王国祭デート①
祭りの当日は、気持ちまで明るくなるような晴天だった。
残念なことに、午前中は仕事にかかりきりだった。
時計を見る余裕もなく慌ただしく時間が過ぎていき、あとのことをロランに引き継いでようやく解放される頃にはすでに太陽が頂点を過ぎていた。
「遅いですわよ!」
監獄塔に行くと、憤慨した様子で仁王立ちするアシュリーに出迎えられた。
「早く行かなくてはお祭りが終わってしまいます!」
じたんだを踏む勢いで責められて、思わずたじろぐ。
ジゼルが支度をしたのだろう。よく見れば髪も服も綺麗に整えられ、準備万端の態勢だった。
よほど祭りを楽しみにしていたらしい。
「落ち着け。祭りならむしろこれからが本番だ」
宥めるように言うと、アシュリーは「そうなんですの?」ときょとんとした顔で首を傾げた。
今言った通り、王国祭の前半はほとんどの国民にとっては退屈なものだ。
まず王城の前に国民が集い、バルコニーに姿を現した国王陛下のありがたい話を拝聴する。
それから収支報告だの今後の方針だの、日々を生きるので精一杯の庶民にとってはどうでもいい長話が俺たち文官によってなされるのだ。
それらが終わってから、ようやく国民たちにとってのお楽しみが始まる手筈となっていた。
「そんなの聞いていませんわ!」
アストラリス国民なら常識のそれを、カラプタリア人のアシュリーは知らない。
そのことを失念していたことに、ようやく思い至った。
「悪かった。説明不足だったな」
「まったく。楽しみすぎていつもより早く目覚めてワクワクし通しだったわたくしの午前を返してくださいまし」
「分かった分かった。その分を帳消しにするくらい楽しませてやるから」
子供みたいな怒り方をするアシュリーを苦笑しながら宥める。
「嘘でしたら今日の情報は無しですわよ」
駆け引きめいたことを言われてニヤリと笑う。
「いいやおまえは絶対に話したくなる。誓ってもいい」
「そ、そんなに素晴らしいものですの……?」
自信満々に言うと、アシュリーがキラキラと目を輝かせ始めた。
もう機嫌は直ったらしい。
「ああ。期待しておけ」
各国からの交易品や食べ物屋台が集まるだけの大市であのはしゃぎようだ。
その何百倍も予算を割いている王国祭に、アシュリーが喜ばないはずがない。
「まずは屋外演芸場に行くぞ」
時計は十四時を指している。
この時間なら、中央広場のステージで新進気鋭の劇団やら有名な大道芸人やらがあの手この手で祭りの客を楽しませているはずだ。
「楽しみですわ!」
「はしゃぎすぎて前みたいにコケるなよ」
素直に感情を見せるアシュリーに、つられて自然と笑顔になる。
彼女の前で恐ろしい宰相を演じるのはもうやめた。アシュリーにはまったく効果がなくて、急に馬鹿らしくなったのだ。
それにこの方がアシュリーの態度も柔らかくなる。
いまだ底知れなさの正体は分からない。
それでもこちらが自然体で振る舞った方が、アシュリーも素に近い表情を見せてくれている気がした。
◇◇◇
真っ青な空に、突如として暗雲が垂れ込め始める。
間髪入れず稲妻が光り、轟音とともに龍が姿を現した。
「きゃあぁ!」
隣に座っていたアシュリーが、悲鳴に似た歓声を上げながらしがみついてきて身体が固まる。
「すごいですわ! あれ一体どうなってますの!?」
こちらの動揺など気づきもせず、しがみついたままアシュリーが爛々と目を輝かせて言う。
「ぅあ、いやあれは、その」
興奮を隠しもせず全力で表現するのは微笑ましくていい。狙い通りに大喜びしているのも重畳だ。
だがアシュリーとの距離が近すぎて、柄にもなくうろたえてしまう。
してやったりという気持ちには、とてもではないがなれなかった。
しかもそうさせている張本人は舞台に夢中で、こちらの態度にはまったく気づいていない。
下手をしたらしがみついているものが敵国の宰相だということにすら気づいていないのかもしれなかった。
「龍なんて初めて見ましたわ! あれは本物ですの!? お天気まで変わるなんて!」
「……そんなわけないだろう」
ため息交じりにアシュリーの質問に答える。
あまりのはしゃぎっぷりに、自分だけが意識しているのが馬鹿らしくなって逆に冷静になってきた。
「あれは幻影魔法の一種だ。雲は水魔法の応用で、だから雨は舞台の上にしか降っていないだろう」
「ではあの雷鳴は?」
「雷はまんま雷魔法だな」
服を掴まれたままだということは一旦忘れることにして、矢継ぎ早に飛んでくる質問にいちいち答えてやる。そのたびにアシュリーが「まあ!」とか「そんなものが!?」とか、大袈裟なくらいに感嘆の声を上げるのが面白かった。
屋外に設置された円形の舞台の上では、役者たちが龍退治の勇者パーティーを演じている。
階段状に舞台を取り囲んだ客席から観客たちが声援を送っていて、我々の会話を気にする様子はない。
「素晴らしいですわね、アストラリスではこんな日常的に魔法を扱うんですの?」
「ああそうだ。この祭りは他国に権威を示す目的が大きいからな」
魔法技術の発展はアストラリスの最大の強みだ。
国の方針で、兵士だけではなく庶民にも教育を受けさせる試みがここ十数年で定着しつつある。
もちろん魔法を使う上での道徳的教育も同時に行い、法整備も抜かりはない。
変革当時はものすごく苦労した。
だがその甲斐あって王国祭は数年前とは比べ物にならないほど盛り上がっているし、他国からの観光客も大幅に増えている。
「人の命を奪う以外の使い方もあるのね……」
炎を噴き出す龍を食い入るように見つめながら、アシュリーが感じ入ったように呟く。
その口調は真剣で、何かを憂いているようにも聞こえた。
「ああっ! 危ない!」
「大丈夫だ。あの炎は龍と同じで幻影だ。役者に危険はない」
炎を浴びた役者を心配するアシュリーに、笑いながら説明してやる。
アシュリーは取り乱したことを恥じらうように頬を染め、「わたくしとしたことが」と唇をかみしめた。
彼女の表情はコロコロと変わっていって、舞台を見ているよりもよほど面白い。
舞台に夢中の王女様が自分に向けられる視線など気づく様子もないのをいいことに、しばらくその横顔を眺めていた。
物語は進み、勇者一行は無事に龍を打倒した。
空が晴れ渡るのと同時に凱旋の音楽が鳴り始め、客席から歓声が上がる。
音楽隊はいない。
舞台の上に紙吹雪が舞い、地面に積もることなく消えていく。
「あれもこれも全部魔法ですのね! お話も感動的ですし、素晴らしい催しでしたわ……!」
エンディングに向かう舞台から少しも目を逸らさずにアシュリーが感想を語る。
緊迫していた空気が緩み、俺の服を握り締めていたアシュリーの手が自然に離れていった。
「ご満足いただけたかな」
なぜかそれを少し寂しく思いながら虜囚に問う。
「もちろん大満足でしてよ! 予想の何万倍も楽しめましたわ!」
頬を紅潮させて、目を潤ませながらアシュリーが言う。
「カラプタリアにはこういう演出はないのか?」
「ええそうね……では今回の秘密はそれに関連することをお話ししましょうか」
素朴な疑問にアシュリーが笑う。
さっきまでの心底楽しそうな笑顔とは別の、真意の読めない笑みだった。
その笑顔は好きじゃない。だが敵国の情報を得る上でその感情は不必要だ。
彼女から秘密を聞き出す時は、拷問官に徹しなくてはならない。
「聞かせてもらおう」
居ずまいを正して身体をアシュリーに向ける。
舞台に送られる歓声は鳴り止まないままだというのに、ここだけまるで別空間のようだった。




