090.ランチミーティング
◇
カフェテラスでのランチタイムが一段落したところで本題、公開作戦会議がはじまった。
会議出席者はザラメ、ユキチ隊の五名、蓮太のこの場にいる七名だけではない。観測者を疑似通信装置として連絡をとる、リモート会議方式で黒騎士ら第一隊も参加している。
クラン『死者蘇生の秘法をさがして』がちゃんと揃うのは結成以来だ。
「黒騎士さん、通信テストです。好きなラーメンの具を教えてください」
ザラメと黒騎士、双方を観測登録している小妖精であれば、観測対象をザラメから黒騎士へとスイッチングすることで、どこからでもこのザラメの発言内容をそのまま黒騎士に伝えることができる。
そして向こう側で返答をもらったら、またザラメにそのまま内容を伝えればいい。
▽『きくらげ』
▽『煮卵だよ』
▽『「きくらげ」だってー』
▽『「きくらげ」ですわ。純黒の重騎士様に相応しい黒黒した食品ですわね』
▽『きくらげってなに? 食べたことねーわ』
と、このように観測者各々が妖精契約語で――すこしブレ幅が大きい。
いわゆる伝言ゲームのトラブルが発生しないよう、なるべく複数人に伝言リレーをしてもらい、その中央値といえる伝言を実際の返答とみなす、というのが観測者リレー通信だ。
(きくらげ……コリコリして美味しいけどまた微妙なところを)
もし機会があったら本人確認に使えるかな、とザラメはこっそり冒険の書にメモる。
「生徒会長のザラメ・トリスマギストスです。これから作戦会議をはじめる、ということですが――これ、そもそもわたしが仕切り役でいいんですか?」
「不安なの? じゃあユキチ、補佐おねがいね、得意でしょ」
「わかったよ。みんな、よろしくね」
ネモフィラに促されて、ユキチがザラメの隣に座って手伝うことになった。
クラン『死者蘇生の秘法をさがして』の序列は第一位が団長の黒騎士、第二位が生徒会長のザラメ、第三位が副団長のユキチということになっている。
黒騎士は名目上の代表者だが、事実上はザラメがこのクランの意思決定権を有する。リアル小学五年生が組織のトップは甘くみられかねないので体裁をとりつくろうためだ。
しかしクランメンバー9名中、5名はユキチをリーダーとする第二隊なわけで過半数を越えている。もし多数決をするならユキチが順当に代表になるべきということになる。
つまり、このちいさな組織は“合議制”も“多数決”も不採用なわけだ。
……そこが気が引ける。
「あの、今更なんですけど、わたし達っていつも多数決やりませんよね? 文化祭の出し物決めみたいな場面を思い出すとみんなで案を出して、挙手して、どれにするか決めるって感じですけど……」
「確かにそうだね。意見がある人は挙手をおねがいします」
ユキチがまさにその学級会めいた進行をする。
ユキチもザラメも学校生活くらいでしか会議の経験なんてないから手探りだ。
各々の様子だが、無口なドットと観測者リレー通信でしか話せない黒騎士たち第一隊は気軽に発言できない。部外者の蓮太もしばらく様子見ということで、ネモフィラ、セフィー、ガルグイユ、ユキチ、ザラメの五人が主に発言することになる。
早速、一番口数が多いネモフィラが挙手をした。
「多数決はダメ! 理由はひとつ。多数決や話し合いは“時間がかかる”からよ! だいじな決定はザラメやユキチがちゃんと決めなさい」
「……えぇ」
学校教育で習ったことを全否定するようなネモフィラの発言にザラメは困惑する。
『だいじなことはみんなで話し合って決めましょうね』
といつも言っていた学校の先生の面目丸つぶれだ。
「わたし達に時間がないのは事実ですけど、責任重大というか、いいんです?」
「言っておくけど、あたしひとりの持論ってわけじゃないわよ。ね、ガルグイユ」
「ん、ああ、そうだな」
ガルグイユは常に豪傑キャラというか、あまり私見を述べず「おう!」「いいぞ!」「わかった!」等の返答が多い。キャラロールなのか、深く考えない主義なのか、ザラメとしてはかえって考えがよめなくてわかりづらい人だけに発言が気になった。
――大盾のガルグイユ。
昨日の戦いでは、ザラメに対する敵の攻撃をすべて身代わりガードによって弾き返してしまい、身代わりができない一部の攻撃を除いて、防げるものは全て防いでくれた。
戦闘においては不動の守護神として確固たる存在感があるのだが、単純に接触機会が少ないのもあってザラメの中では謎が多い。
ガルグイユは言葉通りに口から気炎を吐いた。
「我は一番強ぇやつに従う! それが野生のルールってもんだ! なぁオイ!」
「……えぇ」
原始時代レベルまで時代が逆行した。ライオンの群れかな。
「いやいや、そもそも私このクランで一番クソザコですよ……?」
「ゆえに純黒の重騎士の決定に我は従う。その団長がザラメ生徒会長に従うなら結果的に従うことになる。そういうシンプルな話しだ。それでいいだろう? はっはっはっ」
「ご、豪快……」
勇ましい火竜人の戦士としては至極それっぽいが、もしクラスメイトなら正気を疑う言い草にザラメはあきれてしまう。
考え方が古風というか武士というか、高身長の亜人の美女というキャラモデルに反して、中身はどうにも荒々しすぎる。
「ではドット、セフィーの意見はどうですか?」
ユキチに問われて、ドットは『意見なし』と筆談回答。セフィーは渋々と口を開く。
「一般論として意思決定における独断と合議に優劣はない。なんでも話し合って決めれば多数が納得しやすくなるが、時間はかかる。ネモフィラがランチの注文を独断で決めてさっさと注文したおかげで料理ができるのを待たずに済んだようにね。……ザラメやユキチに決定権を預けるといっても、すべき意見はちゃんと言うつもりだ」
「わ、わかりました。がんばります」
セフィーの言葉に、ザラメもようやく居心地の悪さが解消される。
責任が重いことは何も変わりないが、みんなが納得してくれてるのはわかった。
「では本題です。わたしたちは今現在、あと六日以内に平均レベル8を達成して“試練”をクリアしろ、と錬金術協会長シロップ・トリスマギストスに課題を出されています。この目標に対して、話し合いたいとおもいます」
「まずは現状のレベリング進行度を確認かな」
ユキチが質問項目を箇条書きにして、回答用紙を配り、アンケートを回収する。
結果、各自のレベルと課題はこうなった。
【ネモフィラ/レベル8】「課題:もうクリアしちゃった。あたし天才」
【ガルグイユ/レベル7】「課題:戦闘方面の稼ぎは頭打ち。別の方向性を模索中」
【ドット/レベル7】 「課題:問題なし。期日内に達成予定」
【ユキチ/レベル6】 「課題:出遅れ気味。レベル7まで成長の鍵あとひとつ」
【セフィー/レベル7】 「課題:ザラメのおかげでどうにかレベル7だが出遅れ気味」
【ザラメ/レベル5】 「課題:レベル6成長の鍵が揃ったけど基礎経験点が不足!」
【烏賊墨蓮太/レベル6】「課題:戦闘がご無沙汰でそっち方面やりたいなーと」
驚くべきはネモフィラだ。昨日すでにレベル7だったとはいえ、もう目標達成済みとは。
これで名実ともに、戦闘力はクランNo.2を自他ともに認めるところだ。
「ネモフィラさん、ひとりだけ成長速度おかしくないですか? 一体どうやって?」
「ザラメ達が朝市で遊んでる間に、あたしは地獄の特訓の末に師匠を乗り越えたんだってば! ……受講料や装備の買い替えでおサイフ空っぽになっちゃったけど」
ネモフィラは冒険の書から残金らしき高価袋を取り出して逆さまにするが、昨日あれだけ稼いだはずなのに銀貨と銅貨がわずかにしか出てこなかった。
「え、格闘技の修行に受講料かかるんですか……?」
「習い事や教育費を親に払ってもらってる小学生にはピンとこないでしょうけど、高度なレッスンほど高額な授業料や教材費がかかるもんなのよ。あーあ、お金ほしー」
ちらっ、とネモフィラがザラメに期待する眼差しを向けてくる。
所持金140万DMのザラメと空っぽのネモフィラ。
「ザラメママぁ~♪ ネモフィラちゃんにおこづかいちょうだーい♪」
「プライドないんですか!?」
「冗談だってば。ま、あたしの場合はレベルはいいけど資金難ってことね。一緒に修行したガルグイユもそこは同じよ」
「わっはっはっ! 我らは武力に先行投資したまでのことぞ!」
「そーね! 先行投資よ先行投資! あはははっ」
豪快に笑い飛ばすガルグイユと笑ってごまかすネモフィラにザラメは頭痛をおぼえた。
しかし資金稼ぎに奔走したザラメ達より、資金を費やして修行したネモフィラ達の方がレベリングの点ではより効率的だったというのは納得感はある。
「ふーむ……」
一方ユキチはアンケート結果をじっくり眺めて、熟考している。
ザラメと同じく知力型冒険者のユキチは分析力に長けている。真剣な横顔は、なんともいえず凛々しくて、いつも喋っている時のちょっと頼りないところがなりを潜める。
普段は怖がりで可愛げな美少年なのだけれども、たまにかっこいい大人びた魅力を見せてくるという落差をザラメはとても気に入っている。
(ユキチくん、一生懸命だなぁ……)
なんて、ぽけっと見惚れてもいられない。今は作戦会議中だと気を取り直す。
ザラメもアンケートを元に少し考えてみて、ひとつの考えに至った。
「……あの、もしかしてこれ一週間もせずレベル8を狙えるのでは?」
「僕もそう思うよ。今日を含めてあと五日間と半日あれば、平均8レベル達成はもう困難な目標じゃない。みんなの努力のおかげだね。けど思い出してほしい。今回の課題は“試練をクリアする”という追加要素がある。レベル8になるのはその前提条件にすぎないんだ。例えば装備品その他が不十分、みたいな戦力不足も考えられる」
ネモフィラは机の上に傷ついた鉄爪を置く。
「この傷んだAランク武器がわかる? 耐久値が削れてる中古品を買ってごまかしてるんだけども、これじゃ今日の冒険も最後まで戦い抜けるかあやしいわ。Bランクの予備品も確保してあるし、並大抵の敵はそれでも倒せる自信があるけど――【格闘武具S】のSP取得したのに全然装備できる目処が立ってない。試練までにどうにかしたいのよね」
「我も同じく【重装防具S】のSPが宝の持ち腐れになっているぞ」
ガルグイユの盾は傷んでこそいないが、やはりAランク品、なおかつ低品質低価格のものだった。同じAランク防具でも最高水準に仕上がったユキチの【黒き水鏡のウォータークロース】とは大差がある。
こうしてみると『レベリング』と『資金稼ぎ』は両輪になっていて片方だけでは順調に進めない、という問題点がよくわかる。
「……さて、そろそろおいらの出番みたいでやんすね」
ニヤリ。
作戦会議が停滞したのを見計らって、様子見していた烏賊墨蓮太が口を開いた。
事前に地図らしきものを見せていたことをザラメは思い出す。
あえてここまで黙っていたのはきっとザラメ達自身によって、資金難やアイテム調達といった蓮太の価値が最大化する条件に気づいてもらうためだろう。
――烏賊墨蓮太という人物の優秀さと恐ろしさは朝市でよく味方として理解できた。
しかしここから改めて別の商談がはじまる以上、まだ彼は、ザラメの味方ではない。
ふざけた言葉を紡ぐその歪んだ口元を、ザラメはつい見つめてしまう。
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