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15話 誘われた庭園での朝食


 翌日、早朝にも関わらず私の家を訪ねてきたのは、昨日私を家まで送ってくれたヘンリーだった。



「フィオナ、おはよ」


「ヘンリー……」


「朝飯食いにいこうぜ」



 そう言ってにかっと笑うヘンリー。意気消沈している私を元気づけようとしているのだろう。断る暇もなく、強引に外出の予定を入れられてしまった。


 そうして出かける準備をしてヘンリーと二人連れ立っていけば、ついたのは以前ルーファウスと一緒に来たことのある店の前だった。



「ここで朝食を食べるの?」


「いや、店舗の方じゃなくてこっち」



 そう言って手招きされて行ったのは店の裏側の方。どうやら店舗と繋がった住居部分のようだ。


 戸惑いながらもついていくと、裏口の扉が突然開き、中から人が出てくる。



「あ、ほんとに来た。ヘンリーあんたも隅に置けないね」


「うっせーよ!そんなんはいいからできてんだろ?」


「ハイハイ、ご要望の品はちゃんと用意してるから」


「?」



 店の人とヘンリーとのやり取りを呆然と見ていれば、包みに入ったものをいくつか手渡される。どうやらそれが朝食のようだ。



「せっかくだし庭園の方で食べようぜ。この時間ならすいてるし」


「あ、うん」



 訳も分からず促されるままにヘンリーについてく。目指す場所は、王都の中心にあって庶民にも一般開放されている庭園だ。


 朝のまだ早い時間ということもあって、庭園の中は人がまばらだった。それでも同じように手持ちの朝食をもって時間を潰す人もいるようだ。



「早速食べようぜ。色々入ってるから」


「ありがとう、いただきます」



 ベンチの一つに腰かけて朝食を広げれば、そこには多種多様の食べ物が入っていた。それを見ただけでお腹がぐぅとなってしまいそうだ。



「あっと、先に言っとくけど、無理そうなやつは食べなくていいからな。匂いとかダメなやつも避けるし」


「あ……」



 私が手を付ける前にそう言って注意を促すヘンリー。彼は昨日一緒に医局へと行ったから、私がどういう理由で具合が悪くなったのか知っているのだ。



「……ごめんね。こんなことまでしてもらって……」


「あー、俺が勝手にしただけだから気にすんなよ。結局昨日の昼からなんも食べてないんだろ?でも昨日のあれ、初めてみたいだったし、何食べれるか自分でもわからないかと思ってさ」


「うん……ありがと。また具合が悪くなって一人だったら、何も食べずにいたかもしれないから、助かった」


「あぁ。つわりって場合によっては相当キツイらしいからな。そんでこのメニューってわけ。あの店、俺の母親の知り合いがやってて、妊婦向けのメニューとかも出してんだよ。まぁ知る人ぞ知るってやつなんだが、昨日あの後、店に行って頼んでおいたんだ。必要になるかと思ってさ」


「そうなんだ」



 そんなことまでしてもらっているとは思わず、手元の料理を感慨深く見つめる。使われている食材や調理法が様々で、どれが私に合っているか見極める為にもそうしてくれているのだろう。その心遣いに胸が温かくなる。


 一つ一つを確かめながら手を付ければ、無事にいくつかの料理を平らげることができた。


 食後のお茶を飲み、一息ついたところでヘンリーが言いにくそうに声をかけてきた。



「あのさ……こんなこと聞いていいかわかんないけど、やっぱ相手って昨日のアイツ?」


「……」



 ヘンリーの問いかけに頷くのが躊躇われる。ただ彼の中では既に確信しているようで、お腹の子供の父親がルーファウスである前提で話し始める。



「……なんか色々複雑そうだから昨日はつっこんで聞かなかったけどさ………フィオナ、お前大丈夫か?無理してないか?」



 肩に手を置き、心配そうに顔を覗き込むヘンリー。学生時代の彼も、こんな風にして両親を亡くした私を心配してくれたことがある。思わず弱気な自分が出てしまいそうになるも、グッと堪えて笑顔を作る。



「……うん、大丈夫。無理はしてないよ……わかってたことだし」


「……フィオナの大丈夫っていまいち信用ならないんだよな……なんにせよお前ひとりの身体じゃないんだから、無理するなよ?俺も王都に戻ってきたばっかだけど、元々こっちが地元だし、子供のことも力になれると思うから」


「……ありがとう」



 実際に頼るかどうかは別としても、そう言ってくれる友人がいてくれるだけで心強い。だがヘンリーはまだ心配そうに言葉を募る。



「あー、こう言っちゃなんだけどさ。一応、俺の実家も貴族の端くれみたいなもんだから、いざって時は相談してくれ。まぁ、あっちのがよっぽど位が高そうだけどさ。お前一人でどうこう悩んでも解決できないと思うし」



 そう言ってヘンリーは気まずそうに頬を掻く。詳しい事情を知らせなくとも、ルーファウスが貴族なのは一目瞭然だったのだろう。そして私の家庭事情もよく知る彼は、二人の身分違いの関係を危惧しているのだ。



「……やっぱりそういうことも考えないとだよね……」


「……アイツはこのこと知らないのか?てか話すつもりはあるのか?」


「……まだ話せていないの……でも、話すつもりではいるよ」


「そっか……けどどうかな……アイツってフィオナに自分がどういう立場の人間か、話していないんだろう?下手したら変なことに巻き込まれかねないぞ?」


「……どういうこと?」



 ヘンリーが難しい顔をして言うので、私は俯けていた顔を上げて問いただした。



「……もしアイツの家が後継で揉めてたりなんかしたら、子供が危険に晒されるかもしれない。それにアイツ自身が子供を持つことに反対するかもしれない。そういうのは二人の問題だと思うけど、どうしたって平民で女のフィオナの方が立場が弱くなる」


「……それは……」


「だから本当にアイツのことが信用できるかどうか、よく見極めてからの方が良いと思うんだ。そうでなければ傷つくだけでなく、フィオナの身が危なくなるかもしれないから……」



 ヘンリーは酷く言いづらそうに、けれどはっきりとそう言った。勿論、私もその危険性については考えた。けれどヘンリーほど深刻には考えていなかったのも事実だ。


 ルーファウスについて私が知っていることと言えば、どんな食べ物が好きかとか、どこの店をよく使うかとか、仕事のこんなところが大変だとか、そうしたことばかりだ。彼の家名も知らなければ、本当に貴族なのかどうかさえ知らない。家族構成や年齢すらも知らないことに思い至り、ヒュッと肝が冷える。



(私……彼のこと何にも知らない……これで本当に妊娠したことを話しても大丈夫なの……?)



 ルーファウスとの付き合いはとても楽しくて、彼が表面上の見える範囲の情報しか私に話していなかったことに気が付いていなかった。


 あの貴族女性に連れられて見た光景──ピシッとした貴族の豪華な衣装に身を包んだルーファウスは、彼が私に見せていない一面だ。きっとそうしたものが他にもたくさんあるのだろう。けれど彼はそれをいつか私に見せるつもりがあるのだろうか?教えるつもりがあるのだろうか?



(……どうしよう……怖い……もしこの子を堕ろせって言われたら私……)



 途端に凄まじい恐怖に襲われ、思わず口を手で塞ぐ。うずくまるようにして体を丸めれば、ヘンリーが慌てたように私の顔を覗き込んだ。



「フィオナ!大丈夫か?ごめんっ……俺が変な話をしたばっかりに……」


「ちが……違うの……私……」



 焦るヘンリーに、彼のせいではないと言おうとしたその時──



「ヘンリー!」



 大きく彼の名を呼ぶ声がした。


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