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【完結】囚われの王女は敵国の宰相にしあわせを所望する。  作者: 当麻リコ


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なにが真実か②

「お祭りの準備で忙しいのでしょう。宰相様がほぼすべてを取り仕切ってらっしゃるのだとか」


アシュリーの正面に腰掛けながら「大したことではない」と笑う。

確かに睡眠は足りていなかったが、強がりではない。

ここにくると、不思議とリラックスして疲れが取れる気がするのだ。


「先日の大市より大規模な市が立つのでしょう? あれより賑やかなんて信じられませんわ」

「カラプタリアにもあれくらいの催しはあるだろう。貴様も一国の王女なら少しくらい市井の催事を把握しておけ」


苦笑しながら言うと、アシュリーは曖昧な笑みを浮かべて「返す言葉もありませんわ」と殊勝なことを言った。

それからアシュリーは大市での思い出を嬉しそうに話し、祭りの想像に心を馳せるように目を細めた。


「宰相様がこんなに頑張っているのだもの。きっと素晴らしいお祭りになるのでしょうね」

「当たり前だ。せいぜい秘密を温めておくがいい」

「ふふ、そうね。なにをお話ししようかしら」


アシュリーのワクワクした顔を見ていると、仕事の疲れがまた少し軽くなった気がした。


「期待していてくださいな」

「ああ。もはやカラプタリアの情報を得るための王国祭準備と言っても過言ではないからな」

「ふふ、ロラン様が言っていましたわ。あなたは平気で無茶をすると」


なにが楽しいのか、アシュリーがクスクス笑いながら言う。


「無茶など。少しは寝ている」


思わずムッとした顔で答えてしまう。

ここにいないロランの名前が出てきたことに、なんとなく面白くない気持ちになったのだ。


「そんなことより今日は拷問をしに来た。外に出るからすぐに準備しろ」


おもむろに話題を変え、ぶっきらぼうに言って立ち上がる。

不機嫌の原因は自分でもよく分からない。ただ大人げないことをしている自覚はあった。


「今からですの?」


急な指示に、慌ててアシュリーが立ち上がる。


「きゃっ」


その拍子に、沸いたばかりの湯が入ったケトルと茶器を運んできていたジゼルとぶつかった。

ガチャンと大きな音を立ててトレイが傾く。さかんに湯気が立ち上るケトルが、やけにゆっくりとアシュリーの腕に向かって倒れるのが見えた。


「アシュリー!」

「アシュリー様!!」


大量の熱湯がアシュリーにかかって、ジゼルが青い顔で悲鳴を上げる。


「あら大変。ジゼル、あなたにはかからなかった?」


対するアシュリーは、自分の腕に熱湯がかかったことに気づいてないみたいな顔でそんなことを言った。


「馬鹿者! 他人の心配をしている場合か!」


怒鳴るように言って大急ぎでアシュリーに近付く。


この状況は一体なんだ。

アシュリーの腕は真っ赤に爛れて、白く美しかった肌が見るも無残な状態なのに。

当の本人は眉一つ動かさず、呑気に粗相したメイドの心配をしている。

その異様な光景に、臨機応変に対応できるはずのジゼルが恐怖に近い顔で固まっていた。


「ジゼル、タオルを取ってこい。今すぐだ」

「はっ、はい!」


短く指示を出せば、反射のように返事をしてジゼルが部屋を飛び出していった。


「……ティーカップが割れてしまったわね。片付けなくては」


ジゼルがいなくなったあとの部屋で、思い出したようにアシュリーが言う。

どこかズレた言葉に思わず眉根が寄った。


「そんなの放っておけ」

「でも」

「いいから腕を見せろアシュリー」

「え? ああ、どうぞ」


急かすように言うと、アシュリーはキョトンとした顔で腕を差し出した。

その腕に、手をかざし魔力を込めた。

すぐにアシュリーの腕がほのかな光を帯び始める。


「……驚いた。あなた治癒魔法が使えるのね」


徐々に火傷が治り始めたのを見て、やはり呑気な顔でアシュリーがそんなことを言う。


「とても難しいのでしょう? アストラリスでは珍しくないの? カラプタリアではめったにお目にかかれないのよ」


治りきるまで痛みがなくなるわけでもないのに、アシュリーは他人事のように自分の腕を見ながらどうでもいい話をする。


「アシュリー」


どうしてだかそれを聞いていられなくて、遮るように名前を呼んだ。


「……初めて名前を呼んでくれましたわね」


そんな些細なことに、微かな笑みを浮かべる。

その微笑がとても空虚なものに見えた。


「……痛くないのか」

「最初に言ったでしょう、わたくし、痛みには強いの」


覚えている。

ここに囚われた最初の日に言っていた。

だけどあんなの、拷問から逃れるためのハッタリだと思っていたのだ。


「痛みに強いだけで、好きなわけではないとも言っていた。痛いんだろう」

「さあ、どうでしょう」


空虚な微笑のままでアシュリーが曖昧なことを言う。


「それより、わたくしも宰相様を名前でお呼びしてもいい?」


それからカラリと表情を変えて、場違いなほど明るい笑顔であからさまに話題を変える。

答える気はないという拒絶を感じて、らしくもなく怯んだ。

触れられたくないのだ。立ち入ることを許されていない。

そう感じて、胸の奥にチリチリと焦げつくような痛みが走る。


「……好きに呼ぶがいい」


ようやく完治した細い腕に、傷跡が残っていないことを確認するようにそっと触れながら頷く。


「では、ランドルフ様、と」


はにかむように俺の名を呼んで、微かに笑う。

その微笑みは嘘ではないと信じたかった。


「それで、ランドルフ様。今日はどのような拷問をしていただけるのかしら?」


そうしていつもの高慢な物言いでアシュリーが問う。

まるで何も起こらなかったみたいな顔で。

それ以上彼女のことを聞くことができなくて、綺麗に治った彼女の腕に触れたまま庭園の散策を提案した。



王宮の庭園で、アシュリーが咲き乱れた花を見て嬉しそうに笑う。

部屋の窓から少しだけ見えて、ずっと行ってみたいと思っていたのだと。

花に見入るその横顔は本当に幸せそうで、噂で聞く贅沢で我儘なお姫様にはとても見えなかった。


ずっと感じていた違和感だ。

もう見ないふりをするには無理があった。

アシュリーと長く居すぎたせいだろう。


ドレスやアクセサリーには目もくれず、身を飾るでもない花や豪華でもない温かい食事を喜ぶ。

高慢で高飛車かと思えば不満を抱くメイドを短期間で懐かせ、自分の身よりも先にそのメイドの心配をする。


いつも楽しそうに笑っているようで、すべてが演技なのではと疑わしくなる瞬間がある。

ロランやジゼルに心を許しているように見えて、そのほとんどが虚構のようにも思えてくる。


彼女は何を見て、なにを考えているのだろう。

ここに囚われるまで、どんな人生を過ごしていたのだろう。


聞いてみたかったけれど、拷問を受けてどんな秘密を白状するのかはアシュリーが決めることだ。

彼女が自ら話す気になるまで、俺が聞いても答えてはくれないのだろう。


それだけは分かっていた。

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