087,朝市を終えて
◇
「さぁ店じまい店じまい! 早いとこ昼飯にするでやんす」
朝市の閉場時刻、正午の鐘を合図にして烏賊墨蓮太はザラメの店を片付ける。
これまた見事なもので商人技能の固有アクションで一分とせず店しまいは完了する。
ザラメは「ほいほい、お目通りを」と渡された取引データと在庫の実数を念の為にとチェックさせられるが、当然なんのトラブルもなくぴったり帳尻が合っている。
「商品在庫が9割も売れてる……! え、商才すごすぎませんか」
「いやいや、そのうち3割は物々交換で別のアイテムに置き換えただけでやんすよ。純粋にお金になったのは6割でやんす」
「それでも凄いですよ! 山積みの木箱がたった一箱しか残らないなんて」
ザラメのべた褒めに、蓮太は「それほどでも」と謙遜し。
「口先だけでなんでも売れりゃあ苦労しないでやんす。今回に限っちゃまずもって、商品の質、需要の読み、どっちもお見事でやんした。セフィーの姉御に聞いた限りにゃ、ずいぶん知恵のまわる観測者に恵まれやしたね」
「それは……ホントにそうですね」
ザラメも店じまいの後片付けを軽く手伝いつつ、小妖精の瞬きに目を向ける。
「いつもありがとうございます。おかげで無茶な出店もどうにか成功みたいです」
▽「おうよ、いいってことよ」
▽「いや魔法の糸を作れつったのセフィーの観測者じゃん」
「あー、確かに。そちらにもお礼を言っておかないと」
黙々と作業に徹していたセフィーとその観測者にもザラメがお礼を述べる。
するとセフィーは「偶然だ。偶然、魔法糸が品薄だと巷でNPCの会話を盗み聞きした。五感強化がなければ聞き逃していたし、リスナーに指摘されるまで忘れてた」と淡々と話した後、「しかしサービス残業はなしだぞ。礼節は金銭で示せ」と言われてしまった。
(……しまった。セフィーさんとユキチくんにも人件費がいるの忘れてた!?)
「そ、それはモチロンちゃんとお支払いします! えと、あーと……」
総売上金額は――。
【氷の魔法矢】[5500DM]が約200本分、【風鳴りのボウストリング】[3000DM]が約100本、【魔法の糸】[600DM]が約2000個、この9割が売れて6割が現金売上となっている。
【氷の魔法矢】110万DM。
【風鳴りのストリングボウ】30万DM。
【魔法の糸】120万DM。
現金売上はもし10割売れていたら合計260万DM――。その約6割で160万DMがここにある。
「んじゃおいらは約束通り御駄賃をいただくでやんすよ」
「あ、はい! おつかれさまでした!」
烏賊墨蓮太への支払い金額、現金売上20%相当の32万DM。これは重い。重いがその価値はあったことは明白なのでザラメもここは惜しまず報酬を差し出した。
(儲けでっか……!)
昨日半日へとへとになるまでザラメが依頼をこなして稼いだ12万DMを、蓮太も汗水たらして働いてくれたとはいえ4時間たらずで3倍近い32万DMも稼ぎ出すとは。
「残金128万DM……ど、ど、どうしましょう」
現所持金12万DMの10倍の売上金。ここからいくらセフィーとユキチに渡せばいいか、ザラメにはまったく基準がわからず、金額の大きさに困惑するばかりだった。
これが日本円換算で12万8000円だと考えてしまうと小学生のザラメには大金すぎた。
▽「おーおー大金すぎて震えておる」
▽「当人達に希望額を聞いてみたら?」
「え、と、じゃあユキチくん! セフィーさん! 希望額をまずは教えてください!」
「まずは、というからには希望通りに払うというわけではないんだな」
「あはははは……」
苦笑いするザラメ、じと目で見つめてくるセフィー。
ではユキチはどうかといえば、遠慮がちな性格が災いして「ぼ、僕はもらわなくていいよ! 昨日この防具をプレゼントしてもらったばかりだし!」と断った。
「……なるほど。じゃあこうしよう。給与はいらない。代わりに私の装備をなにか作って報酬として渡してくれ。あと余った弓具は適時使わせてくれ。それでどうだ?」
「わ、わかりました! セフィーさん、ユキチくん、ありがとうございます!」
▽「ザラメは 128万DM をてにいれた!」
▽「所持金140万DMか、もう完全に初心者のライン越えちゃったな」
▽「あとはお待ちかねの成長の鍵だね」
ザラメは報酬の分配を終えて、ようやく売上金を所持金として冒険の書にチャージする。
【冒険者レベル5の“成長の鍵”×2を獲得しました】
【アイテム売ります】『累計アイテム販売額が10万DMを越えて、商売に詳しくなった』
【商売繁盛】『累計アイテム販売額が100万DMを越えて、さらに商売に詳しくなった』
【冒険者lv6へのレベルアップに必要な成長の鍵が集まりました】
「成長の鍵が一気にふたつ! これでレベルアップです!!」
目論見通りのレベリング成功にザラメは思わず「ちゃらららったらー♪」と口ずさんで小躍りして「えっへん!」と決めポーズまで取ってしまう。
なお、余った成長の鍵はlv6段階に持ち越せるので、lv7昇格には【1/7個】が必要だ。
観測者やユキチらに「おめでとー」等と祝福され、早速レベルアップだと冒険の書をいじろうとするも、ここで問題がひとつ。
【錬金術師lv6へのレベルアップに必要な基礎経験点が不足しています】
というシステムメッセージに、ザラメはちいさな計算ミスに気づく。
「ぬがっ! 昨日、雑魚戦をすっとばしたせいで基礎経験点が少し足りない……!」
▽「成長の鍵はレベル上限の解禁、基礎経験点でレベルアップだからなー」
▽「学者lv4や神官lv3とかサブに経験点を使ってたせいだね」
「午後をどう過ごすか、基礎経験点を得るための計画を立てないとダメですね……」
少々残念だが基礎経験点の獲得ペースが追いついていないのは裏返せば、それだけハイペースで成長の鍵を得ることができた朝市の成功を意味する、と考えることにした。
「ふーむ、基礎経験点でやんすか。おいらもそろそろ商人プレイだけでは手詰まり感がありやすので、これも良縁ってことでひとつ冒険にご同行したいところでありんすが」
「蓮太くんが、いっしょに……?」
烏賊墨蓮太はニカッと笑って、商人用の大容量携行アイテムBOXから怪しげな地図の巻物を数本、取り出してみせた。
「ひとついっしょに昼食でもとりつつ、相談しましょうぜ」
烏賊墨蓮太は商人だ。当然、相談も地図もなにかしら自分の利益に繋げたいはず。
しかしザラメは信頼に値する、と直感していた。
その場しのぎの不誠実な"騙す”商売をしない人物だ。どこかファッションやキャラづけに怪しさはあるものの、かえってそこが人を騙すには不向きな在り方にもみえる。
――もちろん、ザラメは自分が甘っちょろいお子様だという自覚があるものの。
今は隣にユキチとセフィーがいる、観測者さんたちも見守ってくれている。
「じゃあごいっしょに? これから他の仲間と食事ついでに合流するので」
「ほいほい! よろこんで」
かくして烏賊墨蓮太を連れて食事処へと移動するわけだが、道中会話で二点、気づく。
蓮太とセフィーは店番をいっしょにしていたおかげか、ザラメには打ち解けてみえる。
しかし蓮太とユキチは会話がほとんどない、ふたりは会話が弾まないと気づく。
そしてザラメは蓮太とは必然的に必要な会話量が多くて、ついふたりで話している間、ユキチとセフィーは黙って利き手側にまわりやすい、ということに気づく。
ユキチとセフィーは双方とも積極的な会話が苦手な、おとなしい、ひかえめなタイプだ。
一見同じにみえるが、ユキチは本来、柔和で気遣いができる人柄だと考えると、蓮太との間に横たわるうっすらとした“壁”がザラメにはみえた。
(……不信感? 警戒? いえ、もしかして恋敵的なライバル視? まさかですけど)
恋愛ロール宣言をした舌の根も乾かないうちに他のプレイヤーに好意を抱くだなんて。
そんなことあるわけ――。
ない、と言い切れず、ザラメはハッとさせられる。
現に、あっさりと蓮太からの食事と冒険の誘いに乗ってしまったのは心象が極めて高いという客観的証拠だ。
有能オブ有能な商人という実益。丁寧な物腰と魅力のある言動。あちらから積極的に、今のところ儲け話だけとはいえ、自ら距離を詰めてくることもなんだか抗いがたい。
少なくとも、あちらも“仲良くなりたい”という意図くらいはありそうなものだ。
そこに“裏”だとか“魂胆”だとか、何も思惑がないとも思わないが、物事をつい打算で考えるのはむしろザラメの方なので利害が一致する限りはかえってやりやすい。
正直、初見で蓮太のルックスセンスをアリだなと判断してしまったこともまた事実――。
結論。
ザラメ浮気フラグ早期発見。
「……ゆ、ユキチくん! わた、わたしはせーじつにお付き合いしますからね!」
不安をぶつけるように、ザラメはわざとぎゅっとユキチの肩にしがみつく。
ユキチは「わわっ、どうしたの!?」と意外そうに戸惑い、蓮太は「おやぁ、そーいや恋愛ロルはじめたそーで。おめでたいことでやんすね」とニマニマと涼しい顔で笑う。
「……ザラメ。別れ際は……いつでも修羅場だぞ」
料理店に到着したセフィーは一言、背筋が凍るほど冷たい声でそうこぼした。
いや、冷たいのはユキチの体温のせいだが、ザラメは死神の鎌の刃に触れた心地だ。
(……セフィーさん、修羅場った経験あるのかな……)
歴戦の戦士セフィーは昨日のボス戦前より深刻そうに、ザラメに警告するのだった。
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