王都散策②
アシュリーといると、なにやら調子が狂う。
我ながら自分らしくないと気づき、冷静さを取り戻すため深呼吸する。
「……それまでにもまだまだ情報を吐いてもらうぞ」
「受けて立ちますわ」
取り繕うように拷問宣言をすれば、アシュリーは不敵な笑みで胸を張った。
妙に浮足立っている自分と違って、彼女はひと時たりとも虜囚という立場を忘れていないらしい。
「とりあえず、おまえはもっと飯を食え。そんな鳥ガラみたいな身体だから子供に弾き飛ばされるんだ」
なんとなく面白くない気持ちで言って、近くの露店で煮込み料理を買う。
「牢に持ち帰る頃には冷えてしまいますわ」
「持ち帰るんじゃなくてその場で食べるんだ」
せっかく出来立てですのに、と不服そうに言うアシュリーに教えてやる。
大市の時には道の端のあちこちに簡易の椅子やテーブルが用意されていて、好きなタイミングで露店のものを食べることができるのだ。
「まあ! 道で!? なんてはしたない!」
驚いたように目を瞠って言うが、なんだか嬉しそうだ。
そのチグハグさについ笑いそうになる。
「ほら、早く席を確保しないとあっという間に埋まるぞ」
「はっ、そうですわね! お料理も冷えてしまいます!」
急かすように言えば、アシュリーは不自由な足を懸命に動かし、ぴょこぴょこ跳ねるように空席を目指して歩き始めた。
その後を二人分の料理とスプーンを持ってついていく。
背中だけでも分かるくらいにアシュリーは浮かれていた。
箱入りの我儘王女というだけあって、彼女は世間知らずこの上ない。
いくら王族に生まれついたとはいえ、お忍びで街に出るなんてこの国では珍しくないのに。
「熱いから気をつけろ」
テーブル席はすでに埋まっていた。
その近くの空いているベンチに座ったアシュリーに、煮込み料理を渡す。
その隣に腰を下ろし、自分の分をスプーンでかき込んだ。
「……食べないのか」
こちらの様子をじっと見ているだけのアシュリーに問う。
アシュリーは「これ」とスプーンと皿を持った状態で両手をランドルフの眼前にズイと押し出した。
食べ方が分からないなんてことはさすがにないよな? と眉を顰める。
「食べられません」
「ああ」
ムッとした顔で言われてようやく思い至る。
手枷がはまったままでは、汁気の多い煮込み料理を食べるのは至難の業だ。
「……外すわけにはいかん」
どれだけ厚かましくてもアシュリーは敵国の捕虜だ。
足枷がある以上簡単に逃げられないにしても、手枷を外してやるほど寛容ではない。
「分かっています。ですから食べさせてくださいまし」
「……は?」
言われた言葉が理解できなくて聞き返す。
一瞬周囲の喧騒が消えて、持っていたスプーンと皿を落としそうになる。
こちらの動揺などお構いなしにアシュリーは「あ」と小さく言って口をパカッと開けた。
「早くしてくださいまし。お腹がきゅるきゅる鳴って恥ずかしいですわ」
催促するように言われて昇天しかけていた意識が戻る。
「いやそれは……」
腹が鳴る以上に恥ずかしいのではないか。
「はやく」
躊躇して言い淀むが、アシュリーに折れる気はないらしい。
買うもののチョイスを間違えたのは明白で、自業自得この上ない。
どちらにせよこのままでは埒が明かない。
逡巡の果てに苦渋の決断でスプーンを受け取り、彼女が両手で持っている紙皿の中から小さめの芋を掬い上げた。
アシュリーの口が少し大きく開く。
同時にまぶたが少し下がり、長いまつげが目の下に影を落とした。
何とも言えない気持ちが胸に去来して動きが固まる。
「ん!」
スプーンの先を隠すようにぱくりと口が閉じた瞬間、アシュリーの目が大きく見開かれた。
ドン、と胸の奥で何かに殴りつけられるような衝撃が走る。
「おいひい」
はふはふと熱を逃すように咀嚼し、幸せそうに目を細める。
暑くもないのにじわりと額に汗が滲んだ。
「……薔薇の塔の三階階段の二段目の石材を抜くと、その中に厩舎裏の避難所の鍵が隠されていますわ」
「なんだと」
「もう一口くださいな」
さらりと秘密を暴露して二口目をねだる。
緊急事態に自分の中のなにやら複雑な感情があっさり引っ込み、慌ててウィンナーを放り込むと、アシュリーはまた一つ秘密を明かした。
同じ拷問内容は無効だと言っていたのはなんだったのか。
その後もアシュリーは何か気に入るものを見つけるごとにカラプタリアの秘密を洩らした。
これでは秘密の大安売りだ。
祭りでもないのに祭り気分に浮かれて、幸せレートが大暴落しているらしい。
最初の一つ以外は取るに足らないくだらない情報ばかりだったが、大市を回っている間アシュリーはずっと上機嫌だった。




