19話 苦しい想い(ルーファウス)
暗闇の中で見つけた小さな光。
月明かりのように優しく、灯のように温かな……
フィオナという女性は、僕にとってそんな存在だ。
初めて彼女と会ったのは本当に偶然だった。ヒースクリフを揶揄うつもりで訪れた薬局の店員として働いていたごく普通の女の子。
背が小さくて、赤茶の柔らかな髪はふわふわで、つぶらな瞳は薄い緑で、まるで宝石見たいに輝いていた。
すごく可愛らしくて一目見て彼女のことを気に入ったけど、それを誤魔化すようにわざとおちゃらけて近づいたら、うっかり怯えさせてしまって。
すぐに謝ったけど、彼女はあの時、確かに震えていた。そしてそれを必死に隠そうとしている姿に、僕はこれまで感じたことのないような衝撃を受けた。
──なんて無垢で純粋な人なんだろうと。
今思えばその時から既に心を奪われていたんだろう。謝罪の為と言い訳をして、その後何度も僕は彼女のいる薬局を訪れていた。
そうして何度も必死にアピールして、ようやく彼女に自分の想いを告げ、彼女からも同じように気持ちを返してもらえた。
あの時は、嬉しくて羽が生えるんじゃないかと思ったくらいだ。
でも浮かれすぎてて彼女のことがちゃんと見えていなかったのかもしれない。僕が見ていた彼女の無垢な一面は、そう見せていただけに過ぎなかったのだから……
──子供を作ったくせに、結婚する気がないだと?!──
──それでこちらの女性なんだな?!お前が孕ませたのは!──
あの言葉を聞いた時、目の前にいるのが本当に彼女なのか、信じられなかった。
休日になんとなく訪れた庭園。そこで繰り広げられていたのは、僕が唯一心を許して側にいて欲しいと願った女性と、他の男とのとんでもない会話だった。
あの後、彼女と話す為に庭園を後にしたけど、正直あまり記憶がない。嵐のような激しい感情を制御できなくて、彼女を酷く罵ったことだけは覚えている。
でも、それでも僕は彼女を信じていたから。信じていたかったから──
『……フィオナ……君、妊娠してるの?』
あの問いかけをした時、僕は彼女に違うと言って欲しかった。
そんなことないって否定してほしかった。
けれど彼女は頷いた………
──僕を裏切ったのだと、そう頷いたんだ。
全てが足元から崩れるような気がした。
彼女と一緒になる為には、乗り越えなければいけない壁がいくつもある。それを一つ一つ乗り越えて行こうと、そう決意したのに。まさか彼女の方から裏切られるなんて──
何も考えたくなくて、もう彼女のことを頭から追い出したくて、僕は逃げ出した。
ちょうど騎士団の遠征があったから、それにかこつけて、彼女を突き放すようにして僕は王都から離れた……。
****************
「あと三日もすれば遠征も終わりだな」
遠征先から王都に戻る道中の野営地で、共に休憩に入ったヒースクリフが声をかけてくる。彼とは部隊が違うから、つい昨日までは別行動で、こうして話すのは実に数か月振りだ。
「あぁ、そうだな……」
普段ならこれだけの大掛かりな遠征はあまりない。だが今回は特別な事情があったのと、何としても結果を残さなければならなかったために、長期間にわたる遠征が予定されていた。
──だが正直、今となってはそれを達成したという感慨深さは一つもない。
「随分と辛気臭い面してんな。まぁ仕方ないか。特にお前は恋人を王都に残しているわけだし」
隣に腰かけながらヒースクリフがフィオナのことを口にする。彼にとっては世間話のつもりなのだろうが、未だ失恋の傷が癒えない自分にとっては、思い出したくもない話題だ。
「……」
「ん?なんだ?なんかあったのか?」
返す言葉に迷っていればすぐにヒースクリフは僕の変化に気が付いたようで、突っ込んで聞いてくる。
「何でもない……それよりお前の方の部隊はどうなんだ?怪我人が結構出たんだろ?」
「あぁ、それはいつものことだから別にいいんだが……お前の方こそ病人みたいな顔色じゃないか?マジで大丈夫なのか?」
「何でもないって言っているだろ?」
「そんな顔色で何でもないわけないだろーが!」
遠征の疲れもあるが、正直フィオナとあんなことになってから、ほとんど寝ることができていない。
そのせいで不調をあっさりとヒースクリフに見破られてしまう。そしてこうなった時のヒースクリフは本当にしつこいから、真実を言うまではとことん追求してくるだろう。
仕方なしに僕はフィオナとの顛末を簡潔に告げることにした。
「……彼女と別れたんだ……だからあまり突っ込まないでいてくれると助かる。これでもかなり傷心してるからさ」
「えっ──……嘘だろ?」
あれだけ僕たちの関係を反対していたというのに、別れたと聞いて驚く彼に思わず心の中で笑ってしまう。
何だかんだ言いながらもヒースクリフは友人である僕を心配してくれているのだ。だからこそフィオナとこんなことになってしまって、情けなくて申し訳ない思いでいっぱいになるのだが。
「……お前があれだけ執着していたのに……もしかしてあの事がバレて、フラれたのか……?」
あの事というのは、僕の出自に関することだ。とある事情があって僕は自分の本当の出自を周囲に伏せているのだが、ヒースクリフはその秘密を知る数少ない人物である。
けれどフィオナと別れたのは、そのことが理由ではない。寧ろ真実を告げることをしないでいて助かったとも思っている。もし僕が彼女が思っているよりもずっと高貴な血筋を引いていると知れば、より厄介なことになったかもしれないから。
僕の様子を見て、別れた理由が想像していたものではないと分かったのだろう。ヒースクリフは眉を顰めて首を傾げる。それ以外の理由で僕が彼女を諦めることが、不思議でならないようだ。
「全てを投げ捨ててでも一緒になるつもりだと豪語してたのに、どういうわけだか……まぁお前が別れると決めたのなら何も言わんが……そんな青い顔をするくらいなら、相談くらい乗るぞ?」
そう言ってくれる友人をありがたいとは思うものの、真実を告げる勇気はなかなか出ない。結局そのまま詳しい事情を話すこともなく、僕らは遠征を終えて王都に戻ったのだった。




