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【完結】囚われの王女は敵国の宰相にしあわせを所望する。  作者: 当麻リコ


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王国祭デート②

もったいつけるように、アシュリーがゆっくりと口を開く。


「――カラプタリアに魔法は存在しません」

「なんだと?」

「いえ、それは正確ではありませんわね」


思わず聞き返すと、彼女はクスリと笑った。


「十年くらい前かしら。カラプタリアでは庶民の魔法使用が禁じられたの。理由は貴族の権威を高めるためね」

「そんな話は……」

「密偵から聞いていない、と?」


思わず疑念の声を挟むと、アシュリーが先回りしておかしそうに目を細めた。


「そうね。表向きは国では禁じてないから。王城の密偵さんには分かりづらいかもしれませんね」


揶揄ではなく、同情的な表情でアシュリーが言う。

確かに王城に潜り込んだとはいえ下働きのポジションばかりでは、国の中枢に関わる情報を得るのは難しい。

国全体が大々的にやっているならまだしも、表立ってのことでないならなおさらだ。


「表向き……つまり、領主の裁量の範囲、ということか」


それなら密偵からの報告に上がらないのも頷ける。

密偵はここ一年の間に潜入させたものばかりだし、各領地の情報収集は彼らの仕事ではない。


「ええその通り。領主が勝手にしたことだから、国王は一切関与していない。それで通ってしまうのよ。全ての領が一斉に禁じ始めたというのにね」


舞台に並び観客に挨拶をしている劇団俳優たちに、拍手を送りながらアシュリーが嘲笑に似た表情を浮かべている。


「国王主催のパーティーでね。王妃がただこう言ったの。『魔法で力をつけた庶民がいつか反乱を起こしたら怖いわね』って。それだけで意を汲んだ貴族たちが、自主的に庶民から魔法を取り上げた。もちろんそれをしなかった領主は適当な理由をつけて挿げ替えられたわ」


馬鹿げた話よね、と彼女は嗤う。


「魔法使用者には重い刑罰が科され、それを恐れた庶民の間で魔法は急速に失われたわ。そして使えるのは貴族と、その血を引く一部の兵士だけになった」


さっきまでの興奮が嘘のように白けた表情のアシュリーが、舞台の幕引きと共に立ち上がる。

俺もそれに続き、次の目的地も決めずに並んで歩き始きながら話を続けた。


「ランドルフ様はカラプタリアの正確な軍事力をご存知?」

「少なくとも、前線の兵士たちは高度な魔法を使っていたはずだ」


不定期に繰り返される小競り合い。

この数年、発展し続けるアストラリスに水を差す煩わしい存在のカラプタリアの兵士たち。

まるで冷やかしのように、大したダメージもないのにそこそこの戦闘を繰り広げては退却していく。

真面目にやる気があるのかと問いたくはなるが、戦力の差は歴然と言えるほどに開いているとは思えない。


「前線の兵士だけはね。他の兵士は火矢すらまともに飛ばせない、ハリボテの軍隊なの」


皮肉気な口調でアシュリーが言う。


「なるほど。だからたまにちょっかいをかけるだけで本格的には仕掛けてこないのか」


ここ最近の妙な動きを思い出しながら眉を顰める。

本気で戦争を終わらせる気がないように見えたのも当然だ。戦局が動けば、カラプタリアの負けが決まってしまうから。


「ええその通り。馬鹿な政策のせいで、アストラリスと戦える戦力なんてとっくに尽きていますのよ」


攻めるなら今ですわ、とアシュリーが冗談ぽく唆してくる。

その軽口に、乗ってやることはできなかった。アシュリーの言葉をすぐには信じられなかったから。

もしこの情報が本当なら、アシュリーの言う通り今すぐにでもカラプタリアに攻め入って勝利を収めることができるだろう。

だがそうなればアシュリーは捕虜のまま故国を失うことになる。

いくら演劇の仕掛けに感動したからといって、その代償に話すにしては情報が大きすぎるのだ。


とうとう嘘を交ぜてこちらを破滅へと誘導し始めたか。

情報を信じて攻め行った途端、本当は魔法に特化した軍隊が待機していて、我々の軍を迎え撃つ気ではないか。


素の表情を見せ始めたなんてただの思い込みで、ずっとこちらを欺くための演技を続けているだけなのかもしれない。

その証拠に、今のアシュリーの表情は仄暗さを感じさせる危ういものだ。


「……その情報の真偽を確かめるのは時間がかかりそうだな」

「そうですわね」


疑念を滲ませて言う俺に、アシュリーは気分を害した様子もなくごく軽い調子でそう答えた。


「ねえ、次はあのお店を見たいわ!」


唐突に、アシュリーがはしゃいだ声を上げ派手な飾りつけの露店を指さす。

さっきまでの重い空気なんてまるでなかったみたいに。


「分かったから走るな」


今にも駆け出しそうな彼女を呆れた顔で宥める。

不自然さを指摘する気にはなれなかった。

だがはぐれないようについていきながらも、アシュリーの暗い表情が頭から離れなかった。


やはり彼女は嘘をついているのだろうか。

それとも、他に渡せる情報がもうあまり残っていないのか。


そう考えた瞬間、ガンと後頭部を殴られたような衝撃を受けた。

そんな当然のことを、今まで考えもしなかったことに気づいてしまった。

いいや違う。

最初のうちはロクな情報はないと思っていたから、むしろその後のことばかり考えていた。

それこそ温室育ちの王女の持つ情報なんてせいぜい一つ二つだろうと舐めてかかっていたから。

なけなしの情報でも、ないよりはマシだ。

それらを得たら適当な部屋に閉じ込めて、カラプタリアとの人質交渉がまとまるまで待てばよかった。


それなのに想定外にアシュリーの持つ情報が多く、おかしな交渉に乗せられて、逃げた騎士にアシュリーの所在だけ伝えさせて正式な人質交渉すらしていない。


アシュリーの隣に並んで歩きながら、アシュリーの横顔をジッと見る。


「どうかいたしました?」

「いや……」


視線に気づいたアシュリーが訝しげにこちらを見上げる。


アシュリーの持つ情報を全て白状させたあと、俺は彼女をどうするつもりだったのだろう。

もし情報が尽きたら。

きっと最初に考えていた通り、用済みとしてカラプタリアとの交渉に移る。

思いがけず重大な情報を得られたという幸運はあったが、それに見合うだけの対価は与えている。

あとは少しでもアストラリスに有利に終戦できるよう、最後までアシュリーを利用してやればいい。

それだけなのに。

これが終わったらアシュリーをカラプタリアに返さなくてはならないことが、惜しく思えてならなかった。

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