10話 不協和音
「フィオナ、今度の休みの予定だけど──」
「ごめんなさい。お休みの日はちょっと別の予定があって……」
「そっか。うん、じゃあまた今度……」
昼休憩の僅かな時間を使って薬局まで会いに来てくれたルーファウスに、私は嘘を吐いて彼との予定を入れないようにした。残念そうに肩を落とす彼に心がつきりと痛むが、あの日、見せつけられた光景が頭から離れない。
(……私が断ったから、今度はあの人と約束するのかな……)
まるで物語のお姫様と王子様のようだった二人。貴族同士の二人が見せる華やかな世界は、本来であれば平民である自分が垣間見ることさえ許されないものだったのだろう。
優雅な隙の無い所作で女性の手へと口づけをしていたルーファウスは、これまで一度も見たことがないような姿をしていた。
確かに彼の見た目は王子様のようだ。でもそんな見た目に反して、彼はとても気さくで親しみがもてて、ほんの少し強引なところもあって。まるで平民である私に対して、近づいても大丈夫だよと、そう言ってもらえているような気がしてたのに。
あの日私が見たルーファウスは、全然違う人だった。一切の隙が無い、明らかに高位の貴族。
まるで住む世界が違う…………絶望的なほどに──そう思った。
これまで一緒に過ごしてきて、その存在を近くに感じていたのは、ただの幻に過ぎなかった。彼と私の世界は、明確に隔絶されたものでしかなかったのだ。だから──
「あの……やっぱりこんな風にして仕事の合間に来てもらうの、申し訳ないです。お仕事の後もいつも送ってもらったりして……」
「……え?フィオナ……?」
「……もうすぐ遠征があると聞いてますし。あまり私にばかり関わっていると、大変かと思って………」
暗に距離を置きたいと伝えると、サッと彼の表情が曇った。
本当はこのままきっぱりと別れを告げればいいのだろうけど、彼の悲しむ顔を想像すると、中々その言葉が出てこない。それに私自身、少しでも長く彼と一緒にいたいと思ってしまう。
「そんなことは……」
「私、ルーファウス様の邪魔をしたくないんです…………騎士として立派に勤め上げている貴方の邪魔になっているんじゃないかと思うと………辛くて」
「っ……フィオナ………」
「……だからお仕事のある日は、お仕事を優先してください…………その、私の方も薬局のお仕事があるので………」
「っ……ごめん……そうだよな……確かに今のままじゃ君の仕事を邪魔しているか……」
そう言って小さく呟くルーファウスに、私は必死でその嘘がバレないようにと作り笑いを浮かべた。
本当はずっと一緒にいたい。迷惑なんて一つも思っていない。時間があればもっと共に過ごしたいと思っているのに。
「……またお休みが合えば、連絡しますね。お仕事頑張ってください」
「あぁ……ありがとう」
そう言ってまた一つ、嘘を重ねる。次の休みを過ぎれば、彼が遠征で暫く街から離れることを知っている。だから──
(……このまま、自然と離れていくのがいいのかもしれない……)
寂し気にこちらを振り返り店を出ていく彼を見ながら、私はそう思ったのだった。