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11話 変調


 ルーファウスにそれとなく店に来ないようにと伝えてから数日、彼は昼休憩の時間には来なくなった。それでも早番の日は夜道が危ないからと、家まで送ってくれていたが。


 そんな彼の誠実さに申し訳なさばかりが募っていたある日──



「あれ?フィオナ?」


「え──?」


「やっぱり!フィオナだ!」



 薬の配達に出ていた私に誰かが声をかけてきたと思えば、その人物はあっという間に人ごみを掻き分けて近くまでやって来る。すらりとしたその青年を見て、私はようやっと記憶を掘り起こすことができた。



「……もしかしてヘンリー?」


「そうそう、あの遅刻魔のヘンリーだよ。久しぶり!」



 にかっと笑って自分を指さし、学生時代のあだ名を告げられれば、鮮明に当時の記憶が蘇ってくる。ヘンリーは私が学園に通っていた時の同級生だった。



「王都の薬局に勤めたって聞いてたけど……あ、今も仕事中だった?」


「あ、うん。配達に出てたんだけど、この辺のはさっき配り終えて。これから遅めの昼休憩なの」


「そうなんだ。あ、じゃあせっかくだからちょっと話さないか?俺も今から休憩でさ」



 ヘンリーからの誘いに逡巡する。曲がりなりにもルーファウスという恋人がいるのだ。いくら彼と距離を置こうと考えてはいても、不誠実なことはしたくない。



「でもまだ他の配達もあるし……」


「あ~、そんなに時間取らないよ。飯のついでにどうかなって思っただけでさ。時間とか気になるなら屋台でもいいし」


「あ、うん。それなら………」



 気を使ってそう言ってくれるヘンリーに、屋台の食事をつまみながらしゃべるくらいはいいかなと思い了承した。私自身、久しぶりに会った同級生と話したいと思ったから。


 近くの噴水広場へと共に行き、適当な屋台で軽食を買う。歩きながらも話すのは、卒業後の互いの仕事のことについてだ。



「地方の医局ってやっぱ大変でさ。人手は足りないわ、器具は古いわでもうてんてこ舞いの毎日だよ。患者さんも予約の時間に来ないし。誰も彼も時間にルーズなのが当たり前でさ」


「ふふっ、ヘンリーが言うとなんか可笑しいの。学生時代あんなに遅刻魔だったのに」


「それはさ!毎日毎日課題が多すぎるのがいけなかったんだよ!わかるだろ?同じ授業取ってたんだからさぁ!あの量毎日とか、鬼だろ……」


「ん~、まぁ確かにそうかも。でも寝坊して遅刻するほどではなかったかなぁ?」


「そりゃフィオナは夜遊びもしない優等生だったからな。俺みたいな悪~い学生じゃなかったし」


「ヘンリーは彼女がいたから、私生活も忙しかったもんね」


「そうそう、怖~い彼女がな。あんときゃ色々迷惑かけて悪かった!」


「ふふふ」



 思いもよらず学生時代の話に花を咲かせて、楽しいひと時を過ごす。学園で学んでいた時は、友達らしい友達はいなかったけど、ヘンリーとはよく話していた。


 彼は遅刻魔で有名で、授業に遅れることがしばしばあったのだが、その時取れなかった授業のノートを写させてほしいとよく頼まれていたのだ。ただ彼は時間にはルーズだったけれど、そうした頼み事に関してはきちんとしていて、ノートを映す代わりに私が苦手としている数学を教えてくれていた。


 当時、苦手分野の数学でもいい成績が取れていたのは、ヘンリーの影響が大きいだろう。それは今でも感謝している。


 ただし、その交換条件のせいでヘンリーの彼女にあらぬ誤解を与えて、ひと悶着あったのは今でも忘れられない思い出となってはいるが。



「……それにしてもこんな風に会って話せるとは思わなかったなー。フィオナって学生時代からガードすごく堅かったし」


「え?」


「さっき断られるかと思った、俺」


「えぇ?」



 確かに一緒に食事をするのはどうかと渋ったのは事実だ。だがそんな風に学生時代から思われていたとは知らず、思わず目を瞬く。



「今だから教えるけど、フィオナを狙ってた男子、すげぇ多かったんだぜ?俺、そういう奴らいっぱい蹴散らしてきたもん」


「はぁ……?どういうこと?」



 軽食のサンドイッチを口いっぱいにほおばりながらしゃべるヘンリーに、思わず訝し気な声が出てしまう。けれど彼は何でもないことのように話を続けた。



「普段図書館なんか使わない奴らがいっぱい来てたんだぜ~?フィオナは集中してて気づかなかったかもだけど、あいつ等チラチラとフィオナに声をかける隙をずっと伺ってたからな」


「……そうだったっけ?」



 言われてもあまりピンとはこない。当時は勉強するのに必死だったし、地方から出てきた田舎者の平民と周囲から揶揄されているのは知っていたから、無意識の内に目を背けていたのかもしれないが。



「ほらな~、それだよそれ!その無自覚さにどれだけの男子が撃沈していったことか!かくいう俺も彼女と別れた後、どれだけ辛酸を舐めさせられたことか……」


「え?彼女と別れちゃったの?!」


「って、そこからかよ!あの後とっくに別れたよ!」


「え~、そうだったんだ。知らなかった……あんなに熱烈だったのにね、二人とも。なんか彼女さんに申し訳ないことしちゃったなぁ……」


「あ~、ハイハイ、そうなるわけねぇ……やっぱフィオナにとって、俺ってばその程度の認識だったってことかぁ……はぁ」



 何故か落ち込んだ様子のヘンリーに首を傾げつつ、自分も買ってきた軽食を食べようと包みを開いた。お昼もだいぶ遅い時間だから空腹も限界まで来ていたのだが──



「っ……うっ……」


「……!?フィオナっ?」



 鼻腔を突き抜けた匂いに、突如として気持ち悪さがこみあげてくる。胃の中から突き上げてくるものを抑えきれず、思わず手を口にやる。持っていた軽食は無残に地面へと散らばり、驚いたヘンリーがこちらを振り向いた。



「っ……っ…………」


「大丈夫か?!気持ち悪いのか?!」



 ヘンリーの問いかけに言葉で返すことができず、口を手で押さえたままこくこくと首を上下に振る。そんな態度に更に心配したのかヘンリーが座っていた隣から私の前へと回り込み、膝をついて顔を覗き込んでくる。そして私の額に手を当てて呟いた。



「顔色が酷い……だが熱はなさそうだな……暫く休んで落ち着いてから、医局に行こう。ちゃんと診察した方がいい」



 ヘンリーのその言葉に目を伏せて応えようとしたその時──



「……貴様、何をしている?」



 頭上から降ってきた低く冷たい声音。驚きにヘンリーと二人、見上げれば、そこには騎士服を身にまとったルーファウスが険しい目つきをして立っていた。



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