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009.鹿鍋

「つまりシオリンの死体が腐ってない、ということですか?」


 アーチ橋のそばから移動しようとした矢先、ザラメは大問題にぶち当たった。

 シオリンの死体の処遇だ。

 これから死者蘇生の秘法を探し求めようというのに、こんなところに置いてくわけにもいかない。かといって死体を手運びすることもむずかしい。


 焚き火して濡れていた衣類ごと乾かしてみたので少々重量は減ったが、小柄でも革鎧を着込んだドワーフの少女は重いったらありゃしない。

 そこで“死体をどうするか”ということを観測者らと話し合っていた。


▽「私の考えるに、これは現実の死体とは似ても似つかない状態だ。なぜならば」


▽「きれーにしてるよね」


▽「綺麗な顔してるだろ。これ、死んでるんだぜ」


▽「いや古ぃよ」


(古い? 何が? ……時々オトナのみなさんの会話がわかりません)


 ザラメは死体を入念に観察するだなんて発想はなく、考えもしなかったことだ。


「なるほど、心強いです。三人寄ればもんじゃの知恵ですね」


▽「もんじゃ」


▽「もんじゃ焼きかな」


▽「この“死体”には“死斑”がない。通常人体は死後、毛細血管にあった血が低位置に移動することで顔は蒼白になる一方、溜まった血が表面から確認できるがこれは」


▽「所詮ゲームだからなー。雑なんじゃね?」


▽「野ざらしの魔物の死骸を見てみ」


▽「うわ鳥がつっついてる、えぐ」


▽「この少女の仏さんには鳥も虫も無反応だ。この子だけ特別なのかも」


 考察がすごい。

 一時的に観測者がいつの間にか増えてるおかげか、じっくり聞き分けられない。

 仕方なく“冒険の書”を開いて会話ログをざっと読み、ひとつ結論を得る。


「【亡骸の過保護】、ですか」


▽「冒険者の死体を保全する加護、だね」


▽「ゲームの都合か」


▽「死者蘇生させるなら死体が腐ったり食い散らかされたら困るもんなぁ」


「死んで骨だけシオリンだよ、はイヤですから助かります」


 シオリンはゾンビや白骨になっても愛くるしいのか。

 ドワーフが死んだら白いヒゲだけは残ってるのか。


(……ゲームならワンチャンありうる)


 ホラーじみた想像図をぶんぶんと頭を振ってザラメは忘れることにした。


「……あ」


▽「なに? どうした?」


「死体の運搬、このまま地面を引きずってしまってもノーダメージってことですか?」


▽「こわい」


▽「ホラーすぎる」


▽「理論上は正しいけど倫理上は間違っている」


「……ですよね。なにか良い運搬手段はないでしょうか……」


 ザラメと小妖精らが白ひげドワーフ少女の亡骸を囲んで考え込む。シュールな図だ。

 あーだこーだと観測者らが意見をかわすが大半は“重さ”がネックになる。

 どんな手段であれ、ザラメの限られた筋力では死体を運び続けることは難しいのだ。

 しかしまさに三人寄れば文殊の知恵というもので妙案がポンと出てくる。


▽「死靈術で死体自らを歩かせたらダメなの?」


「……え!? え!?」


 驚愕だ。

 死体を運ぶ手段として、死体に歩かせるだなんて。

 この大人たちはどこからそんな奇想天外な発想を思いつくのかとザラメは困惑した。


「いや、でもゾンビにするのはちょっと」


▽「いやキョンシーにするんだよ」


「なんです、それ」


 小学五年生のザラメには馴染みのない言葉だ。

 しかしここで知識について修正補助フィックスアシストが働く。


【キョン[Lv2]――シカの一種。別名、四目鹿。弱点は炎、突属性。この近隣に生息】


 魔物知識に引っかかった。

 もしや、キョンシーとはこのキョンという鹿のことか。


「……なるほど。死体をキョンにする……と」


▽「そう、キョンシーにして彼女自身に歩かせるんだよ」


「キョンにして歩かせる……」


 鹿角つけて四足歩行するシオリンを想像する。

 トナカイのコスプレ的なやつならかわいい気がしてきた。ソリも引けそう。

 でも、あの白いヒゲはサンタクロース感もあるような……。


▽「妙案」


▽「その手があったか」


▽「え、これ中華ファンタジーだっけ?」


(……中華? キョンってトナカイ的なものじゃないの?)


【なお動物のキョンは中国南東部や台湾に自然分布。日本では外来種で害獣とされる】


(ああ、それで中華って。……え? シオリン害獣になるの?)


▽「死霊術師なら冒険者技能にある」


▽「キョンシーいけそう?」


▽「キョンでいこう」


「あの、シオリンをキョンにしたらハンターに狩られたりしないでしょうか?」


 不安がるザラメ。

 猟銃を携えた猟友会のみなさんに撃たれるトナカイシオリンが目に浮かんだのだ。

 命を無駄にしないよう美味しくジビエバーガーにされかねない。


▽「ハンターか。ありそう」


▽「え、ヴァンパイア・ハンターいるの?」


▽「調べた。たぶんいる」


「いるんですね、ヴァンパイアの狩人……」


 猟友会に馴染んで鹿鍋つっつく黒服サングラスの吸血鬼さん。

 哀れ、食べられるキョン。


「あの! シオリン鹿鍋しかなべにされないでしょうか!?」


▽「もうすでにしかばねでは」


▽「ん、しかなべ?」


「もう鹿鍋になってる!?」


▽「鹿鍋」


▽「ログみたら鹿鍋だった」


▽「鹿鍋? え? どゆこと?」


 大失敗。

 ザラメは何かやらかしたと悟り、結局キョンシーとは何かをわからぬまま悶絶した。


「……な、なんでもない、です」


 この一連のやりとりの録画をだれかが動画共有したら観測登録が四件増えてしまった。

 誠に解せぬ。

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