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089.ザラメちゃんは思春期

 昼食中、ユキチ隊の席から離れた川沿いの一人席でくつろぐセフィー。

 そこに椅子を置き、ザラメは他のパーティメンバーには聞かれないよう距離を置く。

 しかしすぐにちらちらこちらの様子を盗み見るネモフィラに気づき、ザラメは困る。


「ネモフィラさん、五感強化でカフェテラス内の会話を拾えちゃいますよね」


「ああ。筒抜けだ。現に私も五感強化のSPで会話はすべて聴こえてる。エルフ語を話すといい。観測者やネモフィラは種族語がわからないはずだ」


『あ、あー、あー、こうですか』


 ザラメは冒険の書をささっと操作して会話を自動修正した。

 自分が喋ってるのに、発声は異世界のエルフ語に切り替わり、視界に翻訳字幕がつく。


 このご時世、現実でも外国語を翻訳アプリと音声合成で自分の声色のまま翻訳してリアルタイムで話すということはザラメにも馴染みがあり、それと同じだ。


「問題ない。これでエルフ語の話者だけで会話が成立する。完全な秘匿性は保証できないが、ナイショ話には公用語ではなく種族語を今後も使うといい」


「はい。それで本題なんですけど……」


「まず野菜を食っておけ。落ち着くぞ」


「むぐむぐ」


 すべての料理もゲーム上意味のあるアイテムなので、サラダにも回復効果がある。

 少々苦いが、自分の作った青汁ポーションよりはずっとみずみずしくて美味しい。


「……なるほど。烏賊墨蓮太にどう思われているか。そして自分の考えてることがまとまらず混乱している、というわけか」


 セフィーはちびちびと白ワインを飲み、帝都の川を往来する船を眺めながら話す。


「単なる自意識過剰。そして思春期だ」


 一刀両断。

 ザラメの頭上に『自意識過剰』『思春期』の二単語が重石のようにズドンと落ちる。

 強烈な言葉の重みに、ザラメはもうすぐさま立ち直れる気がしなかった。

 セフィーは遠慮がなさすぎる。


「自意識過剰……思春期……なにも否定できるところがありません……ぐぬぬ」


「通常、他人は、他人自身のことを第一に考えている。当然だ。ザラメ、お前がお前のことを中心にして考えるように。少なくとも私はそう。仲間に一切興味がないとは言わない。でもカフェテラスでワイン一杯をのんびりと呑む憩いの一時を優先する。観測者だってそうだ。お前のことを心配したり応援してくれたとしても、お前のことを1日中考えて過ごしてなどいないんだ」


「そ、そういうものでしょうか……」


「ザラメ、ネモフィラの師匠が授けた奥義の名前をちゃんと答えられるか?」


「……いえ、聞いてませんでした」


「私もだ。知らん。当人は何度も自慢げに叫んでたがそんなもんだ。興味がない」


 極端すぎる。

 とも言い切れない程度には、ネモフィラの修行編はもしログを見返せるとしても確かに自分ごとに比べたらどうでもいい。ネモフィラ個人を“どうでもいいひと”とまでは思っていないが、いちいち詳細を把握して記憶する理由はない。


「……自意識過剰、確かに、そうですね」


「しかし恥じなくていい。自分の変化に戸惑うのは大人になるまでに誰だって経験する」


「セフィーさん、ホントに大人なんですね」


「これが未成年飲酒に見えるか?」


「すこし、エルフのせいか絵面的には……」


「VRゲーム内での未成年の飲酒喫煙は法律で規制されているが、あくまでリアル側の年齢。アバターが何歳に見えようと関係ない。……話がそれた。自意識過剰については理解できたとする。問題は、烏賊墨蓮太の思惑か。それは考えすぎではないかもね」


 セフィーの妙な口ぶりにザラメは「……心当たりでも?」とおそるおそる聞き返す。

 自意識過剰は改めるべきだが、何も考えるな、ということでもないのが難しい。


「私の【五感強化】は飾りじゃない。集中すれば、相手の心音や脈拍といった変化の観察も可能。本来はウソや罠を見破るために使う【斥候】の技能との合わせ技で。同じ構成のネモフィラもできるから気をつけて」


「うわ、めんどくさ……」


「ああ、今のは本心ね。で、そう、これは私がいっしょに二時間も後半ふたりきりで店番してた時、強く確信を得ることができたこと」


 セフィーは白ワインをくいっと飲み干して、ふぅと微熱を帯びた一息をつく。

 それはどこか哀愁漂う横顔だった。


「――私には何ら興味がないぞ、あいつ」


 訂正。

 どこか、ではなく、あきらかに、だった。


「別に。こちらも期待はしてない。しかし一切個人的興味がないことが節々に伝わってくる。仕事が忙しい中、ふたりきりだ。近距離でのやりとりの機会は多い。手も触れた。それで心音が乱れることはない。端的にいって恋愛フラグの断片もない」


「そ、それはその……」


 逆にこの人こそ自意識過剰なのでは、と言いたくなるがぐっとこらえて。


「女の勘だ。絶対じゃない。その上で言うが――、あいつはお前に個人的興味がある。確実に」


「え……ウソ、ホントに……」


 うれしい。こまる。

 どこかで期待していたセフィーの一言に、ザラメはほんのりと血が滾るのを感じた。


「単なる自意識過剰の考えすぎじゃなかったんですね! よかったです! わたしただのバカな勘違いヤローじゃなくて! わーいわーい!」


「……そっちか? でも、そう。ザラメは他人を気にしすぎている状態だけど、その観察力は高いはずだ。相手の好意を敏感に察知してしまい、結果ザラメが意識してしまっているとしても不思議じゃない。ただ過剰反応は控えてね」


「は、はい!」


「いい? 相手はまだ何も明確な意思表示をしてない。潜在的な好意を読み取ってしまったからといって、ちゃんと言葉にしてもいないことで一喜一憂しないことだ」


「こ、心得ました! セフィー先輩!」


 不安感が薄れたものの、蓮太の「好き」に折り紙がついたことについ興奮もする。

 ザラメは花も恥じらう11歳の乙女だ。思春期だ。これでドキドキしない方がおかしい。そうセフィーのおかげで割り切ることができて重荷がとれた心地だ。


 ――明確な意思表示。

 ザラメがリアクションを迫られるのはその時でいい。それが過剰でない自意識だ。


 混乱していた自分の考えを、うまく整理できてきた気がする。


(結論や結果を急ぎすぎてたんだ……。あわてず、冷静に、おちついていこう)


 ぷぁ、と張り詰めていた緊張がとけて、ザラメは脱力してしまう。


「ん、ジュース」


「いただきまふ」


 ちうちうと甘いリモラータ(※檸檬汁に砂糖と炭酸をくわえたシンプルな飲み物)を飲み、ザラメはぐたーっと机の上でふやける。


【冒険者レベル6の“成長の鍵”×1を獲得しました】


【アオハル:序】『青春の悩みに向き合い、すこしだけ成長できた――気がする』


 突然の通知にザラメは絶句する。

 そして叫ぶ。


「わたしの思春期を無断でレベルアップにカウントしないでください!? 何なんですか、このゲーム!! プライバシーのかけらもない!!」


「……あ、こっちは【子羊を導く】というふざけた成長の鍵をもらった。ごち」


「だれがなやめる子羊ですか!? だれが!!」


「……なるほど。ドラマギは精神的な成長も評価すると聞き及んでいる。今のやりとりをゲーム側はそう判断した。……我々の行動を“見ている”というのは自意識過剰ではないようだな、ザラメ」


 セフィーの一言に、矛盾するようにザラメは寒気と興奮をおぼえた。

 ゾクゾクする、とでもいうべきか。


 得体のしれない上位存在に監視され、試されているという事実。

 それは逆説的に、死者蘇生の秘法を求めて必死にもがいているザラメのことを、このドラコマギアオンラインの“神”なり“運営”なり何かが見ているという証拠だ。


 ザラメはエルフ語をやめて、だれにでも聞こえるようにはっきりと言葉にした。


「……雲の上の存在が、私達のことを嘲笑ってるのかもしれない。もしかしたら助けてくれようとしてるのかもしれない。意図はわからない。滑稽な見世物にされてるだけなのかもしれない。自意識過剰なだけ。わたしはこの世界の片隅にある、有象無象の単なる豆粒かもしれない。でも、だったらジャックと豆の木みたいに雲の上まで届くまで成長してやるだけですよ! 子羊の覚悟をなめないことですね!!」


 反響はない。

 しばらくエルフ語で密談していたせいで観測者のコメントすらない。


 それでもザラメは青空に天高く拳を突き上げて、吠えていた。

 すこし、清々しい心地だった。


「ところでザラメ・ジャックトマメノキさん。私も晴れてレベルに7に到達だ。今後の戦略に関わる。取得SPの相談に乗ってくれ。恋愛相談が終わったなら、だが」


「は、はい! よろこんで!」


「良い返事だ」


 セフィーはフッと笑って、また一杯、白ワインをグラスに注いだ。

 琥珀色の液体がぽってりとふくらんだ透明なグラスの中を躍り、薫りを配っていた。

毎度お読みいただきありがとうございます。

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