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【完結】囚われの王女は敵国の宰相にしあわせを所望する。  作者: 当麻リコ


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捕虜による拷問④

「俺の治癒魔法は特殊でな。傷を癒やすのとは違うんだ」

「違う? でも、あっという間に治りましたわよね。わたくしの火傷はすっかり元通りです」

「そう、元通りにするんだ」


アシュリーの疑問に頷く。

俺の魔法は厳密に言えば治癒魔法ではなく、傷口の時間を戻す、いわば時間魔法の分類だ。

治癒魔法よりもさらに希少な魔法で、前例が少ないせいでロクに資料も残されていない。

大昔には偉大な魔法使いが過去に遡ったなんて話もあるが、眉唾物だ。


「時間魔法なんて実在するのですね……」


アシュリーが感心したような呆けたような表情で言う。


「秘密ですよ?」


ロランが人差し指を口元に当てて真面目な顔で言う。

ジゼルがそれにつられたように自分の口元を手のひらで覆って息を呑んだ。


「拷問されても喋らないと誓いますわ」

「いや拷問されるくらいなら喋っていい」


覚悟を決めた顔で頷くアシュリーに苦笑する。

自分から言い回る気はないが、誰かを犠牲にしてまで隠したいものでもない。

他国に知られたら狙われるかもしれない能力だが、一国の宰相を拉致するような輩もそうそういないだろう。


「それに俺に使える時間魔法は、傷口だけに限定された半端なものだしな」


砲撃で崩れた建物や、戦闘で摩耗した武器の修復はできない。

だが戦時下では、それだけで十分だった。

通常、長期の戦闘で裂けた傷口は歪んだ形で癒着して自然治癒してしまう。そのせいで皮膚が引き攣れ、傷痕自体が痛むなんてことがままある。

あるいは骨折して正しい処置ができなかった骨が、変形したままくっついてしまい、スムーズな動きが抑制されてしまう。

そうなると、戦場復帰どころか日常生活すら不自由になるだろう。


治癒魔法でそういう傷を治すのは不可能だ。せいぜい塞がりきっていない傷口を完全に塞ぐ程度で、元には戻せない。

だが俺の魔法はそれらの治癒を可能にした。


「ただ、これがなかなか厄介な魔法でな」

「ええ、一筋縄ではいかないんですよ」


ため息交じりに言う俺の横で、ロランが難しい顔で同調の頷きを見せる。

便利な魔法ではあるが、簡単ではないのだ。

いや、魔法の使用自体は適性のある俺にとっては造作もないことなのだが。


「時間魔法での治癒の過程はこうだ。まず、塞がりかけた傷口が塞がる前の状態まで開く。あるいは曲がったまま固着した骨が折れた状態に戻る。そこからようやく怪我をしていなかった状態に戻っていく。だから腕がちぎれても、ちぎれた腕さえあれば腐っていても元に戻る」

「まあ……」


アシュリーは感心したように目を丸くした。

ちぎれた腕を想像して気分が悪くなったのか、ジゼルは青い顔をしている。


「だがその過程で、怪我を負ったのと同じ痛みも蘇る」


そこがこの魔法の難点だ。

痕が残るほどの傷なんて重傷なものばかりなので、その過程で歴戦の兵士たちが治療中に痛みで泣き叫ぶ。

戦闘中は興奮状態で大して感じていなかった痛みを、安全な場所で改めて受けることになるのだ。

止まっていた血も噴き出すし、一瞬で治るわけでもないから痛みも長引く。

おかげで病室内は阿鼻叫喚だった。


「その声が外に漏れていたのだろう。恐怖に慄いた捕虜たちが窓から中を覗き込んだらしい」

「そこから見えた光景はまるで地獄絵図のようだった、と」


俺の言葉を継ぐように、アシュリーが嘆息交じりに言った。


「しかも泣き叫ぶ兵士たちを見て高笑いする大男ですからね。悪魔に見えても仕方ありません」


その続きをロランが付け足す。

当時から俺の補佐的立場で、その時もその場に立ち会っていた彼だからこその実感のこもったセリフだ。


「笑ってたんですの……?」


眉間にシワを寄せてアシュリーが問う。


「そりゃ……大怪我を負ってでも生きて帰ってきてくれたのだから嬉しいだろう」


決まり悪い顔で言う。

重傷の兵士たちを前に、褒められた態度ではないという自覚はあった。


「度重なる睡眠不足で少しおかしくなってましたしね」

「神経が昂っていたんだ」


ダメ押しされて、言い訳は諦めロランの言を肯定する。

感情のタガが外れていたのだと思う。


「おかげでアストラリス宰相は残虐な行為が大好きで、戦場復帰できない負傷兵を魔法の実験台にするサイコパスという噂が流れた」


こうして悪逆非道な拷問大好き宰相が生まれたのだ。


痛めつけた時の反応を気に入られれば情報を吐いた後でも拷問される。だから拷問される前に吐いてしまった方がいい。国のためを思って口を噤めば、死ぬよりひどい目に遭わされるから。


噂はあっという間に尾ヒレがついて、すぐに手に負えないところまでいってしまった。

だがそれを訂正しなかったのは俺の意思だ。


「どうしてそのままにしてらっしゃるの?」

「恐れられている方が都合がいい。拷問なんかせずともベラベラ話してくれるしな」


アシュリーに問われて笑いながら答える。

おかげで大抵の捕虜や罪人はランドルフ・アーキンズの名を聞いただけで震え上がって洗いざらい吐いてくれるようになった。

拷問には手間も時間もかかるし、ちっとも楽しくない。やらずに済むならそれが一番だ。


「なるほど。そういうことだったのですね。おかしいと思ったのです」


ひととおり話し終えて、アシュリーが楽しそうにクスクスと笑い出す。

その表情は子供のようにあどけなく、自分の顔も緩んでいくのが分かった。

これでもう今後一切アシュリーに脅しの類は効かなくなるだろう。

だというのに、不思議と後悔はなかった。

第一、最初からアシュリーは怯えた様子もなかったのだけど。


「そんなに拷問好きに見えなかったか?」


初対面の時を思い出し、笑いながら問う。

こんなにも自分を恐れない人間は初めてだった。


「ええ。だって目を見れば分かりますもの」

「目を?」


アシュリーが笑う。

さっきまでの無邪気な笑みとは違う、どこか影のある表情で。


「そう。本当に人を痛めつけるのが大好きな人間というのは、目が違うんです」


だがそれは一瞬で、またすぐに楽し気な笑みに戻る。

だけどもうそれを気のせいだと見逃せるほど、アシュリーに無関心ではいられなかった。


「……違うとは、どんなふうに?」


それでもそのことに触れられずにいるのは、この日常を変えてしまうのが怖いからだ。

噂に似合わずずいぶん臆病なことだと自虐の念が胸の奥にある。


「例えばそうね……」


考えるように言ってから、アシュリーはロランを見て微笑んだ。

ロランは動じた様子もなく、無言で同じような微笑みを返した。


俺はアシュリーの洞察力に感心して「なるほど、目か」と心の中で呟いた。


ジゼルだけが言葉の続きを待って、キョロキョロと俺たち三人の顔を見比べていた。


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