4話 抱えた秘密と思いもよらぬ来訪
あの大きな秘密を抱えた夜、家に帰った私はそのまま寝台へと倒れこんだ。心も身体も疲れ切っていたから、そのまま深い眠りへと落ちてしまい、自分が何をすべきだったかをすっかり失念していた。
そうして夜が明けても、体調は戻らず、熱を出して寝込んでしまったせいで、仕事を数日間も休んでしまった。回復した後も、溜まっていた仕事を片付けることで精いっぱいで、他の事を考える余裕がなかった。
そんな私に再びあの夜の出来事を思い出させるきっかけを作ったのは、意外にもあの夜、私を責め立ててきた騎士だった。
「……い、いらっしゃいませ」
「あぁ……」
突然薬局に現れたあの騎士。明るい昼の光の中見れば、濃いブラウンの髪と同じ色の釣り目がちな目が、こちらを気まずそうに見つめている。
「……その、もう体調はいいのか?」
その言葉にハッとして目を見開くも、私はあえて接客用の笑顔を崩さずに対処する。
「えぇ……質の悪い風邪でしたが、お陰様で何とか復調しました。それで、今日はどんな御用ですか?」
「あぁ……いや、騎士団への配達だが、南の詰め所については今後は配達ではなく誰か騎士をこちらに寄越すことになってな……それで店主と話もついたんだが……」
「あ、……そうなんですね……」
もしかしなくとも、こないだのことがあったせいだろう。あの夜の出来事を知っているのは、私たちだけだから、目の前の騎士が上に掛け合ってそう取り決めたのかもしれない。
「でしたら騎士団用の荷物がどこかにあるかもしれません。ちょっと聞いてきますね」
「いや!今日はその用事じゃないんだ。その……単純に気になってだな……君が休んでいると聞いたから……」
「まぁ……でも…………」
騎士の言葉に驚きに目を見開く。もしかして心配してくれていたのだろうか?けれどすぐにその考えを否定する。あれだけ同僚のルーファウスのことを心配していた騎士だ。私が本当に黙っているかを確認しに訪れたのだろう。
「心配無用です。何があっても、どなたのせいでもありませんし、それを言いふらすつもりもありませんから」
「っ──」
わかる人にだけわかる含みを持たせた言葉。これ以上はもう踏み込んでほしくはないし、相手にとっても都合が悪いだろう。そう言って明確に線引きをしたところで突然、今度はもっと驚くような来訪者がやって来た。
「お、噂は本当だったみたいだな」
「っ……!」
「……ルーファウス……付けてきたのかお前……」
やって来たのは金髪の騎士、ルーファウスだ。彼は澄んだ青色の目を輝かせると、同僚の騎士に近づき親し気にその肩を叩く。
「そりゃあここ数日、せっせとどこかに通う誰かさんのことが気になって仕方ないのは、当然だろ?」
「……そんなんじゃない」
「でもこんな可愛らしい店員さんを前に、全然説得力ないと思うけど?」
そんな風に茶化しつつこちら見て楽しそうに話す彼は、あの夜のことをまるで覚えていないようだ。私を見ても特にこれと言って反応はない。そのことに安堵するも、心の奥がチクリと痛むのもまた事実だ。
私はあえて二人とも初対面であるかのように、普通の一店員としての態度を貫き通す。
「えと、お客様とお会いするのは初めてですので、よくわからないのですが……何か処方した薬にでも問題がありましたか?」
「あっ……いや、あぁ……そうだな。今日は頭痛の薬をもらおうと思って……この間のが良く効いたから、遠征前に他にも常備しときたくてな」
「かしこまりました」
うまく話を合わせてくれたのだろう。私は要件を聞くと、すぐに処方の為に裏へと下がる。本当はルーファウスに対してもお客様として接しなければならないが、今は動揺が大きくてそれどころではない。それに彼に関しては、もう一人の騎士が何とかしてくれるだろうと思っていた。
「お待たせしました。こちらが頭痛薬です。食後に飲むもので一日二包までです。続けて飲む場合は、なるべく時間をおいてから飲んでくださいね」
「あぁ、わかった」
私の作り話に乗ってくれた騎士は、律義に薬を受け取り会計をする。そんな様子をどこかつまらなさそうに後ろから見つめているルーファウスに、何だかおかしな展開になったと戸惑うも、当の本人は気にする様子もなく同僚の騎士に話しかけている。
「なんだ、本当にただの買い物か……つまらないな。折角の面白いネタが……」
「……なんだその面白いネタってのは……」
「堅物のヒースクリフが女に入れ込んでるって噂。てっきり花街かどっかにいい人がいるのかと………」
「花街関連なら仕事でしかないだろ普通。変な噂に惑わされるなよお前」
「そっか……そりゃそうだよな。そもそもこのヒースクリフが娼妓に入れ込むとかありえないし……こっちの可愛らしい店員さんならいざ知らず。ね?店員さん?」
「へっ!?」
唐突に話しかけられ、変な声を出してしまった。まさか声をかけられるとは思ってなかったので、全く身構えていなかった。
「うわ……ほんとに驚いた顔も声も、すごく可愛いな……やばい……めちゃくちゃ好み……」
どこか感動した様子で何か話しかけられ、私の頭は混乱でいっぱいだ。ハッキリ言ってほぼ初対面の相手に、なんと返答するのが正解が分からずにいれば、横にいる騎士、ヒースクリフが助け船を出してくれる。
「おい、変なことを言って困らせるんじゃない。お前はその自分の顔とセリフがどれだけ周囲に影響を及ぼすのかよく考えて発言しろ」
「うわ……酷い言い草だな……そんなの勿論承知の上だけど、彼女なら大丈夫かなって思って……というか寧ろ本心だし。ね?店員さん」
「???」
「ほら、言った通りだろ?ヒースクリフ」
「……お前なぁ……」
呆れたような声を上げるヒースクリフに、ルーファウスはカラカラと明るい笑い声を上げると、再びこちらに振り向きカウンターに身を乗り出す。そして──
「ヒースクリフの想い人じゃないなら、僕がアピールしても何の問題もないだろ。ねぇ?」
そう言いながら手を伸ばすと、私の片手を掴んだ。
「ひゃっ!」
驚いて手を引っ込めようとしても叶わず、寧ろ掴む力が強くなり逆に相手の側に引き寄せられてしまう。
目の前に迫る大きな身体。逃げようとしても叶わないその状況に、唐突にあの夜の出来事が脳裏を掠めた。
「やっ…………!」
「おいっ!!やめろ!!」
「わっ!何すんだよ!ヒース!」
思わず悲鳴を上げそうになった私に、ヒースクリフがルーファウスの胸倉を掴んで引き離した。ようやく手が解放されたものの、未だあの夜の記憶から心が戻ってこれない。そんな私の様子に気が付いたらしいルーファウスが、サッと顔色を変えた。
「えっ!ごめん!もしかして本気で嫌だった?」
「あ……」
彼としては、ただの冗談のつもりだったのだろう。けれどそれにうまく返答できずに言葉を詰まらせていれば、その精悍な顔だちが痛まし気に歪んでくる。
「すまない……ほんの冗談のつもりで………いや、本当に冗談が過ぎた………心から謝罪するよ……本当にごめん……」
「あ、いえ……大丈夫です……その……とても驚いてしまって……こちらこそ変な反応をしてしまって、申し訳ないです……」
ようやく言葉を紡ぐことのできた私は、恐怖よりも申し訳なさが勝って、顔を俯けたまま謝罪する。それでも掴まれた手は小さく震えていて、それを誤魔化す様にしてもう一方の手で必死に抑えて隠した。
「……だから言っただろう?本当にただの買い物だと…………彼女が言ったように初対面だ。お前が悪ふざけをしていい相手じゃない」
「てっきり誤魔化しているだけだと……本当に申し訳ない……」
「いえ、本当に大丈夫ですから。気になさらないでください」
申し訳なさそうにするルーファウスに、何とか笑顔を返して誤魔化せば、相手はいくらか安堵したようだ。
「ほら、行くぞ」
「あ、あぁ……」
ヒースクリフに腕を掴まれたままのルーファウスは、引きずられるようにして店を出ていく。だがその間、何度もこちらを振り返ろうとしては、ヒースクリフに怒られていた。
その光景を、どこか不思議な心地で見送ったのだった。




