086.紅蓮のマジシャンズワンド+[55,000DM]
◇
「わたしたち、レベリングのために恋愛することにしました」
開口一番、この宣言。
朝市のにぎわう天下の往来で、ザラメの爆弾発言は大いに観測者を集めていた。
一連の出来事を外部的に見た場合、いきなりザラメとユキチがパッと消えてまたしばらくして現れたので、なにがあったか説明しないと困るところを全部ザラメは公言した。
「最速でレベルアップ目指すためにはなんでもやる覚悟です。恋愛ロールで成長の鍵がもらえるんだったらやりますとも。もしスイーツがカップル割で半額になるならわたしはよろこんで偽装しますよ!」
ぎゅっと片腕に抱きつかれたユキチは困惑と照れ笑いのまじった様子でしどろもどろ。
「その、やましいことは何もしないつもりなのでどうか炎上だけは……」
▽「子羊みたいにおびえてる」
▽「でもニヤけてない?」
▽「なんだ、単なる恋愛ロールか」
そして質問攻めに合うかと思いきや、一時的にイベント発生通知で集まっていた観測者はすぐに去ってしまい、むしろ「あっちで捕物やってるぜ」等と他の発生イベント通知に一気に流れてしまった。
(あれ……思った以上にどうでもいい扱いを受けてる……)
ザラメは別に売名行為、観測者集め目的だったわけではないが、想定していたよりもどうでもいい扱いなのは拍子抜けしてしまった。
「あの、意外とみんな興味ないんですか? 恋愛イベント」
少数場残りしていると観測者――小妖精たちは妖精契約語でこのように返してきた。
▽「いやいやあたしは驚いたけど……え、ふたりともいつの間に?」
▽「ザラメちゃんユキチくんおめでとー」
▽「恋愛イベント通知にはみんな飽き飽きしてるんだよねー。元々恋愛ロール文化、いわゆる甘々の“お砂糖文化”があるんだけど、強制ログアウトで大半の人が元の人間関係バラバラになってパーティ組み直した結果、新規カップル報告めっちゃ多いんだよね」
▽「恋愛ロルやると登録数を稼ぎやすいから下位1%底辺脱出目当てとかもあるなー」
▽「ユキっちロリコン?」
▽「あらあらお似合いのお子様カップル。ずいぶんとおかわいいこと」
既存の観測者はでかめの反響アリ。
好き勝手なことを言われてるが、真剣に考えすぎていたザラメの想定以上にこの恋人ごっこはVRMMOの舞台上ではありふれたものらしい。
「なーんだ、て感じですね……。成長の鍵ホントにもらえるんでしょうか?」
▽「それは報告多数あるよ。条件は不確定だけどね」
「うーん……。ユキチくん、ひとまず朝市デート再開しましょっか」
「ケロッとしてる……。あ、うん、武器もなにか買っておきたいしね」
「武器、かぁ」
ザラメは失敗武器の数々を思い出して憂鬱になる。
「すみません。ユキチくんに武器、作ってあげられなくて……」
どんより気分で露天に並んでいる武器をぽやーと眺めるザラメに、ユキチは「凄い防具を作ってもらえただけでも十分すぎるよ」と【黒き水鏡のウォータークロース】を示す。
「僕の方こそ、ザラメになにかお返しの品を贈らなきゃ! 27万DMのAランク防具をもらっておいて何もお返しナシってのはさすがにだし!」
「でもAランク装備品はわたし装備できませんから同じAランク武器や防具という訳にも」
「……ごめん、元々それは所持金が足りてなくって……」
ユキチの所持金は【約15万DM】だ。ほとんど昨日(異変後三日目)稼いだ収入だろう。
レベルこそユキチが先行するが、金銭事情は今やザラメの方がずっと優位にある。
「じゃあカラダで返してください」
「カラダで!? え、いや、それはその……!」
「協力錬金! アレはとても効率がよくて気に入りました。あなたの魔力をわたしにください! ってことですよ」
「ああ、そういう……うん、知ってたよ、うん」
「あ! 魔術武器がいっぱい売ってますよ! どれか買ってください!」
「え、あ、うん、よろこんで! ……予算の範囲内で、になっちゃうけど」
魔法関連の道具を豊富に扱っている出店が一軒。
ザラメと同じく朝市をチャンスと踏んでの出店らしく、ほどほどに賑わっていた。
高価になりがちな武器や防具といった装備アイテムは少数の客を相手にするのが常なので、他に三組も同時に覗いている冒険者がいる時点で、むしろ大人気だ。
一点、ザラメは気になるアイテムを見かけて「うっ」と思わずうめき声をあげた。
【紅蓮のシルバーソード+】[参考価格:56000DM]。
火属性付与や強化改造が施されているものの、はじまりの港で売っていたあの銀の剣だ。
「お客さんお目が高い! はじまりの港でのみ売っている銀の剣をカスタムした当店オリジナルの商品だよ! Bランクの刀剣では一級品だね! あっちで買い逃したのかい?」
「いえ、わたし後衛の錬金術師ですから刀剣武器はちょっと……」
「そうかい? 銀製武器はレアもので銀弱点のエネミーも少なくないからおすすめなんだけどね、あ、そっちの彼氏くんはどうだい?」
彼氏くん、といわれてユキチは「ふえ!」とまた毎度のように情けない声を出す。
「ぼぼ、ボクのこと!?」
「異種族の男女ふたりで手繋ぎしちゃってさ。どうみてもお似合いの恋愛ロルじゃんさ」
ユキチ、ほっぺが紅蓮色に近づく。
ザラメはくすくすと笑って「おだてても買いませんよ。スノーマンは火属性を扱わせると【雪の民】の種族特徴で下方修正かかって相性ダメですから。茶々入れずにゆっくり商品を見させて下さい、デートの邪魔はナシですよ」と店主に言い返した。
そして真剣に、一旦ユキチの手を離して、アイテムを吟味しはじめる。
▽「学識A発動! 知力S+が光るぜ」
▽「ザラメはしらべるをつかった」
ザラメの鑑定眼は中級入口のlv5に到達、S+という能力傾向、さらに学識Aと学者lv4があることで大半のアイテムは詳細を正しく知ることができる。
“修正補助”は無意識と有意識の双方に知識を反映する。
つまり、見れば無意識にわかる点があり、さらに視界内にデータウィンドウが一時的に展開されることで文章や図解によってさらに把握することができる。
ここで有意識のデータウインドウを冒険の書を通じて可視化してやれば、他者にもわかりやすい情報提供ができ、観測者や他の冒険者にも閲覧が可能になる。
もし、偽装された情報――例えば破損や呪い、説明のウソ等があれば、その看破も可能。
しかしそこは人気の店――つまりすでに多人数が同じように鑑定眼は通している為、流石にあからさまな詐欺商品や不良品などは見当たらなかった。
「とても良心的なお店ですね。格別安くもないですが。はい、情報共有しますね」
▽「お役立ち情報だ。うちの推しにも教えてあげよっと」
▽「知力特化型PCすげーな」
▽「ユキチくん出る幕なし」
「データがわかるからといって、何を買ってもらうべきかは別の問題なんですよね」
うーん、と小首を傾げながらじっくりと考える。
「わたしの杖、シオリンやミオちゃんといっしょに選んでおこづかいで課金して買ったやつなんです。この四日間、とてもがんばってくれました。おかげで耐久値がボロボロになって修復限界に達してます。いちいち思い出にこだわるわけじゃないですけど……」
Bランクの、たった数百円で買えた程度のささやかな課金アイテムの魔法の杖だ。どうせすぐに使わなくなる初期装備だ、と特別な名前もデコレーションもない。性能としても用済み、記念品にとっておくのも無駄に携行アイテムBOXを切迫する。
なのについ武器調達を二の次にまわしていたのはちいさな愛着のせいだろうか。
――Sランク武器とは比べるまでもないが、正直、先ほど遭遇した『日輪の杖ソーラーソーサレス』との天地の差は身悶えるほど強烈だった。
Bランク装備品の、その範囲内での最高水準となる5万DM以上の最良最適の杖がほしい。
これは今すぐ自作は不可能と判断した。もしいずれ作るとしても、午後にはまたクエストをこなす以上、今すぐ必要だ。
「願掛け、でしょうか。大事なともだちと選んだ魔法の杖の代わりにするんだったら、大切な仲間といっしょに選ばなきゃ釣り合わないかなって」
「……大切な仲間。あはは、期待を裏切れないね。責任重大だよ」
ユキチは少々気後れした様子を見せつつ、いっしょに品定めに参加する。
そこからはデートという甘い雰囲気も完全に失せ、完全に戦力補強の相談と化した。
5万DM以上のBランク魔術武器、という最良最適の最高水準品がこの店だけでも五点以上あり、しかも他のお店にもあるという情報が観測者からもたらされた。
「次はあちらを確認しましょう。やはり火竜の挨拶を主力に据えるなら妥協せず火属性強化つきのを探したくて」
「僕としては物理防御に役立つものが一番かな」
そうやってあーでもないこーでもないと真剣に検討を重ねて、時には――。
「肉を切らせて骨を断つというじゃないですか!」とザラメが怒鳴り、ユキチが怒鳴り返す――のではなくて苦笑いしつつ「攻撃重視は良いとおもうよ。でも、肉を切らせて骨も断たれる、というのが現状だから……」と説得され「うぐっ」と渋々納得する。
喧嘩になりそうでならない柔和なユキチの反論がザラメには少し楽しくもあった。
そうして一時間半も過ぎてしまい、朝市の終わり際にようやく。
「この魔法の杖を買います! ユキチくん、いいですよね?」
「もちろん! すみません、この【紅蓮のマジシャンズワンド+】を購入します!」
支払額は5万5000DMと高いが、閉店間際だったので【モクモク煙玉】という逃走用消費アイテムと【早足のシルバーブローチ】という装飾品をおまけしてもらった。
【紅蓮のマジシャンズワンド+[55,000DM]】
【分類:魔術武器 用法:片手 装備ランク:B 重量:軽 物理攻撃力:小 魔法攻撃力:中 魔法防御力:中 火適性:中 神秘適性:小 クリティカル率:小 EP軽減:小】
【特殊効果『紅蓮』:装備者の火属性の物理/魔法に[火傷」の状態異常を中確率で付与】
【状態異常[火傷]:火属性の継続ダメージを少量ずつ与える。物理攻撃力を低下させる】
【品質:★★★★★】
ワンドは片手用の、主に小さな魔法の杖だ。
これまでは両手杖を使っていた為、重量と片手の自由がこれで得られる。
標準販売のマジシャンズワンドと比べて10倍以上も高価になってしまったが、名称に【紅蓮の】と【+】がついている通り、様々な性能がBランク武器の最高水準までくっついているため、格段にパワーアップしている。
長所はとりわけ『魔法防御力:中』にあり、魔法に対しての武器ガードが可能だ。
一方、短所は『物理防御力』が補正なし、物理に対しては武器ガード不可となる。
ザラメとユキチの意見の相違を踏まえた結果、せめて用意しやすい魔法防御力だけでも確保しておこうという着地点に落ち着いたわけだ。
特殊効果『紅蓮』および『状態異常:火傷』は、その解決策といえる。
赤い炎の魔石つきの魔法杖を、ザラメはぶんぶんと振り回して大喜びする。
「えへへへへへへー! ユキチくんに買ってもらっちゃいました~」
▽「ザラメちゃんおめでとー」
▽「さしひき返済残額20万DMか、がんばれユキチ」
▽「火属性以外には使いづらい。刺さらない相手には弱いかも」
▽「ひかってうなる! DXザラメルビーマジカルワンド!」
「これでいつでもユキチくんを蒸発させられますね」
「発想が物騒!? なんでボクをメタるの!?」
「のへへへへー、冗談ですよ。確実に一撃で仕留めるにはわたしがあげた【黒き水鏡のウォータークロース】の火耐性がウザくて邪魔ですし」
「ダメージ計算してる!?」
「わたしのこと裏切ったら怖いんだってよーくおぼえておいてくださいね、ユキチくん」
等と悪ふざけを述べつつ、ザラメはユキチに密着して肩を抱いて楽しげに歩いた。
【冒険者レベル5の“成長の鍵”×2を獲得しました】
【買い物上手】『累計アイテム購入額が5万DMを越えて、買い物に詳しくなった』
【恋のはじまり】『初めて恋愛イベントを経験して、だれかと親密になれた』
「あとひとつ! あとひとつでレベル6到達です!」
▽「はややい」
▽「異変初日がレベル3、異変二日目がレベル4、三日目がレベル5、四日目でレベル6かぁ。成長の鍵はレベルごとに必要数も取得条件も厳しくなるとはいえ、早いね」
▽「一週間の期日前にレベル8到達できるといいね」
「はい! 今後とも応援よろしくおねがいします! がんばります!」
成長の鍵も目論見通り確保して、ザラメはウキウキ気分でユキチとお店へ戻る。
(……ん? でも別にこれいわゆるドキドキって感触は何もなかったような)
ちょっとした疑問。
しかしザラメは深刻に考えず、前向きに考えることにした。
(大事なのはメリット! どうせ恋愛なんていつかは冷める料理みたいなものですしね)
単純明快な話しだ。
ザラメ・トリスマギストス――いや、甘草 心桜にとってもっとも身近な恋愛関係のサンプルは大好きなお父さんとお母さんである。
そのふたりが大喧嘩するさまを、ザラメは幼心によくおぼえている。
――我が家になんだか居づらくなってしまった。
白姫宮 詩織という単なる友達が、いつしか親友になっていたのはこの頃のことだ。
天使のように真っ白な、憎らしいほど可憐な。
命懸けでも取り戻したい、一番大切であらねばならない何かだ。
(もし、あの子を見捨てる弱い私なら――生き残る資格なんてありませんし)
死者蘇生の秘薬を錬成する――。
その決意より強く己の心を支配するものなど、今のザラメには、あってはならない。
だからこれでいい。
そう割り切って、ザラメはユキチの冷たい手を握って離さなかった。
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