き合うことになった私たちは、それから何度も食事をしたり、共に過ごしたりした。


 ルーファウスは時間がある時はよく店に来てくれたし、早番の時はいつも外で待っていてくれて一緒に夕飯をとったり、帰路を共にしてくれた。


 けれどそんな私たちの付き合いは、ごくごく健全なものだった。手を繋ぎはするものの、それ以上の接触を求められることはなく、どこか物足りないような気さえするほどだった。


 でもそれが彼の優しい気遣いの一つだということはわかっている。最初に手を強く握られたときに、私が拒否反応を示したことを彼は酷く心配しているのだろう。


 今でも彼は、私の手を握る際にどこか緊張しているような、恐々とした様子で触れてくるのだ。それが何だか申し訳なくて仕方なかったけど、それもきっといつかは無くなるだろうと思っていた。


 そんな日々が続いていたある日のこと──



「おい」


「あ……いらっしゃいませ、ヒースクリフ様……」


「あぁ……」



 薬局へとやって来たのはルーファウスの同僚のヒースクリフだ。彼は私の姿を認めると、不機嫌そうに眉を顰めてずんずん近づいてくる。そして──



「少し話がある……時間あるか?」


「あ、えぇと……」


「何だい?フィオナちゃんに用事かい?騎士さん」


「あぁ、そうだ」


「ならフィオナちゃん、休憩に行ってきな。店の方はいいからさ。昼がまだだろう?」


「すみません、ではそうさせてもらいます」



 薬局の店主が気遣って休憩を許可してくれた。そうして身支度を整えて店を出れば、ムスッとした様子のヒースクリフが待っている。



「お待たせしました!」


「いや、急に悪いな……昼まだなんだろう?飯でも奢る」


「え?でも……」


「いいから奢られていろ」


「は、はい……」



 そう言って連れていかれたのは近くの大衆食堂。昼時を少し過ぎているが、まだ人は多く店内はかなりざわついている。その中の席の一つに腰を掛けると、ヒースクリフが声をかけてきた。



「なんでも好きに頼め。ここのは割とどれもいけるから」


「はい……えっと、じゃぁこのランチで……」


「わかった」



 ヒースクリフは頷くと、手慣れた様子で店員を大声で呼び注文を告げていく。そして幾ばくも経たない内にそれらの料理は運ばれてきた。



「早いですね……びっくりしました」


「まぁ早くて安いが売りの店だからな。俺たちみたいな騎士には重宝される」


「そうなんですね……」



 俺たちみたいなということは、きっとルーファウスもここの常連なのだろう。けれど彼には一度もこの店に連れてきてもらったことはない。それが何だか少しだけ心に引っかかるも、ここの混雑具合と騒がしさを考えれば、それも仕方のないことだろうと思えた。


 話す内容が内容なだけに周囲に聞こえないようにしなければならないが、声を潜める必要もないくらいにこの店は騒がしい。料理に手を付けるのもそこそこに、私はヒースクリフへと問いかけた。



「あの……それでお話というのは?」


「……何のことかは、自分でもわかっているんじゃないのか?」


「っ……!」



 その言葉は核心をついていた。ヒースクリフが店に現れてからずっと思っていたこと。



「……ルーファウス様とのことですか?」


「そうだ……まさか二人が付き合うことになるとは、俺も思ってもみなかったが……」


「……それは、すみません……」


「いや、俺も悪かった。迂闊に君の店に顔を出したことで、逆にあいつの興味を引いてしまった。普段はあんな風に女に興味を持たないやつなんだが……」


「え?そうなんですか?とても慣れていらっしゃる感じでしたが……」


「まぁ見た目はあんなだからな。周囲が無駄に騒ぐのはいつものことなんだが、あぁ見えて女が苦手なんだよ、あいつ」


「えぇ?!」



 その言葉が意外過ぎて、つい大きな声が出てしまう。とてもそんな風には思えない。しかし──



「まぁ詳しくは話せないが、昔いろいろとあって……それで最初は俺も君のことを危険視して遠ざけようとしてたんだが……」


「あぁ……それで……」



 最初に会った時のヒースクリフのあまりの攻撃的な態度に、ようやく得心がいった。きっと私が不埒な動機をもって、ルーファウスに近づいたのだと思ったのだろう。彼らの仲の良さを知った今では、そうした態度を取ったのもうなずける。



「それをわざわざ言う為に……?」


「いや、それだけじゃないんだが……」



 ヒースクリフはどこか言いづらそうに言葉を濁す。彼との邂逅はあんな場面だったから、どうしても言葉にしづらいのかもしれない。



「すまん!あの時のことを、ずっと謝りたかったんだ……その、君だって大変な想いをしたっていうのに俺は……」


「それは……」


「今思えば、あの状態の君を一人で帰すべきじゃなかったと思う。夜も遅かったし、体が辛くないわけないのに……」


「ヒースクリフ様……」


「正直あの時の俺はあいつのことしか考えてなかった。これまでも何度も頭のおかしな女にあいつは言い寄られてきてたから、また同じようなことになったと思って……けれど、君は全然違った。


……自ら全部を飲み込んで、あいつの為に全部をなかったことにしてくれるとそう言って……よくよく考えてみて、俺は自分が情けなくなったよ……」



 そう言ってヒースクリフは、高ぶった己の感情を抑え込むようにしてコップの水を一気に飲み干す。そして話を続けた。



「……君が去った後、酷く後悔したんだ。君が言うように全部をなかったことにしようとして、部屋を片付けてて…………それで、君が本当に失ったものを知ったんだ……


……その……シーツに血がついていたから……」


「っ……」


「……すまない…………本当に………」



 彼は私が純潔をあの場で失ったことを知ったのだ。だからこそ罪悪感に苛まれて薬局まで様子を見に来たのだろう。けれどあの時のことを考えれば、それはどうしようもできないことだったのだ。



「顔を上げてください………そうでないと私……」


「いいや、俺が間違ってた。君には正当に俺たちに怒りをぶつける権利がある……本当に今更だが、馬鹿なことをしたと思っているんだ」



 そう言って声を震わせて頭を下げるヒースクリフに、私まで涙がジワリと溢れてくる。今更ながらに、あの時感じた惨めさや辛さが押し寄せてくるような心地がした。その時だ──



「ヒース!お前っ、こんな所にフィオナさんを連れ出して……!」


「っ……ルーファウス!」



 突然現れやって来たのは、恋人のルーファウス。驚き固まる私たちをよそに、酷く怒った様子でどんどん近づいてくる。そして私の顔を一瞥すると、更にその眦を吊り上げた。



「フィオナさんを泣かせたな!お前、何をした!?」


「ま、待って、ルーファウス様……私は別に何もされては……」


「フィオナさんは黙ってて!こいつが僕とフィオナさんの仲を反対しているのは、わかってるから」


「っ──!!」



 その言葉に驚いてヒースクリフの方を見ると、彼に気まずげに視線を逸らされた。そんなヒースクリフの胸倉を掴みながらルーファウスは尚も続ける。



「隠れてこそこそとおかしなことを吹き込むくらいなら、直接僕に言えばいいじゃないか!彼女を巻き込むつもりなら、お前でも許さないっ!」


「ルーファウス様……」


「はっ……!勢いはいいが、それだけで続けられるほど男女の仲は簡単じゃないぞ?お前本当にわかっているのか?ルーファウス……」


「それは……」


「お前が全てを話してそれでも彼女が一緒にいることを決められるならばそれでいい。だがそうでないことをお前が一番よくわかっているはずだ。そうすれば傷つくのは誰だ?お前か?そうじゃないだろう?」


「っ……」


「俺は忠告に来たんだ。これ以上彼女が傷つく前に、離れた方が良いと…………それが彼女の為だ」



 神妙な面持ちでそう告げたヒースクリフの言葉には、一つも嘘が無いように思えた。本当に彼が私に伝えたかったことはそのことなのだろう。


 私とルーファウスとでは、到底超えられない身分という名の壁があることを。


 いくらしがらみを全部取り去って気持ちを伝えあったところで、それだけではどうにもならないことがあるのはわかってる。


 けれど、それでも……少しの間だけでも夢を見たいと思ってしまうのは、悪いことなのだろうか?



「……ヒースクリフ様……私……」



 後悔するつもりはないと、そう告げようとしたところで、その手を取られた。包み込む大きな掌は、ルーファウスのものだ。



「フィオナさん、行こう……悪いけど、これ以上ここにいて欲しくない……」


「ルーファウス様……」



 そうして手を引かれた私は、難しい顔をして黙り込んでしまったヒースクリフを残したまま、その場を後にしたのだった。

 


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[一言]  おや? これは、ヒースクリフも…?
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