王女の涙②
神妙な顔で向かい合い、両の手を緩く繋ぎ合わせる。
緊張しているのか、アシュリーはうつむいていた。
「……では始めるぞ」
静かな声に、アシュリーが小さく頷いた。
絡み合う指先に魔力を込めていくと、アシュリーの全身がほのかに発光し始めた。
できれば一瞬で治してやりたいが、魔法の性質上そう都合よくはいかないのが歯がゆい。
「ッ、……」
アシュリーが微かに息を詰めるのと同時に、ナイトドレスがジワジワと赤く染まっていく。
それは背中だけではなかった。
肩に、胸元に、腹に。
無数の赤い染みが広がっていき、まるで最初から赤いドレスを着ているかのようだった。
薄い布地では吸いきれなかった血がアシュリーの細い足を伝って落ちていく。
「……大丈夫か、アシュリー」
脳が焼き切れるほどの怒りを覚えながら、最大限に口調を和らげて問う。
「ええ、ご心配には及びません」
アシュリーが言う。薄く。貼り付けたような嘘の笑みで。
歴戦の兵士でも泣き叫ぶほど痛いはずなのに。
弱音の一つも言わず、血の気の引いた顔で笑うのが痛々しかった。
これまでどれだけ耐えてきたのだろう。
王妃に虐げられ、父に人身御供にされ、味方のいない王宮で。
「アシュリー」
その強がりを見ていられず、片手をほどいて青白い頬に触れる。
「ここにお前の涙を見て喜ぶ人間はいない」
静かに告げると、アシュリーが虚を突かれたように目を丸くした。
「……そう」
ポツリと心細そうな呟きが漏れる。
「そう、でしたわね」
言い終わった瞬間、くしゃりとアシュリーの顔が歪んだ。
みるみるうちに大粒の涙が溢れて、この数週間で張りを取り戻した頬を伝って落ちていく。
「うっ、ぅあっ……っ」
泣き方がもう分からないのだろう。
苦しげに喘ぎながら涙をこぼす姿に胸が詰まる。
拭ってやる気にはなれなかった。
これはアシュリーが耐え抜いた末にようやく流せた涙だから。
「……アシュリー」
たまらなくなって、傷口に触れないよう首筋に手を這わせ抱き寄せる。
「好きなだけ泣くといい」
祈るような気持ちでそう告げる。
呼応するように、アシュリーが子供みたいに大声をあげて泣き始めた。
「ぅえっ、っく、いたいっ、いたいよぉ……ひっ、どうして、お父さまぁ……どうして助けてくださらないの? どうしてっ、わたくしをおいていってしまったのっ、お母さまぁ」
縋り付くように俺の背をかき抱いて、アシュリーはしゃくりあげるように泣きながら今までずっと溜めていた感情を吐き出していく。
それは自分を虐げたカタリナへの恨み言ではなく、父への哀訴と亡き母への思慕ばかりだった。
もともと人を恨めるような人間ではなかっただろうに。
心優しい少女が、一人の女に歪められて自国を滅ぼしたいと思うほどになってしまった。
そうなるまでどれほど苦しんだのか。
なぜ彼女ばかりがひどい目に遭うのだろう。
なぜ自分は彼女を救うことができなかったのだろう。
無意識にか、アシュリーの爪が背中に突き立てられる。
痛みに耐えるためだろう。
やめさせる気はなかった。
少しでもアシュリーが縋れる存在になれていることが嬉しかった。
心臓が引き絞られるように痛んでぎゅっと目を閉じる。
そうしてようやく治り始めたアシュリーの背を強く強く抱きしめた。
全ての傷が塞がった後も、アシュリーは声が枯れるまで泣いた。
やがて泣き疲れて、腕の中で眠りに落ちるまでそれは続いた。
優しく彼女の身体を抱き上げ、涙で赤く腫れたまぶたにそっと口付けた。
腹の底ではマグマのような怒りが渦巻いていた。




