確認と決意
執務室の扉が閉まるのと同時に振り返る。
「確認したいことがある」
椅子に座る間もなく切り出すと、机の向こうに立つジゼルの肩が跳ねた。
「閣下、お顔が恐いですよ」
「……すまん」
ロランに言われて慌てて表情を緩める。
確かにこれではジゼルを叱責でもするようだ。
眉間のシワを揉みほぐすと、ジゼルが安堵したようにほっと息き吐き出した。
「その、確認とは、何についてでしょう」
「アシュリーの身体に傷はあったか」
単刀直入に問えば、ジゼルが息を呑んだ。
それから少し迷うように俺たちの表情を窺ってから、おずおずと頷いた。
「……あります。外から見えない場所に、たくさん」
「っ、なぜ報告しなかった」
つい責めるような口調になってしまうのを必死に堪える。
配属初日の風呂のあと、ジゼルが何か言いたげな視線を向けていたのはこれだったのか。
そんなことに今更気付く。
そういえばメイド長がジゼルは有能だが融通が利かないところがあると言っていたか。
なるほど、監視と世話だけを命じたから、元々身体についていた傷については報告しなかったのだろう。
こんなことなら、あの時無理にでも聞き出しておけばよかったと後悔するが、何もかも今更だ。
「アシュリー様が閣下はご存知だと仰っていて……その、『わたくしに被虐趣味があるから普通の拷問をしてくださらないの』、と」
言いづらそうに視線を外しながらジゼルが言う。
その言葉を聞いて思わず頭を抱えてしまう。
そんな場合ではないというのに、ロランが小さく噴き出した。
ある意味でアシュリーらしい切り抜け方といえた。
「実際、アシュリー様の待遇は普通の虜囚に対するものとは思えませんでしたので……」
こちらの反応を見て、自分の対応がまずかったと気づいたのかジゼルが申し訳なさそうに言う。
そうか、奇抜な拷問方法を採用したせいでジゼルはアシュリーの言葉を信じてしまったのか。
ならば責任はそれに乗ってしまった自分にもある。
「マゾヒストにとって拷問はご褒美ってことですか」
苦り切った顔でロランが言う。
笑えない冗談だ。
彼女はどんな気持ちでそれを口にしたのだろうか。
顔を見たこともない王妃カタリナの高笑いが耳の奥で響いた気がして、ギリリと奥歯を噛み締めた。
拷問は趣味ではないが、縊り殺してやりたいと強く思う。
だがそれ以上に、アシュリーを全てのものから守りたいという気持ちが溢れて止まらなかった。
今はカタリナへの憤怒より優先しなければならないものがある。
「……やはりさっきのは嘘などではなかったのだな」
「嘘だなんて最初から信じていなかったくせに」
「うるさい」
ため息交じりにロランが言うのを黙らせる。
アシュリーの話が真実なら、彼女に帰る場所はない。
もしこのまま彼女をカラプタリアに戻せば、売国奴として今度こそ王妃に殺されるだろう。
それこそが「死にたい」と吐露したアシュリーの目的なのかもしれないが。
彼女は国を滅ぼすためと言ったが、本当は王妃に大義名分を与えるために情報を安く敵国に売り渡したのではないか。
そうと知れれば王妃は国民の王女への憎悪がもっとも高まるよう印象操作をして、公開処刑にでもするだろう。
そうしてアシュリーは、ようやく死ねると笑いながら死んでいくつもりなのだ。
そんなこと、黙って見過ごせるはずもない。
この真実を売り渡した代償に、あの拷問を選んだというのなら尚更だ。
「……ジゼル、寝支度を終えたらアシュリーを俺の私室まで連れてこい」
「かしこまりました」
聞きたいことは山ほどあっただろうに、疑問を差し挟まずジゼルが迅速に執務室を出ていった。
「どうなさるおつもりですか」
ロランが真剣な顔で尋ねる。
「決まっている」
眉間に深いシワを刻んで答える。
「国を道連れに自殺を企む愚かな悪女を懲らしめてやらねば」
そうして執務室を出て、王宮内の自室へと向かった。




