17話 終わりの時
庭園を後にした私たちは、そのままの足で私の家まで戻ってきていた。歩いている間ずっと、ルーファウスは無言で、私は早足で歩く彼についていくのに必死だった。
そうして家の扉を開けて中へ入ろうとしたのだが──
「…………」
「……ルーファウス様?」
「…………」
玄関の前で立ち尽くす彼に戸惑い声をかけるも、彼は視線を床に落としたまま険しい表情で一点を見つめている。
「……あの……」
「……ここでいい」
「っ……」
「中に入るつもりはない」
静かな、それでいてはっきりとした声。まるで私の存在そのものを拒絶されたかのような気がする。
「……ルーファウス様……」
縋るようにその名を呼ぶも、彼の表情は一つも変わらず、決してその意志を変えるつもりがないことを示していた。
仕方がないので出入り口で向き合うようにして立てば、彼はようやくその重い口を開いた。
「……フィオナ……君、妊娠してるの?」
「っ……」
いきなりの核心を突いた問い。
庭園でヘンリーとその兄の会話を聞いてしまったのだろう。元々妊娠については話すつもりだったが、こんな形で彼に知られるとは思ってもみなかった。
動揺する心を落ち着ける為に息を飲みこむも、喉がひりついてなかなか言葉が出てこない。仕方ないので小さく頷きを返すに留めた。
けれどそんな私に向けて、氷のような視線が突き刺さる。怖くて視線を合わせられずにいると、私の言葉を待たずして、彼が再び口を開いた。
「……それで?どうするつもりだった?……僕と付き合ったまま、他の男の子供でも生むつもりだったの?」
「ちがっ……私そんなつもりはっ」
「じゃあどういうつもりだったんだ!」
「っ……」
これまでの優しかったルーファウスとは一転、彼は怒りに声を荒げた。凄まじい剣幕。恐ろしさにまともに声も発せられない。
そんな私を軽蔑の眼差しで見下ろし、嘲るように口元を歪める。
「あの男と僕と、比べていたんだろう?天秤にかけてどっちがより自分にとって得かって。だけどアイツの子供を妊娠してたから急に焦ったわけだ。僕とはそういうことしてないもんな?……はっ!本当に馬鹿みたいだ!」
吐き捨てる様に言うと、彼は視線を私から逸らし鋭く地面を見据える。拳を強く握りしめ、過去の自分の行いを悔いるかのように。
「……いや、僕が馬鹿だったんだな。うっかり君みたいな女に声なんかかけて…………危うく他の男の子供をつかまされそうになってたってのに………」
「ちがう……この子は貴方の……」
「やめろっ!!そんなデタラメが通用するとでも思っているのか!!」
──ダンッ!!──
「ひっ……!」
怒りが頂点に達したのか、彼が壁を思い切り殴る。騎士である彼がその力を存分に振るえば、私などひとたまりもないだろう。改めてそのことに思い至り、恐怖に体が震える。
ルーファウスは殴りつけた拳を再び握りしめ、それを自分の胸に押し付けた。苦し気で、どこか怒りを抑えようとするかのように歯を食いしばっている。
「君のこと、信じてた……信じられると思ったから、この想いを伝えたのに………受け入れてくれて嬉しかったのに……本当に馬鹿みたいだ………」
最後の方は消え入りそうなほど、小さな声だった。激しい怒りは悲しみに代わり、そして諦めへと昇華していく。
「君がそんな女だとは思わなかった…………二度と僕の前に現れないでくれ」
どこまでも冷たい眼差し。いつも優しい笑みを湛えていたはずのその瞳に、今は欠片も愛情が残っていないのがわかる。
誤解だと真っすぐに彼にぶつけられたら、どれだけよかっただろう?
けれどもう、私の言葉は彼に届かない。軽蔑と諦めの入り混じったその視線の先にいるのは、裏切り者の愚かな女でしかないのだから。
背を向けた彼が、通りの向こうに消えていく。それを呆然と見つめていた。
呼び止める勇気はない……例え呼び止めたとしても、彼が振り返ることはないだろう……私達の間にあった儚い絆は既に断たれてしまったのだから。
まるで心に大きな穴が開いたよう──けれどそれを埋める術を知らない私は、ただただ溢れる涙を、それが落ちていく先の地面を見つめることしかできなくて──
「……うぅ………ぁぁあぁぁぁっ」
失ったものの大きさに漏らした嗚咽は、彼に届くことなく虚しく一人の部屋に響いたのだった────