084.商人の戦い
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そんなさびしい店にも来客がようやく一組、冒険者らしき四人連れだ。
「あ、いた! やっほーザラメちゃん! 探したんだよ! ここだったんだお店!」
「……あ、あの、どちらさまで?」
ザラメは露骨に人見知りを発動していた。プレイヤー相手だとなおさら苦手そうだ。
「ほら! あたしあたし! 錬金術師協会の窓口できのう会ったじゃん!」
「え! あ、えー、そう、でしたっけ……」
ザラメは完全に思い出せないようだ。無理もない。ザラメ視点だとこの冒険者たちは完全に背景モブ的な認識にならざるをえない。
『 』
あなたが小妖精としてザラメにささやき、『おーい! 無事だったんだねー! よかったねー!』等と応援してた連中だと教えてやるとザラメは目をぱちくりさせた。
そしてぺこりと頭を下げる。
「すみません。完全に誰だか記憶してませんでした。あの時は色々たてこんでて……」
「気にしない気にしない! 有名人はみんなに声かけられて大変だもんね!」
さわやかな冒険者の少女は、名を『大好きなのはひまわりの種』(原文ママ)といった。
ノリがラジオや雑誌のペンネームすぎる。
「大好きなのはひまわりの種さん、てどう呼べばいいんでしょうか」
「“なのは”でいいよ! メインは真理魔法使い! 火力第一主義のソーサラー!」
快活な魔法使いの少女なのは。彼女はSランク魔術武器『日輪の杖ソーラーソーサレス』を元気よく振り回す。
ザラメはその装備の強力無比さと価格に「うげ」とうめき声をあげた。
「さ、参考価格230万DM……! 私のは1500DMぽっちの杖なのに……」
「Sランク武器ホント高いよねー。これ買うのに数カ月はドラマギがんばったよー」
12万DMの売上見込みに大喜びしていたザラメにはSランク武器の価格は強烈だったろう。
黒騎士も同じくSランク武具を装備している為その価格帯が「100万DM以上」という事実は、それだけ効率的資金稼ぎが戦力強化に直結することを意味する。
溜息をつくザラメを見て、大好きなのはひまわりの種は「コレとコレとコレ買っちゃおうかな」と商品をいくつも選んで「おいくら?」とたずねる。
そこで素直に喜べばいいものをザラメは素直じゃないことに「同情で買ってもらっても困ります」とむすっとこどもっぽいことを言った。
「応援していただけるのは……、本当にうれしいです。でも不必要なものをお情けで買ってもらうのは気が引けます。見たところ弓使いの仲間はいないようですし……」
すると大好きなのはひまわりの種はにこにこ笑顔でこう返事した。
「安心して! これ転売用だから!」
「……え、えぇ……」
すぐに他の観測者が▽「うわ転売ヤーとか最悪」▽「失望しました。ネモフィラちゃんのファンやめます」等と反応する中、大好きなのはひまわりの種はこう爽やかに返答する。
「あたし行商プレイが得意なの! こうして良い商品を仕入れて、需要のある別の都市や村で売ると差額でがっぽり儲かるの! 物流網が貧弱で魔物がはびこるこの世界! 行商人はそうやって仕入れて運んで売って稼ぐんだけど、ザラメちゃん知らない?」
「……いえ、そこまで考えたことなかったです」
「現代社会は魔物もいないし運送トラックに海運輸送船に鉄道輸送にと便利すぎるからピンとこないかな? とくにこの氷の魔法矢! 氷属性に弱い魔物が多そうな砂漠地帯とかに持ってくとかね! それを見越していっぱい買っちゃおうかな! ふふーん、次の目的地は砂漠かぁ、たのしそー♪」
「じゃあ、本当に欲しくて買ってくれるんですか?」
「うん! 氷の魔法矢100本まとめて買っちゃおうかな! 代わりにちょっと値引きを」
「わかりました! 半額でご奉むぐっ!」
ザラメは勢い余って大失言をやらかそうとした瞬間、あわててユキチが口を塞いだ。
「烏賊墨先生!! 早くこっちに!!」
「ほいほいっと! それじゃあ10本おまけでどうでございやす?」
しゅばっと行列から超速で戻ってきた烏賊墨蓮太がザラメに代わって矢面に立つ。
お互い、ニヤニヤとニコニコで笑顔で対峙する。
烏賊墨蓮太と大好きなのはひまわりの種は互いに“商人”として激突する。
――今、ザラメが“半額で”と言いかけたのは何も彼女がお子様だからではない。
高レベル商人との交渉事は、それだけ技能補正が強く働くために、ザラメはゲームシステム上の対抗判定に負け、その強制力によって思考を誘導されてしまったのだ。
いわゆる“言いくるめ”や“交渉力”だ。
それもまたドラマギの“修正補助”の働きであり、凄腕の商人ならば口車でうまく商談を運べるのは当然のこと、という影響が強く出たのだ。
――もっとも、それでも半額というのはザラメのチョロさあってのことだが。
「んん、今、ザラメちゃん半額って言いかけたのに?」
「残念なことに今朝の商いはおいらが取り仕切る約束でやんすからね。約束は契約。価格交渉の決定権がないザラメお嬢が勝手に決めるのは契約違反でやんす。ザラメお嬢を応援してくれる善良な行商人のおねえさんが、まさか小学五年生のお子様に悪徳シャークトレード仕掛けようだなんて言いやしねーでやんすよね?」
烏賊墨蓮太はサメのようなギザ歯を妖しく光らせ、威圧するようにニヤけ笑いする。
商人の技能lvは大好きなのはひまわりの種の方が高い。真理魔法使いlv9、商人lv8というスペックは完全に烏賊墨蓮太を上回っている。
それでも、道理と演技はどちらも烏賊墨蓮太に軍配が上がっていた。
無数の観測者が、小妖精が、そして冒険者や一般市民が、この商人対決イベントを見守る中、悪評を買ってもなお実現性の低い半額購入にこだわろうとする価値があるのか。
大好きなのはひまわりの種はすぐに「モチのロン、フェアトレードを希望するよ! 逆にこっちもおまけあげちゃおっかな?」とにこやかに上手く対処してきた。
「ようござんす。さぁ、こっからは商人同士たのしい商談の時間でやんすよ」
ニヤリ。
ニコリ。
火花散る商売人の決闘に、ユキチは「怖っ!」と震えながらザラメを守っている。
イカスミパスタと種大好きハムスターの巨大なオーラが激突する――。
「七面倒くさい連中だ、全く」
その一部始終をずっとハラハラしながら見守っていた黒騎士はようやく一息をつく。
かくして怒涛の朝市は前半戦を終えるのだった。
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