なにが真実か①
「ずいぶんと楽しかったようですね?」
決裁書類を次々渡しながら、ロランが揶揄を含んだ言い方で聞いてくる。
ヤツの狙いは分かっている。不愛想な上司が動揺するのを見たいのだ。
「そうだな。だんだんあの女の扱い方が分かってきた」
だから至極冷静に、書類から視線を上げず平坦に返す。
部下のおちょくりに構っている暇はないのだ。
アストラリス王国祭が近い。やることが山積みで、目の回るような忙しさだった。
今だってロランによって容赦なく机に積み上げられていく書類の大半は、祭りに関連するものだ。
「ドレスはまったく喜ばれなかったのに?」
笑いを堪えるように言われてじろりと睨む。
二日前のことを言っているのだろう。以前から作らせていた拷問用のドレスが完成して、満を持してアシュリーの部屋に持っていった時のことだ。
大市に出掛けた時は庶民と遜色ない貧相な格好だったし、捕縛初日以降も粗末な服ばかり。
祭りも近いし、きっとドレスへの欲求は高まっているに違いない。だからきっとこのドレスを見れば大喜びして、重大な秘密を提供するはず。
そう確信して自信満々で披露したのに、直前まで期待に目を輝かせていたアシュリーは、ドレスを見た瞬間スンと真顔になった。
それから死んだ目で「国王は薄毛を気にしてカツラを被っている」とどうでもいい情報をよこして終わったのだ。
呆気にとられる俺の横で、ロランが思い切り噴き出していたのを思い出して渋い顔になる。
ドレスに合うように作らせたアクセサリーにも無反応だったし、別デザインのドレスもダメだった。
カラプタリアの流行デザインとはかけ離れていたのか、それとも祖国で散々着倒して飽きてしまっていたのか。
分からないが、アシュリーの琴線に触れなかったことだけは確かだ。
「結局あの日はなんの収穫もありませんでしたね」
「たまたま気分じゃなかったんだろう」
口が動く以上の速さで手も動くから黙って仕事をしろと言うこともできず、ロランの軽口に仕方なく付き合う。
「アシュリー王女はお祭りを楽しみにしていましたよ。次は上手くいくといいですね」
冷たくあしらわれてもめげないロランが、決裁済みの書類を手早くまとめながら言う。
アドバイスのつもりかもしれないが、その拷問はロランより先に考えついていた。
「そうか。祭りを拷問に選んで正解だったな」
なんとなく勝った気分で言うと、ロランが何も言わずに目を細めた。
ジゼル曰く、ロランはアシュリーの部屋でたまにお茶をしていくそうだ。
彼女の目には他愛ない会話風景に映っているらしいが、おそらく高度な心理戦が繰り広げられているのだろう。そうでなければわざわざアシュリーの部屋に出向く理由がない。
ロランは拷問に頼らずとも秘密を聞き出す術に長けているのだ。
そうしてついでに仕入れてきたどうでもいい話をここで披露してはこちらの反応を窺ってくる。
要は暇なのだろう。
「この書類とこの資料を財務長官に。商工会からの陳情書はボードウェル事務次官に。それから殿下に遊び歩かないよう釘を刺してこい」
次々に指示を出すと、ロランが嫌そうに顔を顰めた。
「それ私の仕事じゃないと思いますけど」
「時間を持て余しているようだからな」
にっこり笑って書類の束を押し付けると、「顔コワ」と余計な一言を言ってロランは執務室を出ていった。
一人になって、書類にサインをしながらため息をつく。
書類の決裁だけでなく、他にもやることはいくらでも出てくる。去年まで保留にしていた改善案も片っ端から試しているから、寝る間も惜しんで働かなくては間に合わない。
だがそれを苦に思うことはなかった。
今年の祭りは特にいいものにしたい。
そう思うのは、たぶん長きに渡る冷戦の終局が見えてきたから。
それだけのこと。
別にあの笑顔を見たいとか、歓声を聞きたいとか、思ってなどいない。
「……さて、そろそろ拷問しにいくか」
手を止めふらりと立ち上がる。
今一瞬脳裏に浮かんでしまったから。
やらねばならない仕事を思い出してしまったから仕方なく行くだけ。
祭りの準備も大事だが、戦争に役立つ情報を引き出すのも重要だ。
疲れ切った頭でそう言い訳をしながら、監獄塔へ向かう。
今日はどんな拷問にしようか。忙しいからあまり凝ったものは難しい。
そうだ、祭りが近いということは花が咲き乱れる季節ということだ。
ならば城の庭園に連れていくのはどうか。
部屋に花を飾ったら喜んでいたとジゼルが言っていたから、きっと大喜びで秘密を話すはずだ。
名案を思い付いて足取りが軽くなる。
「入るぞ」
塔の三階辿り着き、鍵を開けながら声を掛ける。
扉を開くと、窓辺に置いた椅子に腰かけ外を眺めていたらしいアシュリーがこちらを向いた。
「お疲れのようですわね」
微かに笑うその顔に、ホッと肩の力が抜ける。
「別に疲れてなど」
笑いながら否定して、部屋に入っていく。捕虜に弱みを見せるなど、拷問官失格だ。
アシュリーがアストラリスに囚われてから約一ヶ月が経過していた。
その間にすっかり気安い関係になってしまった気がする。
囚人と拷問官という立場のはずなのに、これではまるでただの知人のようだ。
「うそ。顔色が優れないもの。寝てらっしゃらないのではなくて?」
ソファに移動しながらアシュリーが言って、部屋に控えていたジゼルに二人分の紅茶を用意するよう指示を出す。
ジゼルに向けるアシュリーの表情は柔らかく、応えるジゼルも柔らかな微笑を返した。
いつの間にか主従の絆のようなものができているらしいことに少し驚く。
アシュリーはともかく、ジゼルは少し前まであんなに硬い表情をしていたのに。
この王女には、人心を掴み警戒を解く何かがあるのかもしれない。
ケトルでお湯を沸かし始めたジゼルを観察しながら、そんなことを思った。




