捕虜による拷問①
「本日の拷問はソレですか……」
含みのある言い方をするロランをじろりと睨む。
王国祭から一週間。ようやく後処理も落ち着き、日常を取り戻しつつある日のことだ。
「何か文句でもあるのか」
「いいえ別に?」
薄く笑いながら言われて鼻白む。
全然「別に」という顔ではない。
ロランが何を言いたいのか、おおよそ見当がついている。
だがこれ以上突っ込まれたくないので、気づかないフリでアシュリーの部屋へと向かった。
もちろん目的は敵国の捕虜への拷問だ。
「ようこそ、お二方」
階段を上り扉を開けると、待ち構えていたようにアシュリーが余裕の笑みで出迎えた。
相変わらず立場をわきまえない態度にも、もう慣れた。
「ジゼル、お茶を淹れて差し上げて」
「かしこまりました、アシュリー様」
ジゼルも当然のようにアシュリーに傅いている。
その堂々たる振る舞いは、まるでこの監獄塔の主にでもなったかのようだ。
「どうぞお掛けになって?」
「捕虜が拷問官に許可を出すな」
「あら失礼」
一連の流れに思わずツッコミを入れると、アシュリーは悪びれた様子もなく上品に笑った。
「ではお言葉に甘えて失礼しますね、アシュリー様」
「おまえも捕虜にへりくだるな」
悪ノリするロランを窘めるが、こちらも笑うばかりだ。
お茶を淹れながらジゼルまで笑っている。
敵対国同士の交渉の場だという緊迫感はゼロだ。
「それで、今日はどんな拷問をご用意くださったの?」
ワクワクと期待に満ちた顔のアシュリーがわずかに身を乗り出す。
拷問を楽しみにする捕虜にも、捕虜に仕切られるのにも納得はいっていないが、それも今更だ。
「これだ」
急かされるような空気の中、有名ブランドのロゴが印刷された紙袋をテーブルに置く。
今日は自信があった。
「そっ、それは……!」
お茶を淹れ終わったジゼルの目が驚愕に見開かれた。
さすが我が国の女性だ。彼女はこれの価値を知っているらしい。
その反応に満足して、自然と唇の端が微かに上がる。
「なんですの!? 何か素晴らしいお菓子ですの!?」
滅多なことでは取り乱さないジゼルを見て期待値が一気に上がったのだろう。
アストラリスにどんな店があるかを知らないアシュリーが、興奮したように言う。
完全に食べ物の類だと思い込んでいるらしい。同種の拷問は禁止したくせに、食べ物関連には判定が甘い。これまでもおやつだのデザートだのと散々名目を変えて、別枠の拷問として許可されてきた。
食い意地の張ったやつだと呆れるが、残念ながら今日の拷問は食べ物ではない。
「お菓子ではありませんよアシュリー様。これは上流階級の女性に大人気の化粧品ブランドです!」
「お化粧品……?」
ジゼルの説明に、アシュリーの表情が一瞬で曇る。
俺の横で、ロランが「ほらね」と言わんばかりの澄ました顔でジゼルが淹れたお茶に口をつけた。
頬がひくりと引き攣る。
アシュリーはしかめっ面で紙袋の持ち手に指をかけ、ひょいと自分の方に引き寄せた。
それから中身をテーブルの上にひとつずつ出していく。
いくつもの細々としたケースが並べられていくのを、ジゼルが食い入るように見つめている。
凝った意匠が施されたそれらは、見た目も人気が高いらしく、中身を使い切った後も捨てずにとっておく女性が多いのだそうだ。
男の俺にはよく分からないが、ジゼルが憧れの眼差しを一心に注いでいるのを見るに、女性の心をくすぐる何かがあるのだろう。
「どうだ、喋る気になったか」
気を取り直して余裕の態度で問うと、アシュリーが渋い顔を向けてきた。
「……現王妃は国王の後妻」
心底興味のなさそうな表情でそれだけ言って、化粧品の山をジゼルの方に押しやった。
「え!?」
「あなたにあげるわジゼル。いつもよくしてくれるお礼よ」
「よろしいんですか!?」
「もちろん」
目を白黒させながら問うジゼルに、アシュリーがにっこりと笑う。
「あっ、ありがとうございます……!」
ジゼルが涙目になって礼を言う。
高位貴族でもなかなか手に入らない代物だ。王宮勤めとはいえ、メイドには手が出せないはずだ。
大喜びするジゼルとは反対に、アシュリーはなんとも白けた顔をしている。
どうやら今日の拷問はまったく響かなかったらしい。
「おい、まさかそれで終わるつもりか?」
本日はもう終了とばかりにつまらなそうな顔のアシュリーに焦る。
「そんな情報とっくに知っている。別の情報をよこせ。それとジゼルへの礼だというなら拷問品を横流しするな」
喜色を滲ませるジゼルの前に化粧ブランドの紙袋を置いてやりながら、しょぼすぎる情報に文句を言う。
「拷問内容の選択を誤ったのはあなたです。納得がいかないというのならやり直しを要求しますわ」
「だがそれをジゼルにやったのだろう? なら拷問を受けたも同然だ」
「うぐっ」
負けじと言い返すと、アシュリーが珍しく悔しそうな顔になった。
「え、ではこちらはお返しします……」
それを見て、ジゼルがものすごく悲しそうな顔で化粧品一式をアシュリーの方に押し返す。
ジゼルもアストラリスの国民なら敵国民が情報を吐くよう協力すべきなのに、欲しいものを耐えてでもアシュリーが不利にならないようしたいらしい。
一体どうやってここまで懐柔したんだ。
もしかして、アシュリーから情報を引き出す役は俺じゃなくてジゼルの方が適任なのではないか。
そんなことを思いながら、隣で笑いを堪えているロランの足を踏みつけた。




