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悪虐宰相の苦悩

うららかな午後のひと時だというのに。

さっきから一文字も進まない書類に見切りをつけて、ペンを置いた。


「ここまでは順調だったんだがな……」


執務室の中、ため息とともに情けなくぼやく。


アシュリーを捕らえて早二週間。

さすがに拷問のネタが尽きてきて、すっかり行き詰っていた。

若い女が喜ぶようなものなんて、仕事一筋でやってきた男にはもう思いつかないのだ。


「深刻なネタ切れですね」


応接用のテーブルで書類の精査をしていたロランが調子を合わせてくる。


「まったく……なんでこんなことに頭を悩ませなければならんのだ」


やることは山積みなのに、敵国の王女を喜ばせる方法を考えなくてはならないなんて。

今になって「同じ内容のグレードアップ禁止」なんて勝手な言い分を素直に聞くんじゃなかったと、心底後悔していた。


「だいたいなんで捕虜のクセにあいつがルールを決めてるんだ」

「今更ですね」


ぶつくさ文句を言うと、ロランがもっともな言葉を返してきた。

だが今聞きたいのは正論ではない。


「おまえも何かいい案を出せ」

「それはフェアじゃないですよ」


腹立ちまぎれに助言を求めるが、涼しい顔で断られてしまう。

宰相自らが拷問手段を考えろというアシュリーの言葉を尊重しているのだろう。

一体どっちの味方なんだこいつは。


「捕虜相手にフェアもクソもあるか」

「口が悪いですよ閣下」


ロランの言葉には面白がる響きがあって、真面目に取り合う気がなさそうだった。どうやら国家間の深刻な事態だという自覚がないらしい。

まああんなふざけた拷問ごっこをしていれば無理もない話だが。

諦めに似た気持ちでそんなことを思う。


「おまえ、あの女に肩入れし始めていないか」


ストレートに指摘すると、ロランは澄ました顔で肩を竦めた。

否定する気はないらしい。


「おまえもあの女も、事の重大さを理解しているとは思えんな」

「ですがここまでの情報でもかなり引き出せた方では? 普通の拷問ではこれだけの情報を引き出す前にアシュリー様の体力が尽きていたでしょうから」


確かにロランの言う通りだ。

捕縛当時、美容のためかアシュリーは不健康なほどに痩せていた。

女というものは美しさのためならなんでもする。過去に国内でもそういった事例は度々起こった。彼女たちは白い肌のためには毒入りの白粉を使うし、珍しい色のドレスなら体調を崩しても構わないときた。アシュリーもその類の女だったのだろう。

あの状態で拷問にかけていたら一週間も持たなかっただろう。

捕らえられてからは食事以外の娯楽がないせいもあってか、与えられた分きっちり食べている。そのおかげか、捕らえた時より少し肉付きが良くなったほどだ。

だからといって最初から本気で拷問する気はなかったし、あれだけの情報を持っているとも思っていなかったから、アシュリーからの提案は思いがけない幸運だった。

もっと情報があるのならいくらでもこの奇妙な拷問を続けていたいくらいだ。


「とはいえ、ギブアンドテイクのギブが思いつかないんだが……」


再びぼやいて背もたれに体重を預ける。


「カラプタリアは王女を捕えられてお葬式ムードらしいですよ」

「殺されるどころか肥えさせられているというのに」


ロランが苦笑しながら言うので、乾いた笑いが漏れてしまう。

解放した騎士二人は正確にアシュリーの現状を伝えてくれたようだ。

可哀想な王女様はアストラリスの悪逆宰相に囚われた、と。


「動くと思うか?」

「いいえ。やつらにそんな度胸はないでしょう」


ロランが冷静に言う。

俺も同意見だ。


先王の時代ならまだしも、今のカラプタリアは何もかもが中途半端で及び腰だ。

今回のことだって、娘を囚われて奮起するでもなく悲嘆に暮れるのみ。

あの王のままでは、カラプタリアから戦争を終わらせるためのアクションを起こすことはまずないと考えていいだろう。

だからこそこちらから仕掛けたいのだ。

あらゆる情報を集め、完膚なきまでに叩き潰し、二度と戦争など起こらぬように。

そのために、アシュリーの情報がことさら重要だった。


「とはいえ、何をしたら喜ぶのかもう見当もつかん」


困ったことに、ここのところアシュリーのことばかり考えている気がする。

さすがに仕事が手につかないとまではいかないが、ふとした瞬間アシュリーが拷問に陥落した瞬間の幸せそうな顔を思い出す。そして次はどんな手で笑わせてやろうと頭を悩ませてしまうのだ。


「まるで意中の女性を落とそうとしているみたいですね」


くすりとロランが笑う。揶揄を含んだ言い方だ。

有能な男だが、隙あらば上司で遊ぼうとするのはいただけない。


「ふん、ならデートにでも誘えばいいのか?」


ロランの言動にはもうすっかり慣れているため、動じずに冗談で返す。

がっかりするだろう。きっとこいつは慌てふためく俺の姿を想像していたはずだから。

そう思ったのに。

ロランは予想通りの表情にはならず、目をパチパチと瞬いたあとでこう言った。


「それ、名案です」

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