14話 言葉にできない
──コンコン──
「……ん……」
遠慮がちに叩かれるその物音に、私は目を覚ました。外はまだ暗い。あれからどれだけの時間が経ったかわからないけど、夜はまだ明けていないようだった。
──コンコンコン──
その音が自分の家の扉を叩く音だと気が付き、ハッとして起き上がる。普通ならこんな時間の来訪者など、恐ろしいだけだが、今はそれが誰であるかなんとなくわかった。
急いで玄関へ行き、一応相手を誰何する。
「……どなた?」
「よかった……フィオナ…………ごめん、こんな時間に…………」
「……ルーファウス様……」
思っていた通りの相手に安堵の息を漏らす。そして扉を開けて彼を招き入れた。
「……今日は夜番だったから、もう夜も遅いのわかってたんだけど……どうしてもフィオナの様子が気になって……」
「そんな……疲れているのにごめんなさい………」
「いや、寧ろ気になって眠れなかっただろうから。こっちこそ遅くにごめん……寝てた?」
「あ、うん……帰ってすぐに寝てしまってたみたいで……さっき起きたんです」
「そっか……」
「あの、お茶入れますね」
「いや、フィオナは座ってて。僕がやるから」
「でも……」
「昼間僕が言った言葉覚えてる?こんな時ほど頼ってほしいっていうの」
「あ……すみません……ありがとうございます」
「うん」
私の身体を気遣ってお茶を入れる為に台所へと向かうルーファウス。
昼間は彼にどのようにして妊娠を告げようかあれだけ悩んでいたのに、今はそのいつも通りの優しさに安堵する自分がいる。
「あの、薬局で配達を手伝ってくださったと聞きました」
「あぁ、巡回のついでもあったから。でも結構時間がかかっちゃったから、結局迎えも間に合わなくなっちゃって、逆に申し訳なかったかな」
「そんなこと………!そんなことないです……本当にありがとうございました。広場ではちゃんとお礼を言えてなくて、帰る道のりで会えたらお礼を言おうと思ってたので…………だから会いに来てくださってすごく嬉しくて…………」
「っ……そう言ってもらえると、僕も嬉しい。心配で、とても会いたかったから……」
互いに会いたかった気持ちを伝えあえば、幾分か心の平安を取り戻すことができた。それでもルーファウスの心底安堵した様子に、どれだけ彼に心配をかけたかがわかって胸が痛んだ。
「それで医者はなんて?診断受けたんだろう?」
「あ………」
心の準備ができない内にいきなり核心を突かれ、思わず口を噤む。何度か話そうと口を開くも、どうしても妊娠のその一言が告げられなかった。
「……僕に伝えらえないような病気?……フィオナ……」
縋るように手を取られ見つめられれば、嘘でも彼を安心させなければと思ってしまう。そんな私の口からついて出たのは、その場しのぎの偽りの言葉だった。
「あ……ちょっと寝不足とか疲れが溜まっていたみたいで…………なんか情けなくて言いづらくて…………」
「そっか……仕事いつも頑張っているもんな。無理しないで」
「……はい」
「それなら余計に明日はゆっくり休んでないとな。元々休みだったはずだけど、予定あるんだろう?体が辛いなら、家で寝てた方がいいんじゃないかな?」
「そ、そうですね……」
私を心配してそう言ってくれたのだろうけど、予定があるというのは真っ赤な嘘だ。元々ルーファウスと休みが合う日だったので一緒に出掛けるつもりで空けておいたのだけど、彼と距離を置くことに決めてそう嘘を吐いて約束を反故にしたのだ。
けれど彼はそんな私の嘘を知らない。ただ純粋に私の身体を心配してくれているのに……
「……ごめんなさい……」
「え?……そんな謝らなくていいよ。遠征前に二人でゆっくり会えないのは寂しいけど、帰ってきたらまた会えるからさ。それよりも今はフィオナの身体の方が大事だし」
「っ……」
どこまでも真っすぐに向けられる彼の誠実さ。それに何も答えられない私は、なんて愚かで卑怯な人間なのだろう。
唇を噛んで俯く私へ大きな手が伸びてきて、優しく頭を撫でられる。
結局私は真実を一つも告げることができないまま、彼が詰所へと帰るまで、与えられるその優しい時間に甘えたのだった。