6話 想いを寄せて
「お待たせしました!……すみません、店じまいに手間取ってしまって……」
「気にしないでくれ。寧ろフィオナさんが頑張って働いている姿を見れてよかったから」
ルーファウスからさらりとそんなことを言われ、思わず頬が熱くなる。気軽に情熱的な言葉を口にするけれど、それが彼の本心であることはこここ何日か接してきて既にわかっていた。
「あの、お食事ですけど……私、あまり外で食べたことがなくって……」
正直なところ、ルーファウスのような人と外で食事をするのはかなり勇気がいる。彼はどう見ても貴族出身の騎士だし、一方の私はただの平民だ。王都の学園に通っていたとはいえ、生粋の貴族から見れば、付け焼刃のマナーしか備えていない。
けれどそんな私の不安を、よくわかっているのだろう。穏やかな笑みを浮かべ、私の不安を一つずつ解いていく。
「大丈夫。そこまで気張らなくてもいいような店だよ。とはいえガラの悪い奴らが集まるような店は論外だから、そこそこお上品で、そこそこ大衆的なとこ」
「そこそこお上品で、そこそこ大衆的……」
「ははっ、答えは行ってみてからのお楽しみ。……さぁ、お手をどうぞ?お嬢さん」
「っ……」
差し出された手に逡巡するも、眉を下げて困ったように見つめられれば、それこそ観念するしかなかった。
手を彼のものに重ねれば、最初の時とは違ってそっと優しく包まれる。私が怖がらないように、どこか緊張した様子で触れられれば寧ろ安堵を覚えた。
「……はぁ……よかった…………」
「え……?」
「ん、いや……何でもない……こっちの話」
どこかほっとした様子で息を吐く彼を不思議に思うも、大きな掌から伝わるその熱に意識が逸れて、それ以上は聞くことはできなかった。
そうこうして二人で連れ立って街馬車に乗り、たどり着いた先は街の中心部にあるレストラン。
「ここだよ」
店構えは確かにそこそこ大きくて豪華だが、言われていた通り一般の平民も多く利用している店のようだった。
「ここが………」
「そう、そこそこお上品で──」
「そこそこ大衆的なお店……」
「ははっ、そうそう。そこそこってとこがみそだよ」
「ふふっ……言い方……」
私が緊張するのを見越して、彼はこの店を選んでくれたのだろう。こうして場を和ませるように気遣ってくれる優しさもありがたい。
「さ、お嬢さん。ご案内いたします」
そう言ってルーファウスが恭しく手を差し出す。その優雅な仕草は麗しい貴族そのもので、けれど気さくにこちらを迎え入れてくれるようなその雰囲気は、とても親しみの持てるものだった。
私は気持ちが舞い上がりそうになるのを何とか抑えながらその手を取る。そうして二人で店の敷居を跨いでみれば、すぐに女中がやってきて奥まったテーブル席の一つへと案内される。そこは予約席のようだった。
「……もしかして予約されてたんですか?」
「あ、いや……まぁそうなんだけどね」
気恥ずかしいのか口ごもるルーファウスだったが、テーブル席にはしっかり予約の文字と彼の名前、そして美しい花が飾られている。思ってもみなかったことに、心の中がじんわりと温かくなった。
「ありがとうございます……こんなわざわざ私の為に、嬉しい……」
「……フィオナさんが喜んでくれることがしたいんだ。だから当然だよ」
「どうしてそこまで……?」
「あー、なんて言ったらいいのかな。割と直観に近いというか、はっきりとした理由を聞かれるとなんとも答えづらいというか……」
そんな風に話をしていれば、あっという間に料理が運ばれてきた。どうやらメニューについても既に予約済だったらしい。
料理が来たことを幸いに、彼は早速話をそちらに向けた。
「ここのタンシチュー、美味しいんだけどすぐに売り切れるから、昼に予約しといたんだ。あ、でも他に頼みたいものがあったら遠慮なく言って?食べたいものが一番だからさ」
そう言ってウインクをする彼は、本当に私を喜ばせることだけを考えてここを選んでくれたのだろう。その誠実な優しさに、理由だなんだと聞くのは失礼な気がして私は微笑みを返した。
「美味しそうです。タンシチューなんて豪華な料理、初めて食べるから嬉しいです」
「よかった!遠慮なく食べて!」
こっくりと濃い色合いのシチューを掬い口に運べば、肉の欠片がホロッと口の中で溶けるようにほどけていく。そのあまりの柔らかさと、舌の上に感じる濃い味わいに思わず感嘆のため息を吐く。
「……美味しい……」
「っ──」
何故かハッとしたような息を飲むような音が聞こえて、私は視線を上げて彼を見た。すると彼は手で顔を覆い、困ったようにして天を仰いでいる。
「?……どうかしたんですか?」
「いや………何でもないんだけど……はぁ、ダメだな……」
「え?!何かダメでした?私、やっぱりマナーが……」
「いやいやいや!そうじゃない、そうじゃなくて……」
不安に思って聞けば、彼は必死でそれを否定する。よくわからなくて首を傾げて見つめれば、彼は顔を赤くして眉根を寄せてしまった。
「こっちの問題だから、気にしないで。というかフィオナさんの前だと、僕ってたいがい挙動不審な気がするから、もう今更だと思って諦めてくれると助かる」
「えぇ?なんですかそれ?」
「いや、これ本気で言ってるから」
「ふふっ……本気って、可笑しい……!」
至極真面目な顔をして、冗談とも本気ともわからないような、不思議なことを言うルーファウスに、私は思わず素で笑ってしまった。
「はは、そんなに可笑しい?」
「えぇ……だって、ルーファウス様みたいな紳士が、そんな挙動不審だなんて……しかも諦めてって………ふふふ」
「そりゃあ僕だってもっとスマートに紳士的にやりたいさ。けど人間どうにもならないことがあるもんだよ?」
「そうですけど……うふふ」
「っ……あぁ、もう!そうやってあんまり可愛い顔するからだ!」
「え?」
「僕が変な挙動になっちゃうの。フィオナさんのせいだから」
「えぇ?!」
「誰だって好きな子の前じゃ、可笑しくなるっての!」
「っ……!!」
「……ほら、真っ赤。フィオナさんだってそうなるでしょ?」
「そ、それは……」
好きな子とハッキリ言われ、恥ずかしくて俯いた。視線が注がれるのを感じて、ますます頬が熱を持つ。
「あー……、ごめん。やっぱりかっこつかない……ほんとダメだわ……情けねぇ……」
気まずげにつぶやくその声に顔を上げると、彼は耳まで真っ赤にしてそっぽを向いていた。けれど私が顔を上げたことに気が付くと、意を決したようにこちらに向き直る。そして──
「フィオナさん……こんな僕だけど、本当に君のこと本気なんだ。君がお互いの立場とか色々考えているのはわかる。けれどそんなのどうでもいいくらいに好きだから……だから僕と付き合ってほしい……頼む」
「そんな……でも……」
「しがらみとか全部一旦捨てて、単純に目の前の僕のことだけを見て?これ以上、好きって気持ちを否定されると、流石に堪えるからさ……ごめん、情けないけど……」
「ルーファウス様……」
縋るような切ない眼差しは、あの夜見たものと同じくらいの必死さを感じた。一途で真っすぐな彼の、本気の気持ち。それを安易な言葉で傷つけたり弄んだりしてはいけない。
彼の言うように全てのしがらみを外に追いやって考えてみれば、出てくる答えは一つしかない。
「私も……ルーファウス様をお慕いしてます……」
「フィオナさんっ!!」
「あっ……」
感極まった彼に手を取られる。けれどあの時ほどの強引さはなくて、そっと壊れ物を扱うような優しさで持ち上げられれば、そっとそこに口づけを落とされた。
まるで騎士が姫に忠誠を誓うような、神聖なその様子に、ただ茫然と見惚れてしまう。
そんな甘い誘惑に、ほんの一時でも夢を見てしまってもいいのではないかと……そう思ってしまったのだった──