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悪虐宰相と強欲王女②

「……アストラリスの悪逆宰相ランドルフ・アーキンズ。拷問が大好きで自ら地下の拷問部屋に出向き、非道の限りを尽くすとか。情報を吐いても拷問の手を止めず、心ゆくまで罪人の血を浴び、歓喜の雄たけびを上げる変態さん、でしたかしら」


淀みなく並べ立てられ、顔が微かに引き攣った。

敵国の噂だからある程度の尾ヒレは覚悟していたが、まさかここまでとは。


「ひどい言われようですね」


ロランが小声で言う。

敵国の捕虜の手前、表情はほとんど変わらないが長い付き合いだから分かる。

これは笑いをこらえている時の顔だ。


「……まあいい。そう、それが俺だ」


言い分は色々とあったが、面倒なのでとりあえず肯定してみせる。

知っているのなら話が早い。


「まあ世の中にはいろんな性癖の方がいらっしゃいますからね。あまり気にせずともよろしいのではなくて?」


気の毒そうな顔でなぜかフォローのようなことを言われて頭を抱えたくなる。

やはりこの女、どこかズレている。


「俺の心配なんかより、自分の身を心配されたらいかがか、王女殿下」

「わたくし? なぜです?」


アシュリーが心底不思議そうに首を傾げる。

本当に分かっていないのだろうか。分かっていないフリでこちらをおちょくっているのではないか。

だんだんそんな気になってくる。

だが相手のペースに巻き込まれたらこちらの負けだ。


「これから貴様を拷問する。カラプタリアの国家機密を吐いてもらうためにな」


せいぜいいい声で鳴いてくれよ、と残忍な笑みを浮かべて言う。

壁の松明の揺れる炎が、恐怖をいい感じに煽ってくれるだろう。

噂の効果は絶大で、大抵の囚人はこれで心が折れてある程度従順になるものだ。


けれど。


「え、ヤです」


アシュリーは表情を変えずにごく軽い調子でそう言った。


「………………ヤです?」


一瞬何を言われたのか分からなくて、思わず聞き返してしまう。

ロランが後ろで小さく噴き出したあと、咳払いをした。誤魔化したつもりだろう。


「ええイヤですわ。わたくしの趣味ではありません」


趣味とか趣味じゃないとかの話ではないのだが。

予想外過ぎる反応に上手い返しが見つからない。


「それにわたくし、痛みにはとっても強いの。拷問なんてするだけ無駄ですわ」


どこか誇らしげにアシュリーが言う。


馬鹿げている。温室育ちのお姫様が痛みに強いなんて、せいぜい転んでも泣かないくらいのものだろう。

拷問でどれだけ悲惨なことをされるのか、そのお花畑みたいな頭では考えもつかないはずだ。


「どれだけ強いのか、この場で今すぐ試してやろうか」

「あら、痛みに強いだけで、痛いのが好きなわけではありませんの。そういうのは同好の士と楽しんでくださいまし」

「同好の士……」


凄んでみるが、アシュリーは一向に怯む様子を見せない。

それどころか、さっきからこちらの脅しがことごとく上滑りしている気がする。


こんな状況でなぜこうもこの女はマイペースでいられるのか。

強がっているにしても、なかなかボロを出さない。

だんだんと、このお姫様のご機嫌伺いのためにこちらが出向いている気分になってくる。


「だいたい、痛みと引き換えに情報を要求するなんてナンセンスです。このわたくしから国家機密を聞き出したいのなら、痛みではなくもっと別の拷問方法を考えてくださる?」


おまけに説教まで始める気らしい。

きっとカラプタリアでもこんな振る舞いなのだろう。

とても立場の弱い囚人の態度とは思えない。


「では、アシュリー様はどのような方法をお望みですか?」

「おいロラン」


初めて遭遇する種類の囚人にどう対応するべきか考えていると、それまでおとなしく控えていたロランがアシュリーに問いかけた。


「そうねぇ、なんの対価もなく提示された情報はそちらも信用できないでしょうから……」


そう言って人差し指を顎のあたりに当て、考え込むような仕草をする。


「そうだ、こういう拷問はいかが?」


それからパチンと両手を合わせ、会心の笑みで言う。


「わたくしをひとつ幸せにするごとに、ひとつ秘密をお話しするの。それでその幸せの大きさに応じて、提供する秘密の大きさも変えるんです」


どうかしら、とアシュリーがワクワクした顔で言う。

どうもこうも、頭のおかしなことを言っているとしか思えないのだが。

だんだんと頭痛がしてきて、俺は自分の眉間を揉みほぐしながら長いため息をついた。


「……それのどこが拷問だ」


罵倒したいのを堪えて静かに問う。ここで取り乱せば相手の思うツボだ。


「だって秘密を暴く方法が拷問なのでしょう? それが必ずしも痛みである必要はないと思うの」


まるでお茶会でもしているような軽やかな口調でアシュリーが言う。


「その秘密の真偽を私たちはどのように判断すればよろしいのでしょうか」


異次元の提案にクラクラしている俺をよそに、ロランが勝手に話を詰めていく。

どうやらこいつは話についていけているらしい。

柔軟性の高さは評価していたが、正直ここまでとは思っていなかった。


「あら、そんなの我が国に潜入させている密偵に確認させればいいのではなくて?」

「……なんだと?」


さらりと言われてぴくっと眉が跳ねる。


「城内でそれらしい方を三人ほど見ましたわ。他にもまだいるのでしょうけど」


アシュリーは淑やかな笑みを浮かべたまま、当てずっぽうではない証拠にメイドと馬丁と下男の容貌を並べた。


「ほう……」


目を細めて素直に感心する。

その三人には確かに心当たりがあった。

定時報告の際、彼らは一度も怪しまれたことはないと言っていたが、アシュリーには見抜かれていたらしい。

どうやらただのワガママ娘ではないようだ。


「周囲に警戒されず上手く潜り込めているようですが、下働きばかりですわね。それでは重大情報などほとんど入手できないのではなくて?」


勝ち誇ったように言ってアシュリーが目を細める。

悔しいが彼女の言う通りだ。

このご時世では他国出身の人間が簡単に国の中枢に潜り込めるわけもなく、もどかしい思いをしていた。

もしアシュリーのもたらす情報を確認するだけでよくなるなら、格段に成果は上がるだろう。


「ね、そうしましょ。それならわたくしはいい思いをできるし、あなた方にも利益がある。ギブアンドテイクといきましょうよ」


微かに興味をひかれたのに気づいたのか、アシュリーが勢いづいたように言う。


「いや待て、それだといまいちレートが分かりづらい。どの程度の幸福でどれくらいの秘密を話すのか。すべて貴様の主観次第だろう」


さっさと話を進めようとするアシュリーを慌てて止める。

この時点ですでにアシュリーのペースに乗せられているのだと、自覚もなく。


「んー、では最初はサービスで秘密を先払いいたします。その秘密が正しいと判断できたらわたくしから情報に見合う拷問を要求しましょう。それでだいたいの幸せレートは予想できるのではなくて?」


アシュリーが条件を提示する。

先にどの程度か測れるのであれば、それはなかなかの好条件に思えた。


「なるほど。その幸せレートに納得がいかなかった場合は交渉可能か?」

「善処いたしますわ」

「幸せレートってなんですかね……」


話し合いを進める二人を、冷静な表情で眺めながらロランが小さく呟く。


知るか。そんなの俺だって分からん。

だがそのレート次第で正確な内部情報が簡単にもらえるなら、この際なんだって構わない。

だいたい痛みで引き出せる情報だって、結局は確かめるまで真偽不明なのだ。

とにかく、物は試しだ。


「では早速、秘密を話してもらおうか」


その秘密が大した内容ではなかったり、要求される幸せとやらの内容が不相応だったりしたら、その時は躊躇なく本来の拷問に切り替えればいい。

それだけの話なのだから。


「そうですわね……ではこんな秘密はいかが?」


得たりとばかりにアシュリーが笑う。

とっておきの内緒話をする子供のように、無邪気な顔で。


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