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085.恋愛ごっこのお誘い

 朝市は後半戦――つまり午前10時から12時に差し掛かっていた。

 ここまでの売れ行きは上々だ。


 ザラメの目論見としては、商品そのものは大量生産してきたがすべてを今朝のうちに完売させる必要はなく、大量の在庫保管もこの第二帝都で錬金術協会に住んでいるうちはザラメの私物として預かってもらえばいい。

 ちっとも売れないこともザラメの想像の範囲内、むしろ在庫の6割も売れたのは上々だ。


「烏賊墨さん、選んで良かったですね。見事な働きです」


▽「どやってる」


▽「油断するなよー、思わぬ落とし穴があるかもだしさ」


▽「蓮太くんは良い子ですよ。とても推せます。ぜひ今後ともごひいきに」


▽「在庫が捌けたのは転売ヤーのおかげじゃん」


▽「やっぱザラメちゃんの商品作りがよかったんだよ! がんばったもんね!」


「ど、どもです……」


 ザラメは照れ笑いしつつも転売のおかげ、という手厳しい指摘にはもやっとさせられる。

 【氷の魔法矢】は行商のために大好きなのはひまわりの種さんが110本を購入して、代金として100本分の55万DMという大金とおまけのアイテムを支払ってくれた。魔法の糸は200個、弓糸は10個だけ買ってもらい、これまた物々交換での取引になった。


『ザラメちゃん同じアイテムばかり山ほど持ってても仕方ないよね! ここで物々交換の出番! こっちも同じアイテムを大量に抱えちゃっててさぁ、どうかな?』


 等と、大好きなのはひまわりの種さんはまたもや上手いことを言ってザラメをチョロまかそうとするのだが、ここでも烏賊墨蓮太くんの商談はうまく落ち着いた。


『すぐさま現金にはなりゃーせんでやんすが、役立つアイテムとは交換できやしたぜ』


 【魔法の糸】600DM×200個と【風鳴りのボウストリング】3000DM×10個で合計15万DM相当のアイテムを、同じく合計15万DM相当の六種類ほどの商品と交換することができた。


「物々交換なんて原始的な……」


 と思いつつ、それらを自分でアイテム作成する手間や購入する費用を鑑みれば、合計額は同じでも有意義なことだ。


『早速これも商品に並べちまうでやんすよ』


 とザラメには信じがたいことに即日即刻そのまま蓮太は交換品を売りはじめる。

 それがあっさりちゃんと売れてくれるのだからザラメには驚きだ。

 蓮太が言うには『ちゃんと良い品でやんすよ、これ。ザラメお嬢のこと、応援してくれてる証拠でやんすよ。自分の懐が損せず得する範囲で』とのこと。


 大口の買い手はそれっきり。

 あとは小口の、主にプレイヤーとNPC双方の冒険者の弓使いが実用として購入していた。

 ここで蓮太は『今なら魔法の糸を無料でおまけするでやんすよ!』とおまけ商法に出た。

 これがまた高確率で刺さるの何の。


(サメみたいに食らいついたら離さない。頼りになるけど怖い……)


 海老で鯛を釣る、とはこーゆーことか。

 客の立場では【魔法の糸】600DMを無料でつけてもらえば、600DMの値引きと同等にみえる。しかしこっちは原価150DMでいい。たった150DMを値引きするよりは断然、効果アリ。ザラメの製造に費やした労力を考えてもなお現金値引きよりはずっといい。

 こうして前半戦終了までに在庫の6割を売り払ったわけだ。


「ザラメお嬢、そろそろ“買い”にまわってみてはいかがでやんしょう?」


「買い、ですか……?」


 蓮太の提案にザラメは店主が離れていいか迷うものの、セフィーも賛同する。


「店番はもう蓮太と私のふたりで事足りる。ドラマギは“経験”が大事だ。観光気分で買い物するのも良い経験になる。――実際、私は買い物してたら成長の鍵がポロッとでてきておどろいたことがあるくらいだ。ユキチ、ザラメの護衛を頼む」


「え! あ、はい! がんばります! ……でもなぜぼくに?」


「ふたりきりで行動する以上、より信頼の置ける相手が護衛には相応しい。ザラメはお前を信じると言ったんだ。私より適任だろう」


 ――成長の鍵。

 Lv6になるために必要な鍵は、6つ。

 【強敵の撃破】【感謝の手紙】【百戦錬磨】を昨日までに得ている。

 おそらく"商品販売の経験”をこのあと得られると仮定して、lv6到達には残り二つ。


(もしかしたら――この方法なら、成長の鍵をもっと集められるかも)


 それは少々、“なりふりかまわない方法”かもしれない、と思いつつ。

 ザラメは決断した。

 大切なともだちの命に比べれば、この程度の手段をためらう必要はない、と。


「そーですね! 行きましょうユキチくん!」


「わ、ちょ、わわっ」


 そーゆーわけでザラメは困惑気味のユキチを引っ張って、朝市を見てまわることにした。

 正直なところ勉強にはなるが、早くもザラメは店番が退屈になっていて好都合だった。

 それもこれも烏賊墨蓮太が商売のプロすぎるせいだ。





 朝市を客側になってながめてみるとまるっきり気分が違ってみえる。

 ザラメにはさっきまで商売敵だった他店が、今度はたのしげな市場のにぎわいにみえる。


「すごい! さっきまでネギ背負ったカモにみえてた朝市の客が炉端の石に見えます!」


「言い方ひどい!?」


「ふっふっふっ、所詮この世はお金ですよ。今この時だけはですけど!」


▽「悪徳商人ザラメちゃん」


▽「こどもは素直だなぁ」


▽「夏祭りでおこづかい貯金した二の舞いを踏みそうだなこりゃ」


 ザラメは大儲けした直後ということもありテンション高く気分も上々だった。

 一方、ユキチはあんまり元気がない。ザラメがありがたいことに手を繋いであげているというのにだ。

 そこでザラメはいたずらに悪巧み顔した後、ユキチの顔を覗いてこうからかった。


「どうしました? デート相手がわたしでは不満ですか?」


「ででで、デート!? そ、それはちょっと、ぼくにはまだ早いっていうかぁ……!」


 かぁ、と顔を真っ赤にしてユキチは乙女みたいに恥じらった。

 かわいい。面白い。初心にも程がある。


 ザラメにとっては二歳年上のお兄さんといっても所詮は中学一年生のユキチくん。たかが二歳差なんてこのVRMMO世界では同い年も同然、ほとんど誤差だ。

 見るからに奥手のユキチと比べて、ザラメは手を繋ぐ程度はどってことなかった。


「デートに早いも遅いもあります? ユキチくんは親友と手繋ぎデートしないんです?」


「しないけど!? 男同士で手繋ぎデートは普通しないけど!?」


 ユキチは何を想像したのか青ざめて必死に否定する。


▽「ユキチくんはワンチャンしても似合いそうだけどな」


▽「わい美少年はどんだけ仲良しでもええぞ派」


▽「ユキチくんちゃんと友達いたんだ……」


(うわぁ……ひどい扱い)


 流石のザラメも、これは観測者のコメントがひどいの多いなぁと思い、聞き流す。幸い、ザラメとユキチはパーティが別枠扱いだから妖精契約語が共有されないのが救いだ。


 気を取り直して、ザラメはユキチの手をしっかり握りながら話す。

 スノーマンだからか、いつでもほんのり冷たい手をしている。


「わたしは詩織とよくふたりっきりでデートしてましたからね。お父さんやお母さんもおでかけの時はいつも手を繋いでくれますよ」


「……あ、ああ、そっか。デートっておでかけって意味なんだね」


「“日付”と書いて“デート”だって英語の授業で習いました」


▽「だいたい合ってる」


▽「わかる。あたしも友達とよくデートいこーって誘ってるし」


▽「こどもだなぁ」


「男の子とのデートは初めてですけどね?」


「ふやっ!?」


 情けない声がまたかわいい。フェイントがよほど利いたらしい。


▽「おぬしも悪よのう」


▽「待ってあたしザラメちゃんに恋愛デート先越されたの……? JS5に負けた……?」


▽「おとなだなぁ」


 ザラメは格好つけて、銀色の御髪をふぁさりとなであげ目を細めて。


 不敵に笑って、誘ってみる。


 ――これは。

 これはちょっとした賭けだ。


 ちいさな閃き、ささやかな好奇心、そして大いに打算ありきでの選択肢――。

 ザラメはもう決断している。

 あとは精一杯、演じるだけだった。


「私と恋愛しましょう、ユキチくん」


 世界が静止した。

 舞台上のすべてが消え去って一瞬、ザラメとユキチ、ふたりだけの世界が生じた。


 比喩ではない。

 これは“現実に”発生した。


 そう、ザラメとユキチは――。

 恋愛時空に突入した。


 背景を上書きする艶やかな花々、消え去った雑踏の雑音、そして情緒豊かな音楽――。

 ふたりのキャラクターグラフィックさえ普段より高精細でプリレンダ動画のようだ。

 ザラメのまたばきひとつさえ120FPSで36K映像的な、あるいはアニメの神作画回になる。


「大事なことなのでもう一度言います! 私と恋愛しましょう、ユキチくん!」


「……いや、いやいや! ツッコミ放棄しないでよねザラメちゃん!?」


 せっかくの超絶美麗作画を無駄遣いして騒ぐユキチに、ザラメはやれやれと溜息をつく。


「ユキチくん、ドラマギの恋愛モードご存知ない? 有名な隠し要素なんですけど」


「知らないよ!? え、普通にここから出たいんだけど出口どこ……?」


「恋愛イベント終了まで出られない的な時空です。仕様です。あきらめてください」


「ごめん。心の準備って言葉、知ってるよね……?」


「すーはー、すーはー」


 ザラメは深呼吸を済ませた。


「できました」


「僕のだよ!? 僕の心の準備についてだよ!?」


「はー、やれやれ世話の焼ける人ですね。長台詞になりますがよく聞いてくださいね。ドラマギはRPG、つまり役割を演じるゲームです。私達プレイヤーは冒険者として舞台上の人物を演じて遊ぶわけで、その物語は多岐かつ多様です。冒険、戦闘、収集、観光、料理、宿泊……。舞台上にいろんな娯楽を用意してるわけですけど、古今東西、物語には恋愛がことあるごとに登場するものです。恋愛時空とは! 恋愛モードとは! ラブコメの波動をセンサーが検知すると発生するドラマギの特殊演出モードというわけです!!」


「ラブコメの波動ってなに!? 適当に言ってない!?」


「観測者さん情報ですが開発スタッフのコメントにそう書いてあるそうなので……」


「よっぽど恋愛好きのスタッフだったのかな……」


「利点は大きいですよ。告白だとか、大切な場面で恋愛時空に突入すれば、無関係な第三者が邪魔になったりしませんし、逆にまわりのプレイヤーにとっても急に他人の恋愛劇がはじまって居心地悪くなるのを防げますし」


「それは確かに気まずいやつだけど!」


「設定上は【恋愛の過保護】という冒険者に与えられた過保護シリーズのひとつだそうですけど、恋愛の神様のやることなら仕方ないですね。ここ竜と魔法の異世界ですから」


「システムと世界観はわかったけど、えと、その……」


 ユキチは目眩や頭痛を訴えるような仕草から立ち直って、今度は目を見つめてくる。


「……ザラメには時間がない。そうだよね」


「そうですね」


「ザラメ、君は僕にそこまで興味はないと思うんだ。僕がどんなに自惚れ屋だとしても、君が、大切なともだちを助けるために必死な君が、それをあとまわしにして恋愛ごっこに夢中になるだなんて――絶対ないって、僕は信じてる」


 ユキチの眼差しに何ら揺らぎはない。


(……うん。ユキチくんだもんね)


 安堵の吐息。ちょっとだけ、落胆の溜息。

 ザラメはえっへんと胸を張って、すこしわざとらしく演じた。


「これは“政略結婚”ならぬ“攻略恋愛”です。私と恋愛ごっこをしましょう。それが“成長の鍵”をより多くより早く得る手段になるはずです。――恋は女を綺麗にする、といった言葉は科学的エビデンスがあるそうですよ、ユキチくん」


「たはは、それを聞いて安心したよ……。第一、小学五年生に恋愛は早すぎるもんね」


「ミオちゃんとシロ―くんは恋愛してますよ?」


「ふえ!?」


「のふふふふ。さてはて、いつまでわたしの返事を先延ばしにしてくれるんでしょうかねユキチくんってば。わたしとの攻略恋愛、どーするどーする?」


 ついついおどけて言ってしまうのは、後ろめたさのせいもある。

 ザラメは自分の本心がわからない。

 ユキチと出会って48時間もまだ経過していない。彼について知らない事だらけだ。


 そもそも本物の恋愛感情というものが全然まったくわからない。

 素敵だな、魅力的だな、と単に思った異性をドラマギ内で問われると“黒騎士”と“シチ”のことが選択肢として消せない。

 けれども、黒騎士のリアルは女の人らしいから恋愛ごっこは嫌がられかねない。

 あの盗賊人魚のシチに至ってはまず恋愛以前の問題が多すぎて実現性ゼロ。


(一番好きなのはだれ? って言われると詩織だし……、死んでるし……)


 冷淡に分析した時、ユキチに信頼を置いたり好感を抱くのは消去法なのかもしれない。

 打算しかない。

 そういう冷徹な計算高さがザラメは自分でイヤになるのだけれど――。


『僕も、ザラメはやさしい良い子だと思います。やさしくてかしこい子だから、自分の限界がちゃんとわかる。それがザラメの“どうでもいい”なのかな……て』


 ユキチの言葉に救われたのは本当だ。

 彼以外、この無茶なおねがいに協力してくれる人はいないだろう。


「どうか、こんなわたしの恋愛ごっこに、付き合ってください」


 この一連の恋愛時空突入中、ザラメは一度たりともユキチの手を離さなかった。

 ほんのり冷たい雪人の手が、じわりと微熱を帯びるのをザラメは肌で感じていた。


 どうせ恋愛ごっこ。

 だけど恋愛ごっこ。


「――僕でよければ、至らないところも多いだろうけど、よろこんで」


 これは恋愛ごっこ。

 いまは恋愛ごっこ。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。

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